# 第2話 ひだまりの家と、ルルという名前
# 第2話 ひだまりの家と、ルルという名前
ひだまりの家の門をくぐった途端、小さな影が三つ、四つと飛び出してきた。
「レン兄ちゃん、おかえり!」
「ガチャってなに? ねえ、ガチャってなに?」
「トーマ兄ちゃんがね、すっごく光ったって言ってた!」
あっという間に足元を囲まれる。孤児院でいちばん小さい六歳のミリィは、俺の服の裾をつかんで離さない。八歳のポポは、なぜか俺の周りをぐるぐる走り回っている。
「ただいま。ちょっと、ポポ、目が回るって」
そのとき、俺の腕の中で、白いものがもぞりと動いた。
「みゃう」
子どもたちの動きが、ぴたりと止まった。
全員の目が、俺の胸元に吸い寄せられる。そこから、ふわふわの白い頭と、空色と金色の目が、ひょっこりとのぞいていた。
「…………」
一瞬の静けさのあと。
「ねこだああああ!」
子どもたちの歓声が爆発した。
「かわいい! かわいい!」
「ちっちゃい!」
「さわっていい? ねえ、さわっていい?」
あっという間に、小さな頭がぎゅうぎゅうに集まってくる。子猫はびっくりしたのか、俺の服に爪を立ててしがみついた。
「ちょ、ちょっと待って。みんな、そっと、そっとね」
玄関の奥から、トーマが頭をかきながら出てきた。
「悪い、レン。光ったってとこだけ話したら、こうなった……って、なんだその猫!?」
「ガチャから出てきた」
「はあ!?」
トーマの声が、ひだまりの家の古い軒先に響いた。
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ひだまりの家には、今、十一人の子どもが暮らしている。一番上が十三歳のトーマで、その次が俺。あとは九歳以下の小さい子たちばかりだ。
建物は古い。床はところどころきしむし、二階の端の部屋は、雨が強い日になると天井から水が落ちてくる。去年の冬は薪が足りなくなりかけて、院長先生が夜遅くまで繕い物の内職をしていたのを、俺は知っている。
それでも、ここはいつも温かい。名前のとおり、日だまりみたいな場所だ。
「さあさあ、みんな。お話はお昼を食べながらにしましょう」
台所から、エプロン姿のマーサ院長が顔を出した。大きな鍋から、湯気と一緒に野菜の甘い匂いがあふれてくる。
院長先生は、俺の腕の中の子猫に気づいて、目をぱちくりさせた。
「あら、まあ」
「院長先生、あの、この子は」
「お話は、お昼を食べながら、ね」
院長先生は、にっこり笑った。
「今日はレンのお祝いだから、シチューにお肉を少し入れましたよ」
「お肉!」
子どもたちの歓声が上がって、全員が一斉に食堂へ駆けていった。子猫への興味と、お肉への興味が、ちょうど半分ずつくらいに見えた。
お肉、少し。その「少し」がどれだけやりくりして用意されたものか、前世の記憶を取り戻した今の俺には、前よりもずっとよく分かった。
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長い木のテーブルに、みんなで並んで座る。子猫は、俺の膝の上で丸くなった。
「いただきます」
声をそろえて、スプーンを手に取る。シチューは優しい味がした。にんじんは甘くて、じゃがいもはほくほくしていて、小さく刻まれたお肉は、ちゃんと一人一切れずつ入っていた。
「それで、レン」
院長先生が、自分のお皿にはほとんど手をつけずに、俺の方を向いた。
「あなたの言葉で、聞かせてくれる?」
食堂が少し静かになった。小さい子たちも、スプーンをくわえたまま俺を見ている。
俺は、教会であったことを順番に話した。水晶がとても強く光ったこと。浮かんだ文字が「ガチャ」だったこと。神官様も知らなくて、教会の記録にもなかったこと。
それから、噴水のところで起きたことも。
「目の前に、俺にしか見えない光る板みたいなのが出てきて。普段は魔石を入れて使うみたいなんですけど、最初の一回だけは、魔石なしで使えたんです。そうしたら、この子が出てきて」
前世の記憶のことは、話さなかった。
話してもいいのかもしれない。院長先生なら、きっと信じてくれる。でも今はまだ、自分の中でもうまく言葉にできない。いつか、ちゃんと話せるときが来たら、そのときに話そうと思った。
「魔石を使うと、何かが出てくるスキル、なのね」
院長先生は、ゆっくりとうなずいた。
「何が出るかは、やってみないと分からないみたいで」
テーブルの端で、ポポが首をかしげる。
「それって、すごいの?」
ぐっ、と言葉に詰まった。
すごいのかどうか。それは、俺がいちばん知りたいことだった。
剣術なら、剣を振れば強くなれる。火魔法なら、魔法使いの先生に習える。でもガチャは、魔石がないと何もできない。そして魔石を手に入れるには、お金か、魔物を倒す力が必要だ。
それに、最初の一回で出てきたのは、子猫だった。かわいいけれど、子猫は魔物と戦えない。
「……分からない。もしかしたら、外れかもしれない」
小さな声でそう言うと、隣のトーマが「そんなことねえって」と言いかけた。
でも、それより先に院長先生が口を開いた。
「レン」
いつもと同じ、穏やかな声だった。
「誰も知らないスキルなら、あなたが使い方を見つければいいのよ」
顔を上げると、院長先生はにこにこと笑っていた。
「剣術のスキルを持っていても、剣を握らなければ何も起きないでしょう? 裁縫のスキルだって、針と糸がなければ服は縫えない。どんなスキルも、使う人が工夫して、はじめて形になるの」
「工夫して……」
「それにね、あなたは昔から工夫が上手な子よ。薪を長持ちさせる積み方を考えたのも、雨漏りの下にたらいを並べる順番を決めたのも、あなたでしょう?」
「あれは、ただ、ちょっと考えただけで」
「その『ちょっと考える』が、きっと一番大事なのよ」
院長先生は、俺の頭にぽんと手を置いた。
「外れかどうかなんて、まだ誰にも分からないわ。だったら、楽しみにしていればいいの。新しいスキルの使い方を、この町で最初に見つけるのは、うちのレンなんだから」
胸の中で、固まりかけていた何かが、ゆっくりとほどけていった。
前の人生で、こんなふうに言ってくれる人はいただろうか。思い出そうとして、やめた。今の俺には、この人がいる。それで十分だった。
「……はい」
院長先生は、それから、俺の膝の上の子猫をのぞき込んだ。
「まあ、なんてきれいな目。あなたのスキルが連れてきた子なら、もう家族ね」
「飼っても、いいんですか」
「ご飯は、みんなの分から少しずつ分けてあげましょう。そのかわり、お世話はあなたがちゃんとすること」
「はい!」
子どもたちから「やったー!」と歓声が上がった。
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「名前は? 名前つけようよ!」
ポポが、椅子の上で飛び跳ねながら言った。
「名前かあ」
シロ、ユキ、ハク。白いから、そういう名前が浮かぶ。でも、なんだかしっくりこない。
考えていると、ミリィが、俺の膝の上の子猫をじっと見つめて、首をかしげた。
「この子、『るる』って鳴いてる」
「え?」
耳を澄ますと、子猫は喉の奥で「るる、るるる」と小さく鳴いていた。ごろごろとも、みゃうとも違う、鈴が転がるような声だった。
「ほんとだ」
「じゃあ、ルル!」
ミリィが両手を上げた。
「ルル。ルルがいい!」
「ルル、か」
子猫を見下ろして、呼んでみる。
「ルル」
子猫はぴくりと耳を動かして、それから「るる」と鳴いた。まるで、それが自分の名前だと最初から知っていたみたいに。
「決まりだな」
トーマが笑って、みんなが「ルルー!」と声をそろえた。
「なあなあ、レン」
トーマが、身を乗り出した。
「次は魔石がいるんだろ? だったら俺が魔物を倒して取ってきてやるよ! 剣術あるし!」
「トーマはまだ見習い登録もしてないでしょう」
院長先生にぴしゃりと言われて、トーマは「うっ」と固まった。食堂に笑い声が広がる。
外れかもしれないスキルの話をしているはずなのに、誰も困った顔をしていない。それがなんだか不思議で、すごくありがたかった。
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その夜。
小さい子たちが寝静まったあと、俺は寝室の窓辺に座って、こっそりガチャの画面を開いた。
> **【ガチャ】 Lv.1**
> 魔石を投入してください。
> 必要数:小魔石 10個 / 1回
> 所持魔石:0個
あの虹色のカプセルは、もうどこにもなかった。本当に一度きりだったらしい。
枕の下に隠していた布袋を取り出して、中身を手のひらに広げる。
銅貨が、全部で三十二枚。
院長先生の手伝いをしたときの駄賃や、近所のおばあさんの荷物運び、パン屋の店先の掃除。二年くらいかけて、少しずつ貯めてきたお金だ。
前にギルドの近くの道具屋をのぞいたとき、小魔石は一つ銅貨三枚で売られていた。
十個で、銅貨三十枚。
「……ぎりぎり、一回分」
思わず声に出して笑ってしまった。前世で言えば、なけなしの石で回す単発ガチャだ。
でも、使い方を見つけるには、まず回してみるしかない。
それに、このお金は「いつか何かに使おう」と思って貯めてきたものだ。その「いつか」が来たのなら、今使わずにいつ使うんだろう。
「よし」
銅貨を布袋に戻して、ぎゅっと握りしめる。明日の朝、道具屋に行こう。
布団に戻ると、ルルが枕元で丸くなって眠っていた。小さなお腹が、すうすうと上下している。
そっと背中をなでると、温かかった。
いや――少しだけ、温かすぎるくらいだった。手のひらに、ほんのりと何かが伝わってくるような。
気のせいかな。
俺は首をかしげながら、灯りを消した。
暗闇の中で、ルルの額に一瞬だけ、小さな光の模様が浮かんで消えたことに、俺はまだ気づいていなかった。
(第2話 終わり)
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**【ガチャ記録】第2話まで**
ガチャを授かってから 1日目 / ガチャLv.1
回した回数:0回
今回出たもの:なし
これまでに出たもの
- 特別枠【祝福の一回】:【N】子猫




