# 第16話 夏の終わりの噂
第16話 夏の終わりの噂と、日持ちのするパン
『【注意】草原の南、石の列の近くで、草原オオカミの目撃あり。
見習いは、石の列から百歩以内に近づかないこと。』
ギルドの掲示板に、この貼り紙が出たのは、夏の終わりのことだった。
はぐれだと思われていた草原オオカミの足跡は、あれからも見つかり続けていた。一匹分だったはずの足跡は、いつの間にか、二匹分、三匹分になっていた。
貼り紙は、それから一枚、また一枚と増えていった。
『【注意】森沿いの街道で、商隊が角イノシシの群れに襲われる。
護衛の依頼、急募。』
『【お知らせ】苔むす洞三階の調査について。』
最後の貼り紙の前には、大人の冒険者たちが何人も集まって、低い声で話し込んでいた。
◇ ◇ ◇
「三階で見つかったのは、牙トカゲだったそうよ」
カウンターで、リゼさんが教えてくれた。
「牙トカゲ?」
「岩トカゲより、ずっと大きいトカゲ。普段は、森のずっと奥にしかいない魔物なの。それが、苔むす洞の三階に住みついていたんですって」
「森の奥の魔物が、どうしてダンジョンに……」
「調査の人たちは、何かから逃げてきたんじゃないか、って言っていたわ」
リゼさんは、そこで言葉を濁した。
逃げてきた。
森の奥にいるはずの魔物が、ダンジョンに逃げ込むくらいの、何か。
背中が、すうっと冷たくなった。
「牙トカゲは、調査の人たちが退治してくれたわ。三階も、もうすぐまた入れるようになるはずよ」
リゼさんは、明るい声に戻ってそう言った。でも、その目は、少しも笑っていなかった。
◇ ◇ ◇
夏が、終わろうとしていた。草原の草は俺の腰くらいまで伸びて、朝晩の風はひんやりしてきた。院長先生は、小さい子たちの布団に、薄い毛布を一枚ずつ足した。
そして、見習いの仕事は、どんどん減っていった。
石の列に近づけなくなったので、草原の南側では、薬草採取もスライム退治もできない。町に近い北側だけでは、見習いが何組も集まって、すぐに青葉草が取り尽くされてしまう。
苔むす洞は、一階と二階だけ。しかも、見張りの冒険者が増えて、入れる人数が決められた。
魔石が、なかなか貯まらない。
一日がんばっても、小魔石が二つか三つ。何も取れない日もあった。
「ガチャ、なかなか回せないな」
帰り道、トーマがため息をついた。
「無料のがあるから、いいよ。毎日一回は回せるし」
トーマにはそう言ったけれど、本当に気になっていたのは、ガチャのことじゃなかった。
市場の、物の値段が上がっていた。
街道で商隊が襲われるようになって、町に入ってくる荷物が減ったのだ。パンも、野菜も、塩も、少しずつ高くなっていく。
ある朝、台所で、院長先生が帳簿を広げて、じっと数字を見つめているのを見た。
いつもの小さなため息よりも、少しだけ長い、ため息だった。
◇ ◇ ◇
ギルドの仕事が減ったぶん、俺とトーマは、町の中の手伝いを探して回った。
ベルンさんの店の倉庫の片付け。パン屋の小麦袋運び。教会の、古い記録の整理。
教会では、祝福の儀のときの神官様が、「おや、ガチャの坊や」と喜んでくれた。
「ガチャで何が出たか、教えてくれる約束でしたね」
そういえば、そんな約束をしていた。
古い記録の棚を拭きながら、これまでガチャで出たものを話すと、神官様は目を細めて、一つずつ手帳に書き留めていった。子猫。小石投げ。じゃがいも。猫じゃらし。方向感覚。着火。投石紐。
「ほう、ほう。……実に面白い。剣や魔法のような、分かりやすい力ではない。ですが、どれも、誰かの役に立っている」
神官様は、手帳を閉じて、にっこりと笑った。
「あなたのスキルは、きっと、人の暮らしに寄り添うスキルなのでしょうね」
暮らしに、寄り添う。
その言葉は、なんだか、すとんと胸に落ちた。
◇ ◇ ◇
その日の帰り、ギルドの前を通りかかったとき、見覚えのある大きな背中が見えた。
ガルドさんだった。
ギルドの裏口の陰で、ギルド長のハロルドさんと、何か話し込んでいる。二人とも、とても真剣な顔をしていた。
声をかけようとして、足が止まった。
風に乗って、ガルドさんの低い声が、切れ切れに聞こえてきたからだ。
「……草原オオカミ、角イノシシ、牙トカゲ……順番まで、同じだ」
「分かっている」
「あのときも、夏の終わりだった」
「分かっている、ガルド」
ハロルドさんの声は、静かだった。
「王都には、もう知らせを送った。森の調査隊も、近いうちに組む。お前の手も借りることになる」
「……ああ」
俺は、そっとその場を離れた。
聞いてはいけない話を聞いてしまったような気がした。トーマは、少し先でパン屋のおばさんと話していて、気づいていないようだった。
十五年前。夏の終わり。森の魔物が増えて、苔むす洞に罠が出て、草原にいるはずのない魔物が出るようになった。
そして、群れが、町まで来た。
町の門は、三日もった。
――大勢、死んだ。
◇ ◇ ◇
その夜。
無料ガチャを回すと、青いカプセルが出た。
『【R】堅焼きパン(大箱)
固く焼き締めた、日持ちのするパン。
一か月は、かびない。』
縁側に、どさりと大きな木箱が現れた。中には、握りこぶしくらいの丸くて固いパンが、ぎっしりと詰まっていた。
「まあ……」
院長先生が、木箱をのぞき込んで、口元に手を当てた。
「これだけあれば、しばらくパンを買わなくてすむわ」
院長先生は、ほっとしたように笑った。今朝、帳簿を見つめていたときの顔とは、全然違う顔だった。
「ありがとう、レン。本当に、助かるわ」
「たまたま、出ただけです」
そう答えながら、俺は、木箱の中の堅焼きパンを見つめた。
一か月は、かびない。
日持ちのする、パン。
まるで、これから何かに備えろと言われているみたいだった。
◇ ◇ ◇
みんなが寝静まったあと、俺は寝室の窓辺に座って、外を眺めていた。
ルルが、窓の桟に前足をかけて、隣に並んでいた。
ルルは、少しだけ大きくなっていた。最初は手のひらにすっぽり乗るくらいだったのに、今では、片手だと少しはみ出すくらい。それでも、まだまだ子猫だ。窓の桟に前足をかけるのも、背伸びをしてやっとだった。真っ白な毛並みは、月の光を受けて、ほんのりと銀色に光って見えた。
ルルは、じっと窓の外を見ていた。
町の家々の屋根の向こう。城壁の向こう。草原のさらに向こうの、黒々とした森の方を。
空色と金色の目が、まばたきもせずに、そこを見つめている。
「ルル。何か、見えるのか?」
ルルは答えなかった。
ただ、尻尾の先が、ゆっくりと、左右に揺れていた。毛は逆立っていない。でも、耳はぴんと立って、森の方を向いたまま動かなかった。
俺は、ルルの背中に、そっと手を置いた。
温かかった。初めてガチャから出てきた夜と同じように、少しだけ、温かすぎるくらいに。
「大丈夫だよな」
誰に言うでもなく、つぶやいた。
ルルは、ようやく窓の外から目を離して、俺の顔を見上げた。そして、「……るる」と、小さく、低く鳴いた。
それが、「大丈夫」という意味なのか、それとも別の意味なのか、俺には分からなかった。
遠くの森の上を、冷たい風が渡っていった。
(第16話 終わり)
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【ガチャ記録】第16話まで
ガチャを授かってから 96日目 / ガチャLv.3
回した回数:合計88回(無料77回・魔石11回)
今回出たもの
・無料ガチャ:【R】堅焼きパン(大箱)、【N】塩一袋、【N】包帯、【N】手ぬぐい、【N】干しいも、【N】石けん、【N】炭の棒
これまでに出たもの
・特別枠【祝福の一回】:【N】子猫
・スキル:小石投げ+2、方向感覚、生活魔法:着火
・装備・道具:【R】革の小盾、【R】丈夫な雨合羽、【SR】風読みの投石紐
・食べ物・レシピ:【R】大きな燻製ハム(孤児院の晩ごはんに)、【N】じゃがいも(一袋)、【N】乾燥豆(一袋)×3、【N】干しいも×3、【N】小麦粉(小袋)×2、【N】乾燥ハーブ×2、【N】レシピ「じゃがいももち」(院長先生に)、【R】干し果物の詰め合わせ(ダンとニコにも)、【R】堅焼きパン(大箱)
・そのほか:【N】革の小物袋、【N】猫じゃらし(ルルの宝物)、【N】塩一袋×7、【N】包帯×8、【N】毛糸玉×2(ルルの宝物)、【N】木のスプーン×2、【N】縫い針と糸×4、【N】手ぬぐい×6、【N】ボタン一袋×3、【N】石けん×5、【N】紙の束×6(地図の下書きに)、【N】炭の棒×6、【N】木のコマ(小さい子たちに)、【N】釘一袋、【N】ビー玉一袋(小さい子たちに)、【R】厚手の毛布(孤児院に)、【N】革ひも×2、【N】丈夫な縄、【N】木の器×2、【N】青葉草の種(孤児院の庭に)、【N】丈夫な靴ひも、【R】大きな布地(院長先生が子どもたちの服に)、【N】指ぬき、【N】革の手袋(投石紐の練習用に)




