# 第13話 三階の爪あとと、かじられた核
# 第13話 三階の爪あとと、かじられた核
ギルドの調査は、十日ほどで終わった。
「二階の落とし穴は、新しくできたものだったわ」
カウンターの向こうで、リゼさんが調査の報告書をめくりながら教えてくれた。
「でも、他に変わったところは見つからなかったそうよ。ダンジョンの形が少し変わっただけだろう、っていうのが調査の人たちの考え」
「そうですか……」
ほっとしたような、すっきりしないような気持ちだった。隣のトーマも、微妙な顔をしている。
ガルドさんの家で聞いた話が、まだ頭のどこかに残っていた。
「それと、これ。二階の地図の代金よ」
リゼさんが、カウンターの上に銀貨を一枚置いた。
「えっ、でも、あれはまだ下書きで……」
「下書きでも、落とし穴の場所がちゃんと描いてあったでしょう。調査の人たちが、すごく助かったって。あの×印がなかったら、誰かが落ちていたかもしれないもの」
リゼさんは、それから、カウンターの下から小さな油紙の包みを取り出した。
「それから、こっちはルルちゃんの分。塩を使っていない干し魚よ。猫には塩がよくないって、ガルドさんに教わったの」
フードの中から、ルルが鼻をひくひくさせて顔を出した。包みを受け取ると、俺の首筋で、ごろごろと喉が鳴り始めた。
罠を見つけたのは、ルルだ。これは、ルルのお手柄の分のごほうびだった。
銀貨は、前と同じように、半分を院長先生に渡すことにした。去年の冬は薪が足りなくなりかけたから、今年は早めに、少しでも多く買っておいてほしかった。残りの半分は小魔石に替えて、少しずつガチャに使うことにした。
「ダンジョンに入るのは、また始めていいそうよ。ガルドさんが一緒なら、三階の地図もお願いしたいって」
「三階、ですか」
「ええ。三階は、もともと罠がある階でしょう。正しい地図があれば、それだけ安全になるもの」
---
苔むす洞の三階は、二階よりもさらに暗かった。
光苔はほとんど生えていなくて、ガルドさんのランタンだけが頼りだった。天井は高く、足音がこーん、こーんと、遠くまで響いていく。
空気も違った。湿っていて、少し生臭い。
「三階の罠は、決まった場所にある。地図の古い部分にも描いてある」
ガルドさんが、ランタンを掲げて言った。
「だが、二階のこともある。一歩ずつ確かめろ。ルルの様子も見ておけ」
「はい」
フードの中のルルは、三階に下りてから、ずっと耳を立てていた。眠そうな気配は、まったくない。
方向感覚で、頭の中に線を引いていく。階段から南へ三十歩。広い部屋。そこから西へ、細い通路が二本。
地図を描きながら、俺は、何度もルルの耳を確かめた。
---
最初に気づいたのは、トーマだった。
「……なあ、これ、何だ?」
通路の壁を、ランタンの明かりがなめるように照らしたとき、トーマが足を止めた。
岩の壁に、何本もの線が刻まれていた。
一本一本が、俺の指くらいの太さ。それが四本並んで、上から下へ、斜めに走っている。少し先の壁にも、同じような線があった。そのまた先にも。
「爪あとだ」
ガルドさんが、低い声で言った。
壁に近づいて、指で溝をなぞる。ガルドさんの太い指が、すっぽり溝に収まった。
「洞窟コウモリでも、岩トカゲでもない。もっと大きなやつだ」
「どれくらい大きいんですか」
ガルドさんは答えずに、爪あとの一番上を見上げた。
ランタンの光が届くぎりぎりのところ。ガルドさんの頭よりも、さらに上だった。
背中が、ぞくりとした。
「新しいな」
ガルドさんが、溝の縁を指でこすった。岩の粉が、ぱらぱらと落ちてくる。
「削れたところが、まだ白い。何日も前じゃない」
---
通路をもう少し進むと、広い部屋に出た。
部屋の真ん中に、何かが散らばっていた。
ランタンを近づけると、それは、割れた石のかけらのように見えた。薄くて、もろそうな、半透明のかけら。
見覚えがあった。
「スライムの……核?」
草原で何度も見た、卵の殻みたいな、スライムの核のかけらだ。それが、部屋のあちこちに散らばっている。十や二十じゃない。
でも、何かがおかしかった。
俺が石で割ったときは、核はきれいに二つに割れる。トーマが剣で突いたときは、ひびが入って、ぱかりと割れる。
ここにあるかけらは、どれも、ぎざぎざに砕けていた。そして、その縁に、小さな溝のようなものがいくつもついていた。
「歯形だ」
ガルドさんが、かけらを一つ拾い上げた。
「何かが、スライムの核をかじって割っている」
「かじって……?」
「核の中の魔石を食うためだ」
ガルドさんの声が、いっそう低くなった。
「魔物の中には、魔石を食って大きくなるやつがいる。スライムは、そいつらにとってちょうどいい餌だ」
かけらの山を見回す。魔石は、一つも残っていなかった。
全部、食べられたんだ。
「でも、苔むす洞に、そんな魔物は……」
「いない。少なくとも、俺が知っている限りはな」
そのときだった。
フードの中で、ルルの体が、ぎゅっと固くなった。
首筋に、逆立った毛が当たる。二階の落とし穴のときは、尻尾がふくらんだだけだった。今は、背中の毛まで全部が逆立っている。
ルルは、部屋の奥を見ていた。
ランタンの光が届かない、真っ暗な通路の入り口を。
「……ガルドさん」
声が、かすれた。
「ルルが」
ガルドさんは、すぐに振り返った。ルルの様子を一目見て、表情が変わった。
ランタンを、ゆっくりと奥の通路に向ける。
光の輪の、さらに先。
暗闇の中で、何かが、こすれるような音がした。
ずる、ずる、と。重たいものを、引きずるような音だった。
音は、近づいてこなかった。むしろ、ゆっくりと遠ざかっていくようだった。やがて、それも聞こえなくなった。
誰も、動けなかった。
ルルの毛は、まだ逆立ったままだった。
「……引き返す」
ガルドさんが言った。
いつもの、低くて落ち着いた声だった。でも、ランタンを持つ手に、ぎゅっと力が入っているのが見えた。
「静かに。走るな。俺の後ろを、離れずについてこい」
背中を見せずに、下がる。
草原で、何度も練習したことだった。
---
苔むす洞を出たとき、外はまだ明るかった。
日差しが、こんなにありがたいと思ったことはなかった。トーマは、入り口の横の岩にもたれかかって、しばらく何も言わなかった。
ルルの毛は、洞窟を出てしばらくして、ようやくふわふわに戻った。
「レン。地図を見せろ」
ガルドさんに言われて、紙を広げる。三階の、描きかけの地図。爪あとがあった通路と、かけらが散らばっていた部屋。そして、音がした奥の通路。
ガルドさんは、その全部に、自分で×をつけた。
「このままギルドに行く。お前らも来い。見たことを、そのまま話せ」
---
ギルドでは、リゼさんがすぐに奥の部屋に通してくれた。
そこにいたのは、白髪まじりの髭を生やした、背の高い男の人だった。ギルド長のハロルドさんだと、リゼさんが教えてくれた。
俺とトーマは、見たことを順番に話した。爪あとのこと。かじられた核のこと。奥の通路の音のこと。ルルが毛を逆立てたこと。
ハロルドさんは、最後まで黙って聞いていた。
それから、俺の地図をじっと眺めて、深く息を吐いた。
「よく、引き返してきてくれた」
ハロルドさんは、俺たちに向かって言った。
「三階は、しばらく誰も入れないようにする。見習いだけじゃない。全員だ。それから、腕の立つ冒険者に、改めて調べてもらう」
「……十五年前と、同じか」
ガルドさんが、ぽつりと言った。
ハロルドさんは、すぐには答えなかった。
「まだ分からん。だが、同じでないことを確かめるまでは、同じだと思って動く」
それは、とても静かな声だった。
---
その夜、俺はなかなか眠れなかった。
布団の中で、何度も寝返りを打つ。暗闇の中で、あのずる、ずる、という音が、耳の奥によみがえってくる。
枕元で丸くなっていたルルが、そっと起き上がって、俺の胸の上に乗ってきた。
重くて、温かかった。
「……ありがとう、ルル。今日も、教えてくれて」
ルルは、喉をごろごろと鳴らした。
その音を聞いているうちに、少しずつ、まぶたが重くなってきた。
ガチャの画面を、そっと開いてみる。ルルの説明文は、前と変わっていなかった。
――危ないものの気配に、とても敏い。
今日、俺たちが無事に帰ってこられたのは、たぶん、この一行のおかげだった。
(第13話 終わり)
---
**【ガチャ記録】第13話まで**
ガチャを授かってから 58日目 / ガチャLv.2
回した回数:合計48回(無料39回・魔石9回)
今回出たもの
- 魔石ガチャ:【N】丈夫な縄
- 無料ガチャ:【N】ボタン一袋、【N】毛糸玉、【N】包帯
これまでに出たもの
- 特別枠【祝福の一回】:【N】子猫
- スキル:小石投げ+2、方向感覚、生活魔法:着火
- 装備・道具:【R】革の小盾、【R】丈夫な雨合羽
- 食べ物・レシピ:【R】大きな燻製ハム(孤児院の晩ごはんに)、【N】じゃがいも(一袋)、【N】乾燥豆(一袋)×2、【N】干しいも、【N】小麦粉(小袋)、【N】乾燥ハーブ、【N】レシピ「じゃがいももち」(院長先生に)
- そのほか:【N】革の小物袋、【N】猫じゃらし(ルルの宝物)、【N】塩一袋×3、【N】包帯×4、【N】毛糸玉×2(ルルの宝物)、【N】木のスプーン、【N】縫い針と糸×2、【N】手ぬぐい×3、【N】ボタン一袋×2、【N】石けん×2、【N】紙の束×3(地図の下書きに)、【N】炭の棒×3、【N】木のコマ(小さい子たちに)、【N】釘一袋、【N】ビー玉一袋(小さい子たちに)、【R】厚手の毛布(孤児院に)、【N】革ひも、【N】丈夫な縄
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、いつも怖い顔のガルドさんの昔の話でした。
少し重いお話でしたが、次回からはまた、レンとルルの冒険に戻ります。
次回は〔今日の19時〕に更新します。
「続きが気になる」と思っていただけたら、
ブックマークや、下の☆☆☆☆☆での評価をいただけると、とても励みになります。




