# 第12話 雨の日と、小さな鈴のついた首輪
# 第12話 雨の日と、小さな鈴のついた首輪
その日は、朝から雨だった。
草原もダンジョンも休みにして、俺とトーマはギルドに二階の地図の下書きを届けに行った。落とし穴の場所に大きく×をつけた、あの地図だ。
「ありがとう、レン君。調査の人たちに渡しておくわね」
リゼさんは地図を受け取ると、少し声をひそめた。
「ガルドさん、今日はお休みなの」
「え? どこか悪いんですか」
「ううん。雨の日は、昔の古傷が痛むみたい。毎年、この季節になると何日か休むのよ」
古傷。左の眉から頬に走る、あの大きな傷のことだろうか。それとも、他にもあるんだろうか。
「ガルドさんの家、東門のすぐ近くの、青い屋根の小さな家よ」
リゼさんは、そう付け加えて、にっこり笑った。
「お見舞いに行ってくれたら、きっと喜ぶと思うわ。本人は絶対に喜んだ顔をしないけれど」
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いったん孤児院に戻って院長先生に話すと、院長先生はすぐに台所に立った。
「屋根を直してもらったお礼も、ちゃんとできていなかったものね」
院長先生は、じゃがいもと玉ねぎのスープを小さな鍋いっぱいに作って、布でくるんでくれた。玉ねぎは、ルルが間違って口にしないように、俺がしっかり蓋を押さえて運ぶことにした。
雨の中、トーマと二人で傘を差して、東門の方へ歩く。フードの中では、ルルが雨の匂いに鼻をひくつかせていた。
青い屋根の家は、本当に小さかった。
扉を叩くと、しばらくして、中からごそごそと音がした。
「……誰だ」
「レンとトーマです。院長先生から、スープを預かってきました」
少しの沈黙のあと、扉が開いた。
ガルドさんは、いつもの革鎧ではなく、着古した麻のシャツ姿だった。右足を少し引きずっている。
「……わざわざ来たのか」
「リゼさんに、ガルドさんの家を教えてもらって」
「あいつは、余計なことを」
ガルドさんは小さく舌打ちをした。でも、扉を閉めようとはしなかった。
「入れ。濡れるぞ」
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家の中は、すっきりと片付いていた。
小さなかまどと、木のテーブルと、椅子が二つ。壁際には、手入れの行き届いた剣が一本、立てかけてある。
そして、その剣の柄に、小さなものが引っかけてあった。
細い革でできた、輪っかだった。小さな銀色の鈴がついている。
「首輪……?」
思わずつぶやくと、ガルドさんの手が、一瞬止まった。
フードの中から、ルルがするりと抜け出した。止める間もなく床に下りると、とことこと壁際まで歩いていって、首輪の下でぴたりと立ち止まった。
くんくん、と鼻を近づける。
それから、ルルは振り返って、ガルドさんを見上げた。
「……るる」
小さな、静かな鳴き声だった。
ガルドさんは、長いこと黙ってルルを見ていた。
それから、椅子にどさりと腰を下ろして、窓の外の雨に目をやった。
「スープ、もらうぞ。座れ」
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院長先生のスープを、ガルドさんは黙って飲んだ。
俺とトーマは、もう一つの椅子と、床に置いた木箱に座って、それを見ていた。ルルは、なぜかガルドさんの足元に座り込んで動かなかった。
鍋が半分くらい空になったころ、ガルドさんがぽつりと言った。
「十五年前の話だ」
雨の音が、少し強くなった。
「俺は、四人のパーティーにいた。リーダーと、魔法使いと、俺と……一番若いのが、ユーリっていう坊主だった」
「ユーリ……」
「十六だった。見習いを上がったばかりでな。剣の腕はまだまだだったが、とにかく明るいやつだった」
ガルドさんは、少しだけ目を細めた。
「見習いのころの指導役は、俺だった。今のお前らと同じだ。毎日、俺の後ろをついて回って、うるさいくらいに質問してきた」
トーマが、ちらりと俺の顔を見た。
「苔むす洞に連れて行った最初の年に、あいつが一度、やらかした。猫が横穴に入り込んで、追いかけていったんだ。その先に、岩トカゲの巣があった」
ガルドさんは、自分の左の眉から頬に走る古傷を、指でなぞった。
「これは、そのときのだ。あいつと猫をかばって、尻尾で一発もらった」
俺は、息を呑んだ。初めて会った日から、ずっと気になっていた傷だった。
「それからというもの、あいつは、ことあるごとに言っていた。『その傷の借りは、いつか必ず返します』とな。貸しなんぞ作った覚えはない、と何度言っても、へらへら笑って聞かなかった」
ガルドさんの目が、壁際の首輪に向けられた。
「黒い猫を飼っていた。クロ、なんてそのまんまの名前でな。どこに行くにも、そいつを連れて歩いていた。危ないから置いていけって何度言っても、聞かなかった」
俺は、思わず膝の上の手を握りしめた。
――昔、仲間が飼っていた猫で、な。
前に草原で、ガルドさんはそう言っていた。
「あの年の夏の終わりに、森の魔物が妙に増えた。最初は、苔むす洞の浅い階に、見たことのない罠が出るようになった。それから、草原に、いるはずのない魔物が出るようになった」
心臓が、どくんと鳴った。
隣で、トーマが息を呑むのが分かった。
二階にあるはずのない、落とし穴。
「ギルドに頼まれて、俺たちは森の奥を調べに行った。そこで、魔物の群れを見つけた。百や二百じゃきかない数だった」
ガルドさんの声は、静かだった。静かすぎて、かえって怖かった。
「群れに気づかれたのは、引き返し始めてすぐだった」
ガルドさんは、空になりかけた鍋の底を見つめたまま話し続けた。
「森の中を、四人で走った。後ろから、オオカミの遠吠えが追いかけてきた。一匹や二匹の声じゃない。森じゅうが吠えているみたいだった」
「途中で、木の陰から牙トカゲが飛び出してきた。避けきれなかった。右足を、膝の下から噛まれた」
ガルドさんは、テーブルの下で、右足をそっとさすった。
「骨まで届いていた。立とうとしても、足に力が入らなかった。そのうちに、オオカミの群れが追いついてきた。木の間から、灰色の背中がいくつも見えた」
雨の音が、遠く聞こえた。
「俺は、置いていけと言った。俺一人のために、四人とも死ぬことはない。リーダーのロイドも、魔法使いのマルタも、一瞬、迷った顔をした」
「そのとき、ユーリが、俺の前に立った」
ガルドさんの声が、ほんの少しだけかすれた。
「俺たちがいたのは、大きな岩が二つ並んだ、細い隙間の手前だった。人が一人、やっと通れるくらいの幅だ。そこに一人立てば、オオカミは一匹ずつしか来られない」
ガルドさんは、テーブルの上に指で二本の線を引いた。
「ユーリは、それを見ていたんだ。俺よりも先に」
「剣を抜いて、岩の隙間に立って、背中越しに言った。『ロイドさん、ガルドさんを担いでください。ガルドさんを担げるのは、ロイドさんだけです。マルタさんは、もう魔力がほとんど残ってない。ここで一番身軽なのは、俺です』」
「理屈は、あいつの言う通りだった。俺は、大男だ。ロイドでなきゃ担げん。マルタは、ここに来るまでの戦いで、魔法をほとんど使い切っていた。そして、四人の中で一番足が速いのは、ユーリだった」
ガルドさんは、膝の上で拳を握った。
「それでも、ふざけるな、と怒鳴った。お前が一番弱いだろうが、と。そうしたら、あいつは振り返って、笑った」
ガルドさんは、目を閉じた。
「『その傷の借り、まだ返してないっすから』」
ガルドさんの指が、また、左の頬の古傷に触れた。
「『大丈夫っすよ。俺、逃げ足だけは速いんで。すぐ追いつきますから』……いつもの、へらへらした顔でな」
俺は、膝の上で、手をぎゅっと握りしめた。
「ユーリは、クロに『お前は先に行け』と言った。だが、あの猫は、ユーリの足元から動かなかった。背中の毛を逆立てて、オオカミに向かって、小さな体で唸っていた」
足元のルルが、ぴくりと耳を動かした。
「マルタが、残っていた魔力を全部使って、ユーリの前に火の壁を作った。ロイドが、俺を担いで走り出した。俺は、ロイドの肩の上で、後ろを見ていた」
「火の壁の向こうに、ユーリの背中が見えた。小さな背中だった。剣を構えて、一歩も下がらずに立っていた。その足元で、クロの首輪の鈴が、ちりん、ちりんと鳴っていた」
ガルドさんは、そこで、長い息を吐いた。
「木の陰に入って、背中が見えなくなった。それでも、しばらくは鈴の音が聞こえていた。オオカミの唸り声と、剣が何かを打つ音と、鈴の音。それが、だんだん遠くなって……」
ガルドさんは、言葉を切った。
窓の外で、雨が屋根を叩いている。
「森の外れで、俺たちは夜まで待った。すぐ追いつく、とあいつは言ったからな。だが、朝になっても、ユーリは来なかった」
「群れが町に来て、騎士団が追い払ったあと、ロイドたちと一緒に、あの場所に戻った」
「ユーリは、あの場所から百歩も離れていないところで見つかった」
ガルドさんの声は、低く、平らだった。
「木の根元に、うつ伏せに倒れていた。周りには、オオカミの死骸が五つ転がっていた。あいつは、最後まで剣を握ったままだった。指をほどくのに、ずいぶん時間がかかった」
トーマが、小さく息を呑む音がした。
「クロは、ユーリの体の下にいた。かばうように、抱え込まれていた。……それでも、だめだった」
ガルドさんは、少し黙ってから、続けた。
「妙なことがあった。あれだけの群れの中にいたのに、ユーリの体は、ほとんど荒らされていなかった」
「代わりに、ユーリが倒したオオカミの死骸は、どれも胸を食い破られていた。中の魔石だけが、きれいになくなっていた」
「あの群れが欲しかったのは、人の肉じゃない。魔石だったんだ。……あのときは、それが何を意味するのか、誰にも分からなかった」
ガルドさんは、壁際の剣を見た。
「二人とも、町の墓地に埋めた。同じ墓にな。剣と首輪だけは、俺が持って帰った」
誰も、何も言えなかった。
「逃げ足だけは速い、と言っていたくせにな」
ガルドさんは、ぽつりとつぶやいた。
「あいつは、一歩も逃げていなかった」
ガルドさんは、首輪の鈴を、じっと見つめていた。
「あいつは、借りを返したつもりだったんだろう。……借りなんて、最初から、どこにもなかったのにな」
トーマが、ぐっと唇を噛んでいるのが見えた。俺も、喉の奥が熱くなって、うまく息ができなかった。
「あの群れは、町の門を三日間叩き続けた。大勢死んだ。王都の騎士団が来たのは、四日目の朝だった」
ガルドさんは、スープの残りを一息に飲み干して、空になった鍋をテーブルに置いた。
「だから、俺は見習いに無理をさせない。無理をして死ぬやつを、もう見たくない。……それだけの、俺のわがままだ」
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しばらくして、ガルドさんは、いつもの低い声に戻って言った。
「勘違いするなよ。今がそうだと言っているわけじゃない」
「でも、二階の罠は」
「罠は、ダンジョンの形が変わっただけかもしれん。ギルドが調べている。結果が出るまでは、何も決めつけるな」
ガルドさんは、俺とトーマの顔を順番に見た。
「お前らがやることは変わらん。決まりを守って、日が傾いたら帰る。それだけだ」
「……はい」
俺は、うなずいた。
でも、どうしても言いたいことがあった。
「ガルドさん。俺、強くなりたいです」
ガルドさんの眉が、ぴくりと動いた。
「すぐには無理なのは分かってます。ガチャで出るのは、小石投げとか、じゃがいもとか、そういうのばっかりだし。でも、もし本当に何か起きたとき、せめて、自分と、隣にいる人くらいは守れるようになりたいんです」
隣で、トーマも身を乗り出した。
「俺もです! 俺、もっとちゃんと剣を使えるようになりたい」
ガルドさんは、しばらく黙っていた。
それから、ふっと、息を吐くように言った。
「強くなるのは、ゆっくりでいい」
「え……」
「急いで強くなろうとするやつは、自分の弱さを見なくなる。ユーリもそうだった。早く一人前になりたがっていた」
ガルドさんは、足元のルルに目を落とした。
「一つずつでいい。今日できることを、一つずつ増やせ。生きて帰ってくれば、明日もまた一つ増やせる。それを何年も続けたやつが、本当に強くなる」
「……はい」
「それから」
ガルドさんは、少しだけ、口の端を上げた。
「そのガチャから、じゃがいもが出るのも悪くない。腹が減っていたら、戦えんからな」
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帰り際、扉のところで、ルルがもう一度、壁際の首輪を振り返った。
小さな鈴が、隙間風にちりんと鳴った。
ルルは、しばらくそれを見つめていた。それから、ガルドさんの足元にとことこと戻ってきて、大きな手の甲に、自分の額をこすりつけた。
ガルドさんは、何も言わなかった。
ただ、ごつごつした指で、ルルの頭を、ゆっくりと一度だけなでた。
雨の中、トーマと並んで歩く帰り道は、行きよりもずっと静かだった。
「……なあ、レン」
しばらくして、トーマが口を開いた。
「俺、ガルドさんの前に立てるくらい、強くなりたい」
「うん」
「いつかでいいからさ」
「うん。いつかでいい」
ゆっくりでいい。一つずつでいい。
フードの中で、ルルが小さく「るる」と鳴いた。
雨は、夕方まで降り続いた。
(第12話 終わり)
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**【ガチャ記録】第12話まで**
ガチャを授かってから 55日目 / ガチャLv.2
回した回数:合計44回(無料36回・魔石8回)
今回出たもの
- 無料ガチャ:【R】丈夫な雨合羽、【N】手ぬぐい、【N】炭の棒
これまでに出たもの
- 特別枠【祝福の一回】:【N】子猫
- スキル:小石投げ+2、方向感覚、生活魔法:着火
- 装備・道具:【R】革の小盾、【R】丈夫な雨合羽
- 食べ物・レシピ:【R】大きな燻製ハム(孤児院の晩ごはんに)、【N】じゃがいも(一袋)、【N】乾燥豆(一袋)×2、【N】干しいも、【N】小麦粉(小袋)、【N】乾燥ハーブ、【N】レシピ「じゃがいももち」(院長先生に)
- そのほか:【N】革の小物袋、【N】猫じゃらし(ルルの宝物)、【N】塩一袋×3、【N】包帯×3、【N】毛糸玉(ルルの宝物)、【N】木のスプーン、【N】縫い針と糸×2、【N】手ぬぐい×3、【N】ボタン一袋、【N】石けん×2、【N】紙の束×3(地図の下書きに)、【N】炭の棒×3、【N】木のコマ(小さい子たちに)、【N】釘一袋、【N】ビー玉一袋(小さい子たちに)、【R】厚手の毛布(孤児院に)、【N】革ひも
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、いつも怖い顔のガルドさんの昔の話でした。
少し重いお話でしたが、次回からはまた、レンとルルの冒険に戻ります。
次回は〔今日の19時〕に更新します。
「続きが気になる」と思っていただけたら、
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