# 第10話 ルルの耳と、あるはずのない罠
# 第10話 ルルの耳と、あるはずのない罠
苔むす洞の二階に下りる階段は、一階の一番奥にある。
岩を削ったような、でこぼこの段差だった。足を置くたびに、小石がからからと下へ転がり落ちていく。
「一歩ずつだ。急ぐな」
先頭のガルドさんが、ランタンを掲げながら言った。その後ろに、新しい革の小盾を腕にくくりつけたトーマ。最後に、紙の束と炭の棒を抱えた俺が続く。
フードの中では、ルルがいつものように大人しくしていた。
二階は、一階よりも少しだけ暗かった。光苔がまばらで、ところどころに、ランタンの明かりがないと足元も見えないような場所がある。
「二階からは、魔物が少し強くなる」
ガルドさんが、低い声で言った。
「洞窟コウモリが群れで来ることがある。それから、岩トカゲだ。皮が硬い。目と喉を狙え」
「はい」
方向感覚で、頭の中に線を引いていく。階段を下りて、東へ二十歩。分かれ道。左は少し下っていて、右は平らだ。
炭の棒で、紙に書き留める。
この二週間で、俺の地図はずいぶん上達した。最初のころのように何度も描き直すことはなくなったし、ガルドさんに直される回数も減った。
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二階の探索は、順調だった。
洞窟コウモリが三匹まとめて飛んできたときは、トーマが盾で弾き飛ばして、俺が小石で一匹ずつ落とした。岩トカゲは、ガルドさんの言うとおり皮が硬くて、俺の小石では弾かれてしまった。でも、トーマが盾で押さえ込んでいる間に、目を狙えば一撃だった。
小石投げ+2は、狙ったところに、ちゃんと当たる。それが、こんなに頼もしいとは思わなかった。
「なあレン、俺たち、けっこう強くなってないか?」
岩トカゲの小魔石を拾いながら、トーマが嬉しそうに言った。
「うん。少しずつだけど」
「調子に乗るな」
ガルドさんが、ぴしゃりと言った。
「二階で一番怖いのは、魔物じゃない」
「え?」
「慣れだ。慣れたころに、人は足元を見なくなる」
ガルドさんの声は、いつもと同じ低さだった。でも、その目は、ランタンの明かりの届かない暗がりの奥を、じっと見ていた。
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それが起きたのは、二階の探索を始めて三日目のことだった。
その日は、二階の北側にある、まだ地図に描いていない通路を進んでいた。天井が低くて、ガルドさんは少し身をかがめて歩いている。
通路は、途中でゆるやかに右へ曲がっていた。
「この先は、俺も最近は来ていない」
ガルドさんが、立ち止まって言った。
「ギルドの古い地図だと、小さな部屋があって、行き止まりのはずだ」
「確かめてきますか?」
「ああ。だが、慎重にな」
ガルドさんが先に曲がり角を確認して、手招きした。トーマが続き、俺もその後ろに続こうとした。
そのときだった。
フードの中で、ルルがもぞもぞと動き出した。
「ルル、おとなしくしてて」
小声で言っても、ルルは聞かなかった。小さな前足で俺の肩をよいしょと乗り越えると、そのまま背中をつたって、床にぽてっと落ちた。
着地に失敗して、一回ころんと転がる。それから、何事もなかったような顔で立ち上がって、ぷるぷるっと体を振った。
「……るる」
そして、とことこと歩き出した。
短い足で、一生けんめいに。トーマの足の間をくぐり抜けて、その少し前まで行くと――ぺたん、と座り込んだ。
ちょうど、トーマが次の一歩を踏み出そうとしていた場所だった。何もない、平らな岩の床。光苔の明かりがぼんやり届いているだけの、ただの床。
「おい、ルル。そこ、じゃまだって」
トーマが笑いながら、ルルをよけて足を出そうとする。
すると、ルルは、ころん、とお腹を見せて寝転がった。白いお腹が、トーマの足の前にでんと広がる。
「わ、ちょっ、踏んじゃうだろ」
トーマが慌てて足を引っ込めた。片足立ちのまま、ふらふらと体が揺れる。
ルルは寝転がったまま、小さな前足で、床をてしてしと叩いた。ここ、ここ、と言っているみたいに。それから、床の匂いをくんくんと嗅いで、「くしゅん」と小さなくしゃみをした。
「なんだよ、遊んでほしいのか?」
トーマがしゃがみ込もうとした、そのとき。
俺は、ルルの尻尾に気づいた。
いつもは細くてしなやかな白い尻尾が、ぼわっと、たわしみたいにふくらんでいた。
「……トーマ、待って」
俺の声に、前を歩いていたガルドさんが振り返った。
寝転がったルルと、ふくらんだ尻尾と、トーマの足元。ガルドさんの目が、すっと細くなった。
「動くな」
低い声だった。
「トーマ。猫を抱いて、来た道をそのまま、ゆっくり下がれ。床には、さっき踏んだところ以外、足を置くな」
「え……は、はい」
トーマは、わけが分からないという顔のまま、そっとルルを抱き上げた。ルルは「るる」と鳴いて、おとなしくトーマの腕に収まった。トーマが一歩、また一歩と、慎重に後ろへ下がってくる。
「……レン。石を一つ、そこに転がせ」
ガルドさんが、トーマが踏み出そうとしていた床を指さした。
震える手で、袋から小石を一つ取り出す。床に向かって、そっと転がした。
小石が、平らな岩の床の上をころころと転がって――。
かちり。
小さな音がした。
次の瞬間、床が、消えた。
正確には、岩の床に見えていた部分が、ばくんと下に開いたのだ。真っ黒な穴が、ぽっかりと口を開けている。トーマ一人がすっぽり落ちるくらいの大きさだった。
穴の底から、ちゃぽん、と水音が響いてきた。
小石が水に落ちた音だった。それも、ずいぶん深いところで。
「……落とし穴」
トーマの声が、かすれていた。
誰も、しばらく何も言えなかった。
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穴は、やがてゆっくりと閉じていった。ぎぎぎ、と岩がこすれる音がして、また何もない平らな床に戻る。
言われなければ、絶対に分からない。
「トーマ、大丈夫?」
「お、おう……」
トーマは、その場にへたりこんでいた。腕にくくりつけた盾が、かたかたと小さく鳴っている。
トーマの腕の中で、ルルが、ふわあ、と大きなあくびをした。
さっきまで、たわしみたいだった尻尾は、もう元の細さに戻っている。
トーマは、震える手で、ルルをぎゅっと抱きしめた。
「……お前、分かってて、あそこに寝転がったのか?」
ルルは答えるかわりに、トーマの鼻の頭を、ざらざらの舌でぺろりとなめた。
「……ありがとな、ルル。お前、すげえな」
ルルは「るる」と鳴いて、トーマの胸に頭をこすりつけた。それから、何事もなかったように、前足で顔を洗い始めた。
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ガルドさんは、閉じた床の前にしゃがみ込んで、岩の継ぎ目を指でなぞっていた。
その顔が、今まで見たことがないくらい、険しかった。
「ガルドさん?」
「……おかしい」
低い声だった。
「苔むす洞に、罠があるのは知っている。だが、それは三階の奥の方だけだ。二階に罠があるなんて話は、聞いたことがない」
「新しくできた、ってことですか?」
「ダンジョンは、ときどき形を変える。だが、罠が増えるのは……」
ガルドさんは、そこで言葉を切った。
続きを、言わなかった。
言わなかったけれど、その沈黙が、なんだかすごく重たく感じた。
「今日はここまでだ。引き返す」
ガルドさんは立ち上がって、ランタンを持ち直した。
「レン。この場所を、地図に描いておけ。罠の位置もだ。大きく、分かるように」
「はい」
俺は、紙の上の、その場所に、大きく×を描いた。それから、その横に「落とし穴・注意」と書き足した。
炭の棒を握る手が、少しだけ震えていた。
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帰り道、ルルはずっと、俺のフードの中ではなく、腕の中にいた。
小さな体が、温かかった。
洞窟を出て、夕日の中を歩きながら、俺はこっそりガチャの画面を開いた。
画面の端に、今まで気づかなかった小さな表示があった。ガチャから出たものの一覧だ。小石投げ、方向感覚、着火。ハムやじゃがいもや、猫じゃらしの名前も並んでいる。
その一覧とは別に、一番上に一つだけ、虹色の枠で囲まれた欄があった。【祝福の一回】と書かれたその欄に、ルルの名前があった。
> **【N】子猫**
> ガチャから生まれた子猫。
> よく食べ、よく眠る。
> **危ないものの気配に、とても敏い。**
> ただの子猫。……たぶん?
「……説明、変わってる」
最初は「ただの子猫。たぶん。」だった。
今は、一行増えている。そして、最後の「たぶん」に、はてなまでついていた。
腕の中のルルを見下ろす。ルルは、空色と金色の目で、俺をじっと見上げていた。
「お前、本当にただの子猫なのか?」
「……るる」
ルルは、何も答えなかった。
ただ、いつもより少しだけ長く、俺の腕に額をこすりつけてきた。
前を歩くガルドさんの背中は、いつもより少しだけ、こわばって見えた。
その背中に、トーマが小走りで追いついて、何か話しかけている。ガルドさんは短く答えて、トーマの頭をがしがしとなでた。
二階にあるはずのない罠。
ガルドさんが、言いかけてやめた言葉。
なんだか、胸の奥がざわざわした。
でも、腕の中の温かさが、そのざわざわを少しだけ静めてくれた。
「帰ったら、猫じゃらしで、いっぱい遊んでやるからな」
「るるっ」
今度の返事は、とても元気だった。
(第10話 終わり)
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**【ガチャ記録】第10話まで**
ガチャを授かってから 48日目 / ガチャLv.2
回した回数:合計37回(無料29回・魔石8回)
今回出たもの
- 無料ガチャ:【N】ビー玉一袋、【N】炭の棒、【N】小麦粉(小袋)、【R】厚手の毛布、【N】縫い針と糸、【N】包帯、【N】乾燥ハーブ、【N】塩一袋、【N】革ひも
これまでに出たもの
- 特別枠【祝福の一回】:【N】子猫
- スキル:小石投げ+2、方向感覚、生活魔法:着火
- 装備・道具:【R】革の小盾
- 食べ物・レシピ:【R】大きな燻製ハム(孤児院の晩ごはんに)、【N】じゃがいも(一袋)、【N】乾燥豆(一袋)、【N】干しいも、【N】小麦粉(小袋)、【N】乾燥ハーブ
- そのほか:【N】革の小物袋、【N】猫じゃらし(ルルの宝物)、【N】塩一袋×3、【N】包帯×3、【N】毛糸玉(ルルの宝物)、【N】木のスプーン、【N】縫い針と糸×2、【N】手ぬぐい×2、【N】ボタン一袋、【N】石けん、【N】紙の束×2(地図の下書きに)、【N】炭の棒×2、【N】木のコマ(小さい子たちに)、【N】釘一袋、【N】ビー玉一袋(小さい子たちに)、【R】厚手の毛布(孤児院に)、【N】革ひも




