最初のお仕事③ 初めての調合
◆初めての調合
その晩、今日も何とか一通りの仕事を終え、へとへとになりながらも、なんとか自室に戻ってきた。
コーティング剤の調合をしなければ。
私はソルを呼んだ。
〈ついに調合だね。まずはかまどが必要だから、厨房へいこう〉
厨房の使用許可はあらかじめガストンさんにとっておいた。
深夜の時間であれば問題ないとのことだった。
厨房に行くとまだガストンさんがいた。
「よう! 新入り! 火を使うんだろう。
起こしておいてやったぞ!」
涙が出そうだった。このお屋敷の人はみんな優しい。ただ一人を除いて。
「俺はもう休むからな。後始末だけはしっかりしろよ!」
「ありがとうございます!」
ガストンさんとは少し言葉を交わすだけで、不思議と元気が湧いてくる。
ガストンさんはそのまま自室に戻っていった。
私はかまどの前に立ち、深く息を吸った。
〈まずは水に灰を通して、灰汁をつくるよ〉
「灰汁……って、これで本当に綺麗になるの?」
〈なるよぉ。タンパク質を柔らかくしたり、汚れを浮かせたりするんだよ〉
ソルはのんびりした声で言うが、やることは地味に大変だった。
桶に水を張り、木灰を少しずつ混ぜる。
灰が沈むまで待ち、上澄みだけをすくう。
その作業を繰り返す。
「腕が……痛い……」
〈ミツキ、まだ序盤だよぉ〉
序盤……。
私は泣きそうになりながら灰汁をつくり続けた。
ようやく上澄みが透明になってきたころ、ソルが言った。
〈次は獣脂を溶かすよ。かまどで温めてね〉
私は鍋に獣脂を入れ、火をつけた。
じゅわ……と溶けていく脂の匂いが厨房に広がる。
「うっ……ちょっと臭い……」
〈大丈夫だよぉ。あとでハーブを入れれば匂いは消えるから〉
獣脂が完全に溶けたところで、蜜蝋を加える。
これがまた固くて、なかなか溶けない。
「重っ……!」
鍋をかき混ぜる腕が震える。
汗が額を流れ落ちる。
〈ミツキ、がんばれぇ〉
「ソルは応援しかできないじゃん……!」
〈応援はできるよぉ〉
その言葉に、思わず笑ってしまった。
でも、笑ったのはほんの一瞬だった。
蜜蝋が溶けるまで、さらに腕を酷使することになった。
ようやく混ざったところで、ソルが言った。
〈最後にハーブを入れて、香りづけだよ〉
私はハーブをちぎって鍋に入れた。
ふわっと優しい香りが広がる。
「……いい匂い」
〈でしょぉ〉
鍋の中身は、少しとろりとした液体になっていた。
〈これを灰汁と混ぜれば、コーティング剤の完成だよ〉
「よし……!」
私は灰汁を鍋に注ぎ、ゆっくりと混ぜた。
すると――。
鍋の中で、液体が少しずつ乳化していく。
白く、柔らかい光沢を帯びた液体。
「できた……?」
〈うん。第一段階はね〉
「第一段階……?」
〈そうだよぉ。これを“均一に”混ぜるのが一番大変なんだよ〉
ソルはさらっと言った。
「えっ……」
〈混ぜ続けてね。腕がちぎれそうになるけど、がんばれぇ〉
「ソル……!」
私は泣きそうになりながら鍋を混ぜ続けた。
腕は震え、肩は痛み、背中は悲鳴を上げる。
それでも――。
「……できた……!」
鍋の中には、ほんのり光沢のあるクリーム状の液体ができあがっていた。
〈ミツキ、よくがんばったねぇ〉
「……ありがとう……」
私はその場にへたり込んだ。
体は限界だった。
でも、心は少しだけ軽くなっていた。
これでリリアナ様に認めてもらえるかもしれない。
そんな希望が、胸の奥に小さく灯った。
〈ミツキ、今日はもう寝よぉ〉
「うん……」
私は鍋を片づけ、ふらふらと自室へ戻った。
ベッドに倒れ込むと、すぐに眠りに落ちた。
その日は夢を見なかった。




