最初のお仕事② 初めての改革
◆初めての改革
はっと目が覚めた。嫌な夢を見た気がする。
私はトイレに行こうと部屋を出た。
トイレは1階にある。階段を下りて向かうが、大広間の蝋燭が灯っていた。
「……アルバートさん?」
彼は静かにモップを握り、床を磨いていた。
「ミツキ殿……。今日はゆっくりお休みください」
胸が熱くなった。
「す、すみません……」
「謝罪は不要です。……どうか、無理はなさらず」
私はトイレに行った後、またベッドで泣いた。
――翌日、私はせめて、一通りの清掃は終わらせようと、スピード重視で作業を行うことにした。
日が昇るころには、2階の廊下を済ませ、階段の清掃に取り掛かろうとしたとき、あのヒールの音が響いた。
「ちょっとあなた。2階の廊下はこれからなのかしら?
全然綺麗になっていませんでしたわよ」
「…………はい。階段が済みましたら、そちらへ――」
私の言葉は遮られた。
「昨日も結局アルバートが大広間の清掃をしていましたね。
この屋敷に無能はいらないわ。
掃除もろくにできないのなら出ていきなさい」
青い瞳がこちらを強く睨む。
私の胸は限界だった。
ぎゅっと潰された心臓から、にじむように涙があふれた。
「出ていきなさい」
そういってリリアナはその場を立ち去った。
私の涙は止まらなかった。
みじめでたまらない気持ちになる。
どこまでもどこまでも逃げたい。
私だってこんなところで働きたいわけではない。
でも……。ソルのあの言葉が頭をよぎる。
――結局、あふれ出た涙を止めることができなかった私は、一度自室に戻った。
「もう無理……どうしたらいいの……」
誰に言ったわけでもないが、私には常に一緒にいる相談役がいた。
〈ミツキ、掃除を簡単にする方法があるよぉ〉
「え?」
ソルが胸元から現れた。
〈汚れがつきにくくなる“コーティング”をすればいいんだよ〉
「そんなことできるの?」
〈材料があればねぇ。
それに今ミツキが苦しいのは、リリアナ様が認めてくれないからでもあるよねぇ。
コーティングをするとピカピカになるから、リリアナ様も喜んでくれると思うよぉ〉
「最高じゃない」
〈そうだねぇ。必要な材料は、獣脂と蜜蝋とハーブ。
この世界でも食用として使われていると思うから、厨房にあるんじゃないかなあ〉
厨房。後でアルバートさんに相談しよう。
〈あとは、木灰が必要だね。きっとそれも厨房でもらえるよ〉
「わかった。ありがとう」
――私は早速アルバートさんに相談するため、彼のもとへ向かった。
先日通された部屋は、彼が仕事で使っている部屋だったようだ。
ノックして部屋に入ると、書類仕事に追われたアルバートさんがいた。
「お忙しいところすみません。失礼いたします」
「どうされました」
彼は嫌な顔はせず、私の話を聞いてくれた。
私は彼の時間をできるだけ奪わないように、手短に用件を伝えた。
「コーティング……ですか。一度試してみてもいいかもしれませんね。
その材料ならおそらく厨房にあるでしょう。
今日中に話を通しておくので、明日料理長を訪ねてみてください」
「ありがとうございます!」
「ただし、通常の業務を怠らないようにお願いいたします。
今日も作業が終わらないようでしたら、お早めに相談してください」
「わかりました。できるだけご迷惑はおかけしないよう気を付けます」
そうだった。まずは、与えられた仕事をちゃんとやらなきゃ。
――私は彼の部屋を出た後、大急ぎで掃除を再開した。
正直、リリアナ様に文句を言われないように徹底的にやってやろうという気持ちもあったが、またアルバートさんに迷惑がかからないよう、時間配分を決めて掃除することにした。彼女を驚かすのは、まだ先だ。
時間配分はソルに頼んだ。
彼はこちらから聞いたり、頼んだりすれば、大抵のことはやってくれた。
腰が痛くならない姿勢や、即効性のあるストレッチも教えてくれた。
直接掃除をしてくれないのは残念だったが、実体がないので仕方がない。
時間配分するにしても、最低限の完成度は必要になる。
お昼に自室でさぼってしまった自分が悪いと言い聞かせて、作業を行い、昨夜自室に戻った頃には、一通りの清掃を終えることができた。
――翌日、厨房へ向かうと、濃いひげを蓄えた、背は高くないが、がっしり体型の男がいた。
料理長――
**ガストン・グッドマン**。
「おう、新入り! 言われた材料はそこにおいてある!
忙しいからさっさと持って行ってくれ!」
大きくて太い。安心感のある声だ。
親切だけど、忙しすぎてそっけなさも感じる。
今、このお屋敷に料理人はガストンさん一人しかいないらしい。
朝から晩まで休みなく働いている。
「すみません! ありがとうございます!」
つられてこちらの声まで大きくなる。
「おう!」
私は、机に並べられた材料を急いで回収し、厨房を後にした。
もらった材料を自室に運ぼうと部屋のドアを開けたとき、あの嫌な足音がした。
「あなた、何をしているの?」
私は恐る恐る振返った。
「ただでさえ、人よりものろまなあなたが、何を呆けているのと聞いているの」
私は固まってしまった。
「ちょっと、聞いているの?」
彼女が一歩こちらに近づいたとき、私は防衛本能で逃げるように部屋に入り、扉を閉めた。
「……すみません」
それしか言葉が出なかった。
絶対怒られる。そう思った。
しかし、彼女は何も言わず、その場を後にした。
その後、びっくりするような扉が強く締まる音がした。
彼女は自室に戻ったようだ。
えっ、どういうこと…?
怒鳴られると思ったのに……。
彼女は何を考えていたのだろう。
怒っているのは間違いないようだけど……。
考えてもその答えは出なかったので、私は抱えたままいた材料を机におき、清掃に戻ることにした。




