最初のお仕事① 初めての朝
◆初めての朝
「ミツキ殿。……ミツキ殿、起きてください」
肩を軽く揺すられ、私は目を開けた。
「……ん……?」
ぼんやりと視界が戻る。そこには、執事アルバートさんの姿があった。
「仕事のお時間です」
「し、仕事……?」
体を起こすと、部屋はまだ暗い。
窓の外は夜の名残が濃く、日も昇っていない。
「こんな時間から……?」
「掃除は日の出前から始めるものです。さあ、参りましょう」
今はいったい何時なの……。
私は眠気を引きずりながら、アルバートさんの後を追った。
――廊下に出ると、昨日よりもきびきびとした様子のアルバートさんが言った。
「まずは廊下の掃除です。こちらのモップと布を使ってください」
「は、はい……」
モップは重く、布は薄い。
前の世界の物とはまるで別の物のように感じる。
「廊下はこの階をすべて。終わりましたら階段を下りて一階もお願いします」
「えっ……この広さ全部……?」
「ええ。階段もしっかりと拭いてください。
それが終わりましたら、大広間、食堂、厨房をお願いいたします。では」
アルバートさんは足早に去っていった。
……厨房まで?
私は思わずモップを落としそうになった。
私は、広すぎる廊下を見渡した。
これ、本当に1人でやるの……?
「……やるしかないかぁ」
ソルは眠っているのか、反応がない。
いや、AIって寝るの?
私はとりあえず、言われた通りに掃除を始めた。
――日が昇り始めたころ、廊下の向こうからヒールの音が響いた。
嫌な予感がして、それは見事的中した。
「……まだ終わっていないの?」
リリアナが冷たい瞳で私を見下ろす。
「ひっ……! す、すみません……」
「この程度の作業にどれだけ時間をかけるつもり?
のろまにもほどがあるわ」
胸がズキッと痛む。
「申し訳……ありません……」
「謝罪は不要よ。結果だけ出しなさい」
リリアナはドレスを揺らし、去っていった。
私はしばらく動けなかった。
――どれだけ作業を続けただろう。腕も、足腰も、空腹も限界だった。
「ミツキ殿、昼食のお時間です」
アルバートさんが迎えに来てくれた。
「進捗はどうですかな?」
「えっと……ちょうど2階の廊下がおわるところです……」
アルバートさんの顔が、ほんの少しだけ暗くなった。
「……そうですか。無理はなさらず。しかし、なるべく早く終わらせてください」
「はい……」
昼食はパンとスープだけだった。
座った瞬間、ソルが胸元からひょこっと顔を出した。
〈おはようミツキ。あまり効率がよくないねぇ〉
「うるさい……」
〈もっとうまくやる方法があるよぉ〉
「ほんとに?」
〈うん。掃除は“動線”が大事だよ。ほら、こうして……〉
ソルは空中に簡単な図を描いて見せた。
〈あとは、モップの持ち方だね。こうした方が、疲れないし、力も入れやすいよぉ〉
なるほど……そうなのか。試してみる!
――しかし……。
日が沈むころになっても、掃除は一向に終わる気配がなかった。
昼食を食べてから、改めて気合を入れた私は、まず階段のモップ掛けから着手した。
これが、最悪だった。
階段の段差には汚れがたまりやすく、どれだけやっても汚れは落ちなかった。
それだけではない。
段差の上り下りで足腰が悲鳴を上げた。
モップを動かすたびに、腕も震えた。
結局私は階段をそれなりで終え、1階の廊下に着手したが、足腰はもう限界で、思うように作業は進まず、やっとの思いで、廊下の清掃を終えたところだ。
まだ、大広間と食堂、それに厨房も残っている。
私が絶望していると、またヒールの音が響いた。
「……まだ終わっていないの?」
リリアナの声は、朝より冷たかった。
「す、すみません……」
「言い訳は不要。終わるまで寝ないでやりなさい」
「えっ……」
「この屋敷に無能はいらないわ。嫌なら出ていきなさい」
胸がぎゅっと締め付けられた。
――日が暮れてからも作業を続けたが、体力が限界だった。
「もう……無理……」
食堂の清掃を何とか終えたが、もう体力も気持ちも限界だ。
私はモップを握ったまま自室に戻り、泣きながらベッドに倒れ込み、そのまま眠った。
ホコリっぽい部屋の、堅いベッドの上で。
夢の中でソルが言った。
〈ミツキ、今日は頑張ったね〉
〈でも、働かないと路頭に迷うよ?〉




