異世界転移と悪役令嬢② 悪役令嬢
◆悪役令嬢
皆瀬美月。 24歳。(元)ホワイト企業の事務職。
周りの優秀な人たちに支えられ、ぬくぬくと働いてきた。
そんな私が異世界で仕事!?
そもそもどうやって異世界で仕事を探せというの。
そんな疑問は異世界についてすぐに解決されることになった。
――気がつくと、私は豪奢な屋敷の廊下に立っていた。
状況を理解する間もなく、背後から冷たい声が響いた。
「そこのあなた。新入りのメイド? 挨拶もできないの?」
振り返ると、金の巻き髪を揺らす少女が立っていた。
青い瞳は氷のように冷たく、宝石を散りばめたドレスをまとい、
完璧な姿勢で私を見下ろしている。
悪役令嬢――
**リリアナ・ヴァン=アルセリア**。
その美しさは絵画のようなのに、纏っている空気は冷たく、刺すようだった。
「掃除は? 洗濯は? 庭の手入れは? 書類整理は?
全部あなたがやるのよ。できるわね?」
「え、えっと…… ここは……」
「言い訳は不要よ。働きなさい」
ひえっ……、異世界怖すぎる。
私が委縮していると、少女の後ろから声がした。
「リリアナ様、どうされました」
執事――
**アルバート・グレイソン**。
少女が振り返ると、白髪混じりの髪を後ろに撫でつけ、一本の柱のように立つ背の高い男性がいた。
「おや、こちらのお方は?」
「新しいメイドのようね」
「はて、そのような話は……」
「のろまは嫌いよ。きちんと指導しなさい。
この屋敷に無能はいらないわ」
「……まあいいでしょう。そちらのお方、こちらへお越しください」
私は彼に招かれるまま、後に続いた。廊下は一直線に伸びていた。
途中恐る恐る後ろを振り返ったが、少女の姿はもうなかった。
――私は、屋敷の一室に通された。
「申し遅れました。私は、執事のアルバート・グレイソンと申します。
アルセリア家にメイドとして仕えたいということで間違いありませんかな」
「えっと……、その……」
「まずは、お名前を聞いてもよろしいですかな」
「皆瀬美月と申します」
声が少し震えた。
「ほう。身なりから見ましても、異国の方と存じます。
なぜこの屋敷に?」
「……仕事を探していまして」
「そうでしたか。それはこちらとしても好都合でございます。
こちらにお越しになる前はどちらに?」
「ええっと……」
なんて説明すればいいんだろう。
悩む私を見るアルバートさんの目は、真っすぐと何かを見定めるようだった。
「まあ、よいでしょう。こちらも人手不足で背に腹は代えられませぬ」
「えっ、いいんですか!?」
「ええ。ミツキ殿は悪人には見えませぬし、生まれも悪くはないのでしょう。
お嬢様に危害を加えるおつもりでしたら、先刻ほど絶好の機会もなかったでしょう」
「あ、ありがとうございます」
「ところで、アルセリア家の状況については、聞き及んでおりますかな?」
「いえ。なにも」
「左様ですか。それでは、ご説明いたしましょう」
――アルバートさんの話をまとめるとこういうことらしい。
アルセリア家は、代々アルセリア辺境伯の爵位を受け継ぐ名門である。
(ここは、そのアルセリア辺境伯のお屋敷)
先ほどの少女リリアナは、現アルセリア辺境伯の娘であり、かつては王弟(第二王子)との婚約が結ばれていた。
しかし、リリアナの高慢な態度に嫌気がさしたとして、王弟は一方的に婚約を破棄した。
この出来事により、アルセリア家は王家および貴族社会からの信用を大きく損ない、政治的にも窮地に立たされている。アルセリア領への支援も縮小されつつあり、領地経営は限界が近いという。
信頼回復のため、当主であるアルセリア辺境伯と、リリアナの兄アレクシス・ヴァン=アルセリアが奔走している。
使用人の多くも領地や王都へ同行しており、屋敷は深刻な人手不足に陥っている。
――
〈だからリリアナは、「全部あなたがやるのよ」なんていったんだねぇ〉
ひえっ……。急にソルの声が聞こえた。
今までどこに行っていたのよ。
〈僕はずっと君と一緒にいたよぉ〉
ひえっ……。今後は私の胸元からソルが飛び出してきた。
もうっ、びっくりさせないで!
〈でもさすがに全部はたいへんそうだねぇ〉
「あの、どうかされましたか?」
アルバートさんは、不思議そうな顔をしていた。
そうか、私以外にソルは見えないんだった。
「いえっ、なんでもありません。
それで……、私は何をすればいいのですか?」
「概ねは、屋敷の掃除でしょうか。この屋敷は広いですので」
掃除かぁ。それなら私にもできそう。
「詳しいことは明日ご説明させてください。
今日のところは、お部屋に案内しますのでお休みになってください。
私もまだ、片づけなくてはならない仕事がありますので」
そういうとアルバートさんは立ち上がって、足早に私を部屋まで案内してくれた。
案内された部屋は、4人用の小さな共同部屋だった。入口の正面に小さな窓がある。
今はだれも使っていないということで、私は窓側右のベッドを選んだ。
アルバートさんが退室したあと、私はすぐにベッドへ飛び込んだ。
目を閉じて、大きく深呼吸をする。やっと一息付けた気がする。
考えなきゃいけないことがたくさんある。
この世界でどうやって生きていくか。
あの少女とうまくやっていけるか。
前の世界への未練。
そもそもこれはすべて夢なのでは……。
一度現状をきちんと整理しなきゃ。
そう思ったけど、私は強烈な睡魔に襲われ、そのまま眠りについてしまった。
ホコリっぽい部屋の、堅いベッドの上で。
夢の中でソルが言った。
「でも、働かないと路頭に迷うよ?」




