9話 戦いの始まり
「……では、水の重要性について、改めてお話しさせていただきます」
庵の庭に設けた会合の席。
そこで、羽扇を持ちながら深々と礼をする孔明様。
気品がある動きというか、貴人麗人っぽい優雅な振る舞いというか。
朝は、寝起きでぼんやりしながら二度寝、昼は畑を耕すか書斎に引きこもって本見ながらニヤニヤ、もしくはふらりとどっか出かけて夕方帰り、夜は人を抱き枕にする人と同一人物とは思えない。
「ですが、その前に確認を。今回の件でご納得いただいたら、隆中にこのことを広めるお手伝いをしていただけること、相違ございませんか?」
「はい。三老として、隆中の者にこれが命を救う正しい行いであると、私が保証いたしますぞ」
「私も嗇夫として、その考えに理があり、法にも背かぬものと認めます。実務の動員はお任せを」
そして、孔明様の話にしっかりと答える、これまた貴人麗人っぽい人たち。
片方は、三老という立場である、いわゆる好々爺。
村を治めているというよりは、祭事などを取りしきる村の代表というか、ご意見番っぽい人らしい。
もう片方は、嗇夫といういわゆるイケオジ。
こちらは村の税金をまとめたり、国からの命を伝えて実行する村を治める人。
まあつまり、どっちもお偉いさんだ。
……孔明様、村の偉い人に顔が利くとは言っていたがまさか本当とは。
っていうか、あの二人のほうが、心なしか孔明様にめちゃくちゃ敬意を払って緊張している気がする。
さすが、未来の名軍師、諸葛亮孔明というべきか。
「ではまず、急な高熱、腹下し、そして突然死など、この地を……いえ、この世界を蝕む謎の症状について、大半の原因が汚れた水が原因である、このことについて質問はありませんか?」
「もちろんあります、孔明先生」
おお、嗇夫のイケオジが眼鏡をクイッとしてる!
本当にやる人いるんだな。
ていうか、眼鏡ってこの時代……まあ、ここって砂時計まである三国時代に似た異世界だし、細かいこと考えるのはやめるか。
「率直にお聞きしましょう。それを証明するものは?」
「では、こちらを……」
そう言いながら、後ろの大きな包みを開ける。
そこには大量の木簡が入っており、寄せ書きのように、質問に〇で答える形式で、川の水を飲んだことを認める、出た症状について書いてあった。
「隆中で、『同じ症状にあった者』に書いてもらいました。やはり、前日、もしくは近い時期に水を使っております」
「こ、これだけの人数から聞いて回ったのですか……」
ふたりはびっくりしながら、その木簡を見る。
(え、均君、孔明様ってそんな事してたんですか?)
ひそひそと均君に聞いてみる。
昼は市場で遊びまわって、夜は疲れたとかいって、人を抱き枕にしてさっさと寝ていたような。
(えっと……半分はボクが書いてます)
(……は?)
(兄様、こう言っていますよね。『同じ症状にあった者』、と。全員に聞いたとは言ってないですから)
……それ、詐欺師の一歩手前では?
(ちなみにボクもお腹を壊したことがあるので、『同じ症状にあった者』なのですが……前日に川の水を飲んだ記憶はなくて。でも兄様が『いや、お前が昨日飲んだのは川の水だ。私の目は誤魔化せんぞ』って、なぜかキラキラした目で言い張るから、〇にせざるを得なくて……)
いや、完全に詐欺師じゃねーか!
まごうことなく真っ黒だよ、この腹黒軍師!!
こんな本性を見せられたら、いくら天使属性の均君でも……
(人を策で躍らせる……ふふっ、兄様のそういうところ、大好きです♪)
……思ったより天使ではないかもしれない。
「ですが孔明先生。これだけでは決定的な証拠とはいえないのでは?」
「ふふっ、さすが三老様。お見事な指摘でございます」
「ふぉっふぉっふぉっ、孔明先生にそう言われると照れますな」
……うわぁ、相手を褒めて会話の主導権持っていくという、詐欺師の常套手段。
まあ、相変わらず均が隣で、「素敵です兄様♪」状態になってるから、もう良しとするか。
「そう。今回の議題は、あくまで可能性です。完全に安全な水にする方法はありますが、それは今回の議題から外します」
「外す……それでは議論が進まないのでは?」
「まずは、その前段階を進めたいのですよ。そのために用意したものがあります」
「それが、後ろにあるものですか?」
そこにあるのは、私が用意した決定打。
さあ、その姿に恐れおののくがいい!
……と、言いたいところだけど。
「あれは陶管……いや、竹か? ところどころに金属の部品が見えるが…」
「それに、先端にあるあの、妙なでっぱり? はなんじゃ?」
……まあ、こういう反応だよね。
「では、これの制作を行った者である、鍛冶師から説明いたしましょう」
おお、ここで鍛冶師さんの登場か!
(あれ? ここは月英姉様が説明するのでは?)
(昨日、孔明様にそれを言われましたが、断固拒否しました)
人前で説明とかごめん被るので。
私はもう十分働いたので、あとは任せてもバチは当たらないだろう。
「……と、言いたいところなのですが、実はその者の到着が遅れております」
……え?
「ですので、もうひとりの制作者に説明していただきましょう」
なんだか、雲行きが怪しくなってきた……
「では頼んだぞ、我が妻、月英よ」
や、やっぱり~~!!
「お、おお、あれが噂の……」
「まさにタヌ……いや、失礼」
……よし、あのふたりはいつか復讐する。
お偉いさんだろうが知ったことか。
でも、まずは……
「孔明様、私如きにそのような大役は務まりません。鍛冶師様の到着を待った方が良いのでは?」
この腹黒軍師にするのが先だ。
とりあえず、見えない場所で思いっきり足を踏みつつ、あくまで笑顔で答える。
「ふっ、お前ならできるさ」
だが、顔色ひとつ変えずに最高の笑顔を向けてくる。
…ん…今の光景、最高に信頼関係のある夫婦に見えるのだろう。
お偉いさんふたりは、「ほぉ……」みたいな感嘆の声上げてるし、均君は漫画に出てくる、カッコイイ女先輩に腰くだける女生徒モブみたいになってるし。
「いえいえ、私程度では……(約束が違いませんか、クソ旦那?)」
「そんなに緊張するな。お前の知恵は、私が一番知っているからな(約束? はて、いつしたか?)」
というやり取りなのだが。
「それと月英。すまんが、自転車……タイガー号を借りるぞ。早く迎えに行きたいのでな」
「はあ、別にいいですけど」
うわ、早速利用されてる。
自転車の事は伝えた瞬間、乗り方を教えるように言われたのだ。
ちなみに、軽く教えただけでいきなり乗りこなした。
……私は、補助輪から初めて、外した後も乗りこなすのに1週間はかかったというに、これだから天才は。
「あ、鍵を……」
渡そうとした瞬間、手には輝くカギが。
……おい、それ私の着物に付けた胸元のポケットに入れてあったんだが、いつとったんだこのスリ師。
「では、よろしく頼むぞ」
そのまま笑顔で去っていく孔明様。
「……」
そして、前に座るのはお偉いさんふたり。
客観的ではなく、いざ対峙するとなるとなんだか威圧感がすごい。
(……腹くくるか)
両手で頬を叩き、気合を入れる。
ここで、負けるわけにはいかないのだ。
私なりにやるべきことを……人を救う知識がある者の義務を果たすために!




