7話 徐庶元直
「それでそれで、何を悩んでいたんですか~?」
「あ、やっぱりそっちのキャラ継続なんですね」
倒れていた樹の上に腰掛けながら単福さんと話す。
……いや、良い人だって分かってるけどやっぱり怖い。
なんというか、怒らせたら殺され……
「……えい♪」
「……え?」
なんか、思いっきり胸を突かれた。
「……」
そして、なぜか流れる沈黙。
え、なにこれ?
「いやいや、違いますよ? ここは、変態~! って言いながら、僕を平手打ちするところですよ~?」
「あ、そうか。えーと……きゃー、変態~」
とりあえず言われた通りにする。
そして、本当にするのは怖いので、やった感じで単福さんの頬に手を触れた瞬間……
「おおふぅ! 強烈~~!!」
なんかもの凄い吹っ飛んでいった。
受け身もとらず、まさにロケットのように。
「いやー、ごめんごめん。なーんか触り心地良さそうだったからさ~♪」
……ああ、なるほど。
改めて理解した。
単福さん、いい人だ。
「ていうかていうか! 反応遅いって! 女性が胸触られたんだから、もっと怒らないと~!」
「挨拶代わりに揉んだり、突いたりしてくる女友達がいたもので」
「僕、男! 男ですよ~!!」
大きく手を振りつつ、おどけながら叫ぶ単福さん。
まあつまり、さっきのは本気で殴られるのを前提な自爆ギャグというか、緊張している私を無理やりやわらげさせようとする苦肉の策。
それと、本意じゃなかったのがすぐに分かるぐらい、顔がちょっと赤いのが可愛い。
……まあ、この時代じゃなかったり、私みたいな女じゃなかったらたぶんマジでぶん殴られてるだろうし、訴えられるレベルの超ド級セクハラではあるのだが。
「……単福さん。人の心って、どうやれば動くと思います?」
簡単に想いが通じれば、きっと水の重要さも分かってくれると思うんだけどな。
「おお、中々の詩人ですね! それが悩みですか~?」
餅……ピンにかじりつきながら話す単福さん。
「方法だけなら色々ありますよ~。物で釣る、女で釣る、金で動かす、思想に共感させるとかね♪」
……驚いた。
単福さん、言い方は違うけど孔明様と同じこと言ってる。
いわゆる、これが『利』ということだろう。
「ちなみに、あなたの悩みが鍛冶屋に何か作ってもらいたいということなら、私は力になれますよ♪」
「え、本当ですか!?」
「僕はこう見えて、昔、結構やんちゃでしてね~。『色々』と伝手があるんですよ~。 ……で・も♪」
いや、やんちゃななのは全然分かるが? というか、今もやんちゃですよねあなた、とツッコミを入れそうになるが、すぐに言葉が引っ込んだ。
「……本当に、やりますか?」
髪の隙間から見える目が、髪を上げた時のように、真面目で、鋭かったから。
「人の心が動く時、それすなわち感情が動く時。感情が動く時、それすなわち時が『乱』へと変わる時……」
「『乱』?」
「動乱が起きるということですよ~。良い方にも……もちろん、悪い方に行く時もありますね♪」
「悪い方……」
……つまり、相手を怒らせたり、争いになる、ということか。
今回も、よく考えればそうとう危ないことをしている。
言ってしまえば、『お前らの常識が間違っているから、私の言う通りにしろ』でしかない。
もしこの進言をしたのが孔明様じゃなくて私だったら……たぶん、その場でボコボコにされているだろう。
「人の心を動かそうなんて考えない方がいい。それが、ある意味では一番、平穏に生きる方法ですよ♪」
……たしかにそうだ。
孔明様も、ろ過機の時点で策の成功率は6割を超えていると言っていた。
これ以上、何もしなくてもいいのかもしれない。
……これ以上、孔明様に、誰かに迷惑をかけない方がいいのかもしれない。
(だけど……ううん、それでも、なんだろうな……)
「……単福さん。力になってください。知恵で誰かを救うために」
「おやおや、これまた随分な理由で……あなた、思った以上に『善人』ですね~?」
私を見る目が、急にゆるくなる。
そして、また餅を取り出して食べようとする。
まあつまり、態度で『胡散臭いですね』と語ってくるわけだ。
「私はそんな、出来た人間じゃないですよ。ただ……」
単福さんが食べる前に、餅に噛みつく。
ネギの香ばしい味を堪能しながら……
「……誰かを救える知識があるなら使うべき、それは知識を持つ者の義務だから。そう思っているだけです」
私なりの考えを、想いを、正面からぶつける。
……まあ、殆どおじいちゃんの、山をなめてる奴がいても助ける理由から取った言葉だが。
ていうか、ちょっとキザすぎたか!?
軽くフォロー入れないと……!
「あ、何か偉そうなこと言いましたけど、正直私は、面倒ごとは苦手で……」
「……あーはっはっはっは!」
お、おお、何かウケてる。
しかも、バカウケだ。
「知恵は武器、知恵は仕官の道具、学士たちは口を揃えてこう言うのに、救う知識は使うのが義務か!!」
いや、復唱するのはやめて!
こっちが恥ずかしくなるからっ!!
「……これ持っていきな」
そう言いながら、木簡を投げてくる。
そこには大きく『徐』と書いてある。
「それを鍛冶屋に見せれば、協力してくれるはずだぜ」
「え、これを見せるだけでですか?」
「ああ。鍛冶を頼むってことは、何かしらの作業もあるんだろう? 鍛冶以外でも扱き使ってくれていいぜ」
……え~、それできるって、相当偉い人か、相当怖いことしてる人のどっちかだよね?
しかも、今までの状況から考えると、ほぼ間違いなく後者。
「……単福さんって、何者なんですか?」
「通りすがりの、青臭い女の子が好きな男ですよ♪」
あ、煽ってきやがる……ならばこっちだって!
「……それはどうも。ところで、さっきみたいに髪上げなくていいんですか?」
「ああ、そちらの方がお好みでしたか♪」
これみよがしに髪を上げて、目隠れの時の口調で喋る。
そして、『もしかして、そういうキャラに拘ってると思ってました~? ざーんねん! 気分で変えてるだけでした~♪』と、目で語ってくる。
「……失礼します!」
「帰りはこの山を通らず、街道を通ってくださいね~♪」
……くっ、最後まで煽ってきやがって。
「……本当にありがとうございました!」
わざわざ、単福さんの目の前までずかずかと戻り、深々と頭を下げて足早に離れる。
……これは別に、負け惜しみなんかではないからっ!!
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「……行ったか」
あの諸葛亮孔明が、女を庵に連れ帰った!
しかも嫁らしい!
その噂を聞いて、大いにからかってたやろうと思ったが……
「面白い嫁を娶ったなぁ、小亮♪」
「……『小』をつけるのはやめてください、元直兄」
樹の影から出てくる小亮こと、諸葛亮孔明。
「それでそれで! あのタヌキっ子にどこまで本気なんだ!? 教えてくれよ~♪」
「微塵も本気じゃないです。強いて言うなら、鳴らすととても面白い音がなる琴でしょうか」
「琴、ねぇ……」
こいつが出てきた位置は、さっきの人攫いどもの後ろ。
しかも、小亮がいる場所は樹の数が多い。
つまり、人さらいどもが小亮を発見するのは難しく、小亮側からは投擲武器などの射線が通っており、しかもすぐに樹に隠られる。
まあつまり、奇襲、攻撃、防御、全てにおいて、戦いになったら小亮に負けはない、絶対的な地の利を得た場所。
(自分の手で嫁さん守る気満々だったくせに……ほんと、素直じゃないのは相変わらずだねぇ)
呆れながら、今の気分にぴったりな山椒が効いてる餅を取り出す。
うんうん、味が『ピリッと』決まってるぜ。
「というか、元直兄はそろそろ昔の癖を抜いてください。覇気が抜けきってないせいで、月英が怯えていたじゃないですか」
「これぐらいで丁度いいだろう? 何せ俺は、将来、軍を率いる軍師になるんだからな!」
「そういうのは、仕官先が決まってから言ってください」
「それはお前もだろ。それに俺はお前と違って目星をつけたぞ。劉備玄徳という……」
「それより、人の妻の胸を触っていませんでしたか?」
「ああ、柔らかかったぞ! 美人の女といえばもっと細くあるべきだが、あのお嬢ちゃんもいい……新たな趣向に目覚めそうだ!」
「どうぞ、他の女で目覚めてください」
「ふーん……琴、ねぇ?」
「……何か?」
「いーや別にぃ♪」
なんだ、思ったよりぞっこんじゃねえか。
……まあたしかに、さっきのお嬢ちゃんの言葉は、不覚にもぐっときちまったし、気持ちは分かるが。
(ま、進展するとしてもだいーぶ先かねぇ。小亮は自分の気持ちに自覚がねえみてえだし。ていうか、女の扱いとか全然分かってねえだろうしな、こいつ)
そう思いながら、また餅を一口かじる。
うんうん、ピリピリっと辛口だねぇ。
「……なんですか、その目は。非常に不快なのですが?」
「別になーんでも♪」
何かを誤魔化す逆立った想いは、舌を痺れさせる山椒の味に似たり、てな。
「ではでは、諸葛亮孔明様。私はこれで失礼しますね~」
「……月英を助けてもらったことは感謝しますが、次来るときは、まず庵に来てください。徐庶元直様」
――離れていくふたり。
片方は、領土すら持っていなかった劉備元徳を一国の皇帝にまで導いた名軍師。
もう片方は、魏の猛将『曹仁』が率いる大軍を、策で破った名軍師。
ふたりの名軍師、諸葛亮孔明と徐庶元直。
今は離れるふたりだが、再会が思った以上に近いことをまだ知らないでいた。




