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5話 敵は『常識』

「……ふう。こんなものですね」


 木桶の下に穴を開け、私が作った竹筒を設置する。

 見せるための簡易なものだが、十分効果はあるはずだ。


「それで、これはなんだ? シャオリズ」

「水を綺麗にする道具。『多層ろ過装置』です」


 集めてもらった竹、砂利、砂、炭、そして布。

 それらを使って私が組み立てたのは、三段に重ねられた竹筒の装置だ。

  それぞれの竹の底には小さな穴が開けられており、三段が垂直に重なるように固定してある。


「月英姉様……これ、竹筒が重なっているだけに見えますけど……?」


 均君が不思議そうに首をかしげる。

 うん、可愛い。

 孔明様は……なんか、子どもみたいに目をキラキラさせている。

 むう、不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。


「ただの竹筒ではないな。上から順に、中の詰め物が違うようだが?」

「まあ、百聞は一見に如かずです。均君、そこの泥水が入った手桶を取ってくれますか?」

「……シャオリズ、均は幼いころから足が悪い。そういうのは、私に言え」

「え、そうなんですか?」

「もう兄様ったら。これぐらいなら大丈夫ですよ」


 そう言いながら手桶を取ってくれる均くん。

 たしかに、ちょっと足がひょこひょこしている。

 動かしづらい……いや、痺れている感じの動きか?


「それで、これをどうするんですか?」


 均君が運んできてくれたのは、庭の泥を混ぜ合わせた、誰がどう見ても「絶対に飲みたくない」茶色く濁った水。

 なんだったら、異臭すら漂っている。


「今から、この泥水を一番上の竹筒に注ぎます。よく見ていてくださいね」


 私が手桶を持ち上げ、勢いよく一番上の竹筒へ泥水を注ぎ込む。

 じわじわと水が吸い込まれていき、数秒の静寂。


 ——ポタ……ポタポタ……


 一番下の竹筒の出口から、水滴が滴り落ちてくる。

 受け皿に溜まっていくその水を見て、均君が「あっ!」と声を上げて目を見開いた。


「すごいです! 泥水が……透明になって落ちてくる……!?」


 さっきまでの茶色い濁りが嘘のように、受け皿に溜まった水は澄み切っていた。

 光にかざせば、底までくっきりと透けて見える。


「本当だ……嫌な臭いすら消えているな」


 孔明様が受け皿に顔を近づけ、目を細めた。

 あの食えない男が、本気で感心したような顔をしている。

 よし、ドヤ顔タイムだ。


「どうですか? 種明かしをすると、仕組みはとっても単純なんです」


 私は一番上の竹筒を指差した。


「まず一番上の層には、大きめの砂利……小石が入っています。ここで、水に混ざった葉っぱや大きな泥の塊を物理的に引っかけて止めます」

「なるほど。下に垂れる前に、大雑把なゴミがここで取り除かれるわけか」

「そうです。そして二段目には細かい砂と……これが一番のポイントなんですが、細かく砕いた木炭が入っています」

「魚を焼くのに使う木炭を、こんなことに使うなんて……」

「炭の表面には、目に見えないほど小さな穴が無数に開いています。この穴が、水の中に溶け込んでいる微細な汚れや、嫌な臭いの原因物質をギュッと吸着して、臭いまで取ってくれるんです」

「……炭にそんな力があるとはな」

「そして最後の三段目には、さらに極細の砂と綺麗な布。炭をすり抜けたわずかな塵をここで完全に押し止めて、一番下から透明な水だけが出てくる……というわけです」


 説明を終えると、均君はまるで魔法でも見たかのように、目をキラキラと輝かせて透明な水を見つめていた。


「すごい……砂利と砂と炭を重ねただけで、あんな泥水がこんなに綺麗になるなんて! 月英姉様、天才です!」

「まあ、私の国の知識だって、自分で考えたわけじゃないんですけどね」


 だが、純粋な少年に褒められるというのは悪くない。


「……見事だな。大きなゴミを濾し取り、微細な濁りを砂で止め、目に見えぬ臭いや不純物を炭に吸着させる……。ただ汚れを遮るだけでなく、性質の違うものを組み合わせて『理』を形にしている」


 孔明様は澄んだ水を指ですくい、光に透かしながら呟いた。


「この水なら、疫病系はかなり減るはずですよ」

「かなり? 完全ではないのか?」

「ええ。これは井戸の水ですからね。というより、完全に安全な水を作り出すのは、やはり煮沸が必要になって……」

「……ならば、この一手だけでは足りないな」

「……え?」


 孔明様は木勺に水を汲み、均君に差し出す。


「均。お前、この水を飲めるか?」

「え……?」


 その言葉に驚く均君。

 だが、孔明様の真剣な目を見て、冗談ではないと悟ったのだろう。


「……ごめんなさい、月英姉様。井戸水はとくに抵抗はないのですが、元の泥水を見たあとで、しかも完全に安全ではないと言われるとちょっと飲めないです」

「え、でも、本当に今までの水とは比べ物にならないぐらい……」


 なんとかアピールするが、均君の顔を見て私は言葉を止める。

 その顔は、明らかな拒絶だったから。


「確認するが、煮沸以外に水を完全に清める方法はないのか?」

「あるにはあります。ろ過した水をまずどこかに溜めて、日光を当てて微生物を死滅させるとか」

「それでは、煮沸させるのと大差ない。そう言われても誰も信じないだろう。私たちの敵は理論が通じない、『常識』なのだからな」

「……」


 ……ぐうの音も出ない、とはこのことか。


「策を変えるぞ。まずひとつ、完全に安全な水ではなく、疫病を減らす水にする」

「……はい」

「そんな顔をするな。このろ過機だけでも十分な効果。策の成功率は6割を超えている。言ってしまえば、あと一押しが必要なだけ。この話が嘘であろうと毒がある可能性が残っていようと、何かしらの『利』があれば人は動く」

「『利』……」

「お前はその『利』を探してくれ。私は、他の方法で確率を上げる策の準備をする」


 そう言って去っていく孔明様。


「月英姉様……」


 残された私は、無力感のまま、その場に立ちすくんでいた。

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