第40話 姫始めました
「……と、いうことがありまして」
「……」
訓練場で起きたことを、孔明様に伝える。
一応『喧嘩中』だが、荷物を持ってきてもらってるし、まあ色々あったし、伝えないわけにはいかないだろう。
立ち合いに巻き込まれて死にかけたこと。
そして、助けられたこと。
「……それでその、助けてくれたのがこの方です」
「……♪」
私の隣で、ニコニコと微笑みながらこっちを見ている子龍さん。
いや、かの有名な趙雲子龍。
三国志に疎い私でも、さすがに知っている。
超イケメンで槍の達人。
主君の子どもを抱えながら、敵陣を突破したというとんでもない逸話の持ち主。
いやいや、いくらなんでも話を盛りすぎですよとか思っていたが、現実でその恐ろしい強さを見てしまうと納得しかない。
一応不意打ちということにはなるが、文長さんと馬岱さんを一瞬で撃退とか人間業じゃなさすぎる。
そして……
「ん? 私の顔に何かついていますか、姫?」
「……あ、そういうのではなくて。というか、姫はやめてください。」
……非の打ち所がない、完全なイケメン。
孔明様もかなりのイケメンだが、こっちは爽やか好青年。
しかも、私みたいなのを姫とか呼び、お姫様だっこまでしてくる。
なんというか、少女漫画に出てくる王子様そのものだ。
「……まあ、状況は大体理解した」
……ん? なんか、孔明様がいつもと様子が違うような。
まあ、私のような凡人には、天才が何を考えているかなんて分からん。
間違ってたらズバズバ言ってくる人だし、それまで放っておいてもいいだろう。
「で、そっちのふたりは?」
「……え~っとですね」
……工房の隅っこで、『美女と野獣』ともいえる体格差のふたりが体育座りしている。
ちなみに野獣が文長さん。美女が馬岱さんだ。
「えーと。どっちも子龍さんに、あっさり負けたせいで落ち込んでまして……」
「負けた……負けた……負けた……」
「……………………」
完全に心が折れてる……よっぽど実力差を感じたんだろうな~。
……恐るべし、趙雲子龍。
「で、文長さんはどのみちここに来てもらう予定でしたが、馬岱さんはこんな状態で放置しといたらご近所様に迷わ……危なそうなので、連れてきました」
「…………」
「あの、孔明様? もしかして怒っていますか? その、また死にかけましたし……」
「当たり前だ。大体お前は……」
「……恐れながら、言わせていただきます」
孔明様の言葉を、趙雲さんが遮る。
「姫に一切の非はありません。一般人が見学というのは、珍しいことではない。むしろ城内とはいえ、このような可憐な方に護衛をつけない方が問題」
ちょっ!? 何言ってるのこの人!
いやもう、姫呼びから、護衛から、その、か、可憐な方とかもうやめてくれ!
それに、隆中に戻ったら、専属じゃないけどあの憎いあん畜生……甘寧さんという護衛が既にいるから!
これ以上、ややこしくしないで!
「……姫。宜しければ、この城に滞在中だけでも、私に護衛させていただけませんか?」
し、しかもマジの専属護衛!?
いやなんだこの展開!
趙雲さんの見た目からして、私が来た世界は少女漫画三国志だったのか!?
だとしたら、ヒロインが絶対間違ってるから、今からでも書き直せ!
「ふむ……良い案かもしれませんな」
「え!?」
「ここらは荒くれ者の男だらけだぞ? いくら黄家のお嬢様だからって、手を出されないとは限らんだろうが。それにお嬢ちゃん、絶対、面倒ごとに顔を突っ込みだろ?」
とんでもないことを言いだす、蒲元さんたち。
だが、これだけは言わせてもらおう。
「いや、私は普通に生きて、面倒事からは目を背けるタイプだと思いますよ?」
「「…………」」
……え、なに、この沈黙。
「……そっちのあんちゃん。 あんた、お嬢ちゃんの関係者だろう? この有様だから、護衛を頼んでもいいよな? 安心しろ。黄家も含めて、旦那が話を通してくれるからよ」
「ええ。私の方から関係する方々に伝えておきますよ」
いや、なんか話がどんどん進んでる!
ていうか、そんなことが出来る旦那……そういえば名前を聞いてないイケオジさん、何者だよ!?
でも、たしかに危ないというのは本当だろう。
実際、昨日は文長さんに射殺されそうになっているし、今日は訓練に巻き込まれて死にかけた。
つまり、ここに来て毎日死にかけている。
「月英は……」
「では、お願いします」
あ、やばい。孔明様の言葉を遮った。
まあでも、たぶん同じことを言うつもりだっただろう。
どうせ、お前は鈍いからとか色々言って、『守ってもらうのはいいが、子龍殿に迷惑かけるなよ、シャオリズ♪』とか言うにきまってる。
「それでは、姫はこの趙子龍がお守りいたしましょう」
「ああ、頼んだぜ。それとお嬢ちゃん、いくつか和弓の型を作ってみた。意見を聞かせてくれ」
「では私はその間に、その弓を使えるように文長殿を少し指導してあげましょうか。馬岱殿、でしたか。あなたも来なさい。少し見てあげます」
「では、私は姫のお手伝いをいたしましょう。弓は、槍ほどではありませんが、心得があります。何か意見をいえるかもしれません」
そのまま、流れるように物事が進んでいく。
……だからこそ、私は気づかなかった。
「…………」
――孔明様の様子が変だということに。




