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自転車に乗った月英さん~女子高生、孔明の妻始めました~  作者: イチロウ
3章 今の自分ができる事

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第39話 悩める孔明

「あのタヌキ仙人に頼まれている荷物だ。通してもらっていいか?」

「……通れ」


 手押し車を押しながら軍営に入る。

 乗せているのはふたつの壺、水牛の乳だ。

 用意まで時間がかかるためさっき届いたのだが……さすがに重いな。


「……さて、と」


 頭を巡らせる。

 昨日はさすがに、月英をからかいすぎた。

 

 ……いや、からかうつもりはなかった。

 なぜか月英の顔を直視できず、言葉がでてきたというか。


「……むう。上手くいかないものだな」


 つい、月英の口癖が口から出てくる。

 ……まあ、大きな問題はないだろう。

 

 あいつを拾ったのは俺だ。

 そして、夫でもある。

 多少いじるぐらいならば、許されるはずだ。 


『……孔明君。夫婦を名乗るならば、月英にもう少し優しくしてあげなさい』

『そうよ、青春よ!』

『知り合って間もないが、君は人との距離を保つのが上手い。その容姿もあるし、嫌われることはまずないだろう』

『そうそう! もっと青春しなさい!』

『ちょっとした友人なら、それもいい。嫌われ過ぎず、好かれ過ぎない絶妙な距離だ。だが、夫婦……男女の関係なら話は別だ。このままでは、月英もちょっとした友人になってしまうよ?』

『そう! 友情よりも青春よ!』

『……孔明君。私は妻にも話ができたから、もう行っていいよ』


 …………許されるはずだ。


「……大体、男女の関係など。『シャオリズ』のあいつが、他の男など……」


『月英姉様~♪』

『あのお嬢ちゃんもいいな!』

『……クソタヌキが』


 ………………軽く、謝っておくか。


 そして、月英の言っていた工房に到着。

 手押し車を引きながら、中に入る。


「……ん? ああ、もしかして、月英お嬢ちゃんの荷物か?」

「そこの奥に、置いていただけますかな」


 工房には、職人と兵……いや、その風格から将軍がひとり。

 ふたりで台に乗せられた、いくつかの弓をみている。


(あれが、月英の言っていた和弓か)


 形状再現の試作なのだろう。

 どの弓も、麻縄でぐるぐる巻きにされている。

 

 特注はやはり、大きさと形状。

 他の大弓より遥かに大きく、上下非対称。上が長く、下が短い。


「……聞かされている特徴と理論、弓の名手である旦那の調整もあって形にはなったが……面白ぇこと考えるな、あのお嬢ちゃん」


 弓を見定める俺の目に気づいたのだろう。

 職人たちが話しかけてくる。


「早く飛ぶ矢を、即座に放てるのが弓。その点から考えると、この弓は無駄が多い。矢が弩より早いというわけでもなければ、大弓ゆえに矢を放つまで時間がかかる」


 近くの試作弓を手に取り、弓を構える将軍。


「弦を引いて矢を放ち、全ての矢を狙った場所に確実に命中させる……この弓は、その神業を再現しようとしている」


 弦を大きく引き、しっかりと構える。

 弦を顎のあたりまで引き絞る、見慣れた弓の構えではない。

 

 この大弓だからか、腕だけでなく体全体を使って弓を引いている。


「安定した構え、『それが可能にする』弦を引き絞った状態の維持のしやすさ、『それが可能にする』相手を狙う余裕……」

「安定した構え。それによって、弦を引き絞った状態を維持しやすくなる。そこから生まれる、相手を狙う余裕……」


 そして弦が離され、音が鳴り響く。


「……この弓の構造は全てが、弓を正確に命中させるための理にかなっている」


 大弓ゆえの反動か、未だに少し震える弦。

 聞き慣れた弓の音だが、どこか美しさすら感じる。


「付け加えるなら、下が短いのは、馬上でも扱いやすくするためでしょうね。あとは、その大きさゆえに、長い矢を使うことになる……それゆえに矢が重くなり、威力が大きくなる、というところでしょうか」

「おお! そういう利点もあるか! 弓ばっか考えていたせいで、気づかなかった!」

「ふふっ、さすが高名な学士、諸葛亮孔明殿。お見事な推察眼ですな」

「……ただの推察ですよ」


 ……肯定も否定もせずに返す。

 俺が孔明であることを知っているとは、かなり『出来る』将軍だ。



「……そういや、お嬢ちゃん来るのが遅いな」

「もしかしたら、文長殿に捕まっているのかもしれませんな。丁度、訓練が終わっている時間ですし」

「……文長?」


 …なんだその名前は。

 男の名前な気がするのだが?


「ん? お嬢ちゃんから聞いてないのか?」

「ある意味では、月英様の親衛隊のような青年ですよ。弓を作ってるのも彼のためですし」


 …………待て。

 待て待て待て待て待て。


 何か理由があるとは思っていたが、工房から相談されたとかではないのか?

 文長という、『男のため』というのは聞いてないのだが?


「……おやぁ? 面白い顔してるねぇ、若いの♪」

「ふふっ。これも青春、ですかな」


 ニヤニヤしながら、こっちを見てくるふたり。

 しかも、黄夫人みたいなことまで言い出している。


(……さすがに、少し戒めるか)


 あいつは、少し男にちょっかいを出しすぎる。

 一応は、俺という夫がいるのだぞ?

 ……まあ、未だに正式というわけではないし、月英にその認識はないようだが。


 だが、さすがにこれは、注意すべきだ。


「……あの、遅れました」


 後ろから聞こえてくる月英の声。


「おお、来たかお嬢ちゃ……は?」

「……これはこれは」


 なんだか、目の前のふたりが驚いているが、関係ない。

 一度外に連れ出して、注意をする。

 そのつもりで振り返ると……


「あ、あの、子龍さん……自分で歩けますから、下ろしてもらえると」

「いけません、姫。防ぎはしましたが、どこかに破片が当たっているかもしれない。姫の願いですからここにお連れしましたが、本来ならば医者に見せるべきなのですよ?」

「ほ、本当にケガなんかしてないです! それよりその、いくら私でも恥ずかしいというか……」


 ……そこには、美丈夫に抱きかかえられながら顔を赤らめる、月英がいた。

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