32話 おうちかえる……
「おうちかえる……」
お義母さんによる地獄の礼儀特訓。
休憩時間となり、机に突っ伏しながら呟く。
……いや実際は、思ったより特徴的な礼儀作法はなく、地獄というほどではないのだ。
一部以外は基本は同じ。ありがとう、日本の義務教育。
なのに、なぜこの特訓が地獄かというと……
「……はーい、背中曲がってる~♪」
「ひゃうぅ! 今日の訓練終わったんだから、勘弁してください……」
「ダーメ。こういうのは、日頃からやっておくべきなの」
……そもそも、礼儀というか、お行儀が良い系とは無縁な私自身。
いいじゃん猫背。たしかに腰痛いときあるけど、作業しやすいよ?
「まあ、こうなると分かっていたので、ご褒美を用意しました♪」
「え、本当ですか!?」
ご褒美といったら、ご飯ですか!? ご飯ですね!
肉かな、魚かな、いや、この辺りの知らない食べ物とかでも……!
「はい、愛しの旦那様入場~♪」
「……」
現れるばつの悪そうな孔明様。
そんな飼い主様に私は一言。
「……チェンジで」
「おや? こんなところに均が作った焼きおにぎりが」
「愛しています、孔明様。結婚してください」
「……一応、もう結婚しているのだがな、俺達は」
包みを開けて、早速頬張る。
おいしい……最近、均君は私の世界の料理を再現してくれるようになった。
そのせいで、どんどん私好みの料理を作ってくれる。
なんか餌付けされてるような気もするが、おいしければなんでもいい!
「……? 孔明様、もうひとつ包みがありますが、まさかこれって……」
「……俺の焼いた魚だ。まあ、お前には均の料理の方が……」
「ありがとうございます!」
「え……」
「ふふっ、やっぱりこれがないと始まらないですよね!」
……うん! やはり、この魚は美味しい。
こっちの減塩生活に慣れてきたというのもあるけど、どんどんこの魚の美味しさが分かってきた。
「……口に付いてるぞ。お前、本当に礼儀を勉強しているのか?」
「えっと、それはその……」
ヤバいと思って、お義母様を見ると……
「あおい……はるぅ……♡」
「え?」
「あ、全然関係ないわ! 今は全て見逃しちゃうから、私は壁の染みとでも思って続けて続けて!」
いや壁の染みって言われても……
まあ、見逃してくれるというならば、がっつかせてもらおう。
「……ん?」
「…………」
食べている私の頭を、そっぽ向きながら撫でる孔明様。
「……もしかして、多少は悪いことしたな、とか思ってます?」
「……まあな」
なんというか、本当に不器用だなこの人は。
「まあ、正直言って、絶対に許さん、おのれ悪魔、末代まで呪う、毒盛ってやるとか色々思いましたが……」
「大分物騒だな!?」
「まあでも、お養父様もお義母様も……孔明様も、私のためにやってくれているんでしょう? だったら、言うことはないですよ」
「……ふっ、そうか」
「わっ! 頭くしゃくしゃしないでください!」
もう一度整えてもらうとなると、また侍女さんたちに玩具にされる!
あれはあれで、かなりの地獄だ!
というか、まだ特訓も終わってないのに、髪を乱したらお義母様が……!
「……ふんっ!!」
「え、ちょっ、お義母様!? なんで頭を壁に!?」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと尊い空気を過剰摂取しすぎて、正気が保てなさそうだったから……」
「どういうことですかそれ!?」
「いいから! 私のことは気にしないで! 台所に現れる油っぽい虫とでも思ってくれればいいから!」
「いや、だったら余計気にしますけど!」
だ、大丈夫かお義母様。
やっぱり名家に嫁ぐと、ストレスとか色々あるんだろうな。
「それで、今は休憩時間か?」
「あ、はい」
「だったら、城の中を歩くか。俺も見たい場所がいろいろとある……!」
……また悪い癖が出てきた。
好奇心旺盛かつ知識中毒になってる軍師様の悪い癖が。
「そんなに見たいなら、ひとりで行けばいいじゃないですか」
「ここには、あくまで黄家の知人として来ている。『諸葛亮孔明』がここにいると、私がこの国に仕えるのではないか、と言われてしまうからな」
「ああ。だから微妙に変装というか、いつもと違う格好をしてるんですね」
今日の孔明様は、いつもの学者スタイルというより、三国版青年実業家みたいな感じになっている。
高貴ともオシャレともいえる絶妙なラインで、とくに着物の気崩し方がそれっぽい。
「まあつまり、俺はこの城を自由に見て回るほどの位ではない。だが、『黄家のお嬢様』と一緒ならこの城を自由に歩ける、そういうことだ」
……本当、この人は利用できるものは徹底的に利用するな。
まあ、そういうところは嫌いではないが。
「そういうことですので、お義母様。ちょっと外を歩いてきても……」
「いいわ! 行ってらっしゃい!」
「え、あ、は、はい!」
「簡単な見取り図を用意するわね! もちろん、城の中で人目がつかないところも書いておく!」
「え、別に人目がつかないところとかあっても……」
「大丈夫! すごく、すごーく! ついて行ってのぞ……見守っていたいけど、我慢するから! ちゃんとお留守番していますから!」
「え、えーと?」
「はい、見取り図! それじゃあ、いってらっしゃい! ……頑張りなさいね、孔明君! 厠の裏がお勧めよ!」
「……えーと?」
「……気にするな。さっさと行くぞ」
「は、はあ……」
そして私と孔明様は、部屋を出て歩き出す。
まあ、私も城を歩きたかったし、良かった。
色んなところを見て回るぞー!
――なんて、軽い気持ちで見て回ろうとしていた私を殴りたい。
こんなことを思ったせいで……
「…………くそ」
ひたすら弓を放つ男の人……いや。
国に関わる『面倒ごと』に、巻き込まれる事になったから。




