31話 タヌキ出荷される!?
「……ふう」
たらい……もとい洗盤に張ってあるお湯に、太ももまで浸かる。
この気持ちよさ……お風呂という文化がどれだけ偉大かよく分かる。
もちろん、この三国時代っぽい異世界で肩まで浸かるのは無理だが、本当に幸せな時間だ。
まあ……
「――月英様。お湯をおかけします」
「ぷくぷくの肌……本当に愛らしいです♪」
……侍女さんたちにもみくちゃにされるわ、浴室は高貴オーラ全開だわで、まったく落ち着けないが。
(……本当、なんでこんなことになったのだろうか)
綺麗な装飾がされた漆喰の壁に囲まれ、床はレンガの豪華な浴室。
やたら美人な侍女のお姉さんたちに囲まれ、しかも何かの液体(米の研ぎ汁?)で体を洗われる。
どこの姫様だ、この状況。
――事の発端は、『背後に這いよる悪魔』の言葉だった。
『それじゃあ、襄陽城まで案内しますねぇ♪』
急に庵に現れた、地獄からの使者、災厄の運び手……あらゆるトラブルメーカーの称号を持つ単福さんの言葉。
もちろん、気がつけば背後に現れての耳元囁きASMRだ。
私だって抵抗した。
この人はいつも、面倒事の始まりに現れる。
いや、最初は助けてもらっているからなんとも言えないが、何かヤバイことが起きる時に必ず現れるのだ!
関わらないのが一番……選択肢は、『逃げる』、『エスケープ』、『トンズラ』の三択!
自由に向かって、全力ダッシュだ!
『はーい、タヌキ1匹召し取ったり~』
……でも、すぐに首根っこつかまれて捕獲。
世の中、大魔王からは逃げられないのだ。
『なんで私がお城に……はっ、まさか私を珍獣ということにして売る気か!?』
『……いいなそれ。高く売れそうだ……♪』
『じょ、冗談ですよね? なんでそんな本気の時の目と口調?』
『……欲しかった本が、2冊、3冊……ふふふ♪』
『こ、孔明様! 均君! 助けて! ペットショップ的な何かに売り飛ばされます!!』
『……話は聞いていますので、あとはよろしくお願いします』
『姉様……頑張ってください……』
『う、裏切り者ども~~!!』
そのまま、捕獲した動物を運ぶかのように馬車まで連行。
そこにいたのは……黄承彦様ことお養父様。
まさか、この地獄からの使者の黒幕はお養父様だったんですか!?
この裏切者! とばかりに、シャーと全力で威嚇していたのだが……
『えーと、道中状況を説明するから、警戒と威嚇をやめて、馬車に乗ってもらえると嬉しいな』
……むう。そんな優しい振る舞いをされては、毒気が抜かれる。
鬼どものなかで唯一、私を優しい目で迎えてくれたお養父様を信じてみるか。
そう思って、威嚇を解いて話を聞いてみたところ……簡単に言うと、私が黄家の娘であることを周りにアピールしたいらしい。
襄陽の城に行くのはそのためで、そこでお養父様の知人に紹介してくる、とのこと。
『無理に連れて行きたくはないのだが……今回は、折れてくれないかい?』
……そんな風に言われたら、嫌ですなんて言えるわけがない。
お養父様を信じて、ついて行こうではないか!
――そうして始まった、襄陽城滞在。
なのだが……
「では、お体に香油を……」
「あ、いや、いいです! そこまでしてもらわなくても……」
「でしたらせめて、御髪を……!」
「そ、それもいいです! ほら、私の髪くせ毛ですから、やっても意味ないですから!」
「ではせめて、お体を整えさせていただきますね♪」
「いやその手つき、どこを揉む気ですか~!」
……やはり、断っておくべきだった。
もみくちゃにされて、最終的には、なんかやたら綺麗な服を着させられながらそう思う。
「――おお、すっかり綺麗になったね。見違えたよ」
「は、はい……」
部屋に訪れて、褒めてくれるお養父様。
無理にタヌキを褒めなくてもいいですよ?
最近理解してきたが、この世界で私のタヌキ容姿は、珍しい小動物として見られるらしい。
そのせいか、そういうのが好きな人には男女問わず人気になりやすいようだ。
そう聞くと、え、もしかして私って可愛い判定!? と淡い期待を抱いてしまいそうになるが、顔も体型もこの世界の『美人の概念』とは正反対。
つまりは、タヌキのマスコットのように見られている、というわけだ。
はっはっはっ……こんな世界、滅んでしまえ。
「さて、行くべきところがあるから、ついてきてくれるかな?」
「あ、早速、挨拶ですか?」
「その機会はもう少し先に設けてあるよ。今は別の用事だね」
おお、さすがお養父様。スケジュール感覚が完璧だ。
……そういえば私、何日ぐらいここに居ることになるんだ?
「それでは、行こうか」
そして私とお養父様は、城内を歩き始める。
……それにしても、本当に綺麗なお城だ。
襄陽は、荊州のいわゆる中心都市。
そこの城なのだから……東京都庁?
まあとにかく、本当に綺麗だ。
豪華な装飾がありつつも、風情を感じる。
荊州は、孔明様も含めて文化人が多いらしいので、そういう人たちが集まるとこういう優雅なお城になるのだろうか。
この理論でいくと……噂の曹操さんのお城は、城内はギラギラ、好みの人妻を部屋に閉じ込め、好き放題の酒池肉林全開の城ということになるな。
……うん、生涯行くことはない。
「ああ、この部屋だ」
到着した大きめの部屋。
お養父様が扉を開けると、そこにはなんだか優しそうな人。
「あら、来たわね。私の可愛い娘ちゃん♪」
「……え?」
「紹介しよう。私の妻……月英には義理の母になるかな」
「気軽に、お義母さんと呼んでくれていいわよ~」
「えっと、では……お、お義母様……?」
「…………~~~~っ!!」
……思いっきり抱きしめられる。
うーむ、孔明様のお姉さんの時デジャブ。
どうやらお義母様も、マスコット好き系らしい。
……嬉しいけど、タヌキにしか見られていないのと同義なので、複雑だ。
「承彦様。この子、今すぐ連れて帰りましょう!」
「え、えっとその……」
……ヤバイ、すごい良い匂いがする。
お姉さんに匹敵する。
優しそうだし、なんか誘惑に負けそう……
「うちの蔵で、一生大事に大事にお世話してあげるわ~♪」
「……断固辞退します」
あ、危なかった……!
マスコットオーラが効きすぎると、完全なペット扱いになるのか。
……今後は、甘やかされようが良い匂いしようが警戒しよう!
「それで月英……その、ここに来た理由なんだけどね?」
「えっと、お義母様への紹介ですよね」
「あ、うん。それもあるんだけど……」
バツが悪そうに頭を掻きながら話すお養父様。
「さっき言った、月英を紹介する席……それは豪族や有力者が集まる食事の席なんだけど、それまでに、礼儀作法を学んでほしいんだ」
「……え?」
「安心して。私が教えるから♪」
「えーと……」
「その席が開催される日は近くてね……その、結構キツイことになると思うんだが……」
「隆中に帰らせていただきま……ふぎゅっ!」
「……ダーメ、逃がさない♪」
いや、なにこの力!?
ハグがもう、ベアハッグみたいになってる!
痛くはないけど、完全に捕獲されて逃げられない!
「あ、あの、あの……お養父様!」
「えーと……ごめんね?」
「お、お養父様~~!!」
「それじゃあ、楽しい授業の始まり~~♪」
……こうして、私の襄陽での暮らしが始まった。
――教訓。
優しい顔をされても信用してはいけない。
そして。
自分の容姿はマスコット的とはいえ可愛い判定かもしれないが、甘やかされることは絶対にない。
「は~い、手の高さがちょっと低い。最初からやり直し~♪」
「うう、もうやだ~~!!」




