28話 新しい道
「――私の娘にならないかね、月英嬢」
「………………は?」
紳士な鈴の人改め、黄承彦様がとんでもないことを言ってくる。
ちなみに、この黄承彦様、そして威厳がすごい鈴の人改め、劉表様もとても偉い人らしい。
……なんか、荊州を治めている人が、劉表って人だと思うんだが、さすがに違うよな?
憎いあん畜生は……知らん。興味ない。
なんか、朝廷やら凄そうな単語で孔明様が説明してくれたが、朝からビックリが多すぎて、完全にパンクしている私の脳では処理が追いついておらず、よく覚えていない。
ちなみに、こうなった原因のビックリの内訳は……
ずきずきする頭を抑えながら起きたら、孔明様じゃなくてお姉さん(なんと、孔明様のお姉さんらしい)に、均君もろとも抱き枕にされていて1ビックリ。
……むう。なんかいい匂いがした。
『ふふっ、姉様と一緒に寝ちゃいましたね♪』
なんか吹っ切れた顔になった均君。
おそらく、孔明様とも仲直りできたのだろう。
それは良かったのだが、なんで顔を近づけてきて、しかも指をくわえながらの若干上目遣い?
一夜にして諸葛家……いや、孔明様因子が覚醒したのか、天使たまに小悪魔キャラから、小悪魔たまに天使へとキャラチェンジしていて、2ビックリ。
……これはこれでいいと思う。
昨日、市場で偶然手に入った、南中? とかいう地域のそばの実。
穀物店に寄って、臼とか一式を借りてそば粉にしてあるので、一緒に挽いた小麦粉を使って二八蕎麦の朝食を準備。
ちなみに、臼とかを使わせてもらった店の店主さんが、小麦を一度濡らしてから挽くなど、私の挽き方を見て魂が抜けていたが、まあいいだろう。
そして蕎麦を打っていたら、起きてきたお姉さんに後ろから抱きつかれ、しかも匂いを嗅がれる。
いわゆる、動物吸いらしい。
美人で優しい完璧お姉さんの意外な趣向に、3ビックリ。
……お姉さん。私、タヌキじゃないですよ?
そして、均君の脚気治療を兼ねた月見蕎麦はやたら人気で、大量に作ったのに一瞬で平らげられる。
今回は付いてきていた鈴の人たちにも出したとはいえ、いくらなんでも人気すぎに4ビックリ。
……わたしも2人前は食べているので、なにもいえないかー。
仕方ないとばかりに、孔明様が魚を焼く。
人数分焼くのは時間がかかりすぎるので、数匹焼いて、ちゃんちゃん焼きみたいに他にも野菜と軽くスープを入れてかさ増しすることを提案。
思った以上に美味しくて5ビックリ。
孔明様も唸っていたので、今後の孔明式焼き魚はこの形になるかもしれない。
……孔明様。わたしは焼いただけのほうがすきです。わたし、やきざかな、だいすき。
その間に、私はお姉さんに協力してもらって、残った小麦粉と、単福さんがどこからか持ってきたイノシシ肉(ヤボ用中に山に入ってしまい、襲われたので血抜きして川に放り込んでおいたらしい)で餃子作り。
すき焼き鍋兼用の簡易フライパンで焼き、適当につまんでもらうはずだった。
結果、なんか朝から酒宴が始まって六ビックリ。
……楽しいうたげのはじまりだー。
続いている酒盛り。
酔ったお姉さん(この人、やっぱりポンコツかもしれない)に捕獲された私は、膝に乗せられ、抱きしめられ、ぬいぐるみ状態で過ごしていたら、黄承彦様の娘にならないか宣言で7ビックリ。
……らっきーせぶんだ、わーい。
「…………えーと?」
とりあえず、頑張って脳を動かして……うん、無理。
理由がさっぱり分からない。
「……月英嬢。はっきり言おう。君の知識は危険だ」
「え……?」
黄承彦様の真剣な表情と言葉。
張り詰める空気によって、ようやく私の脳が動き出す。
「『水道』はまだいい。形と性能に大きな差があるが、同じようなものがあるからね。……でも、あの火を使う妖術、あれはダメだ」
火を使う妖術……ああ、ファイヤー・ピストンか!
「もし私が他国の者で、即座に火をつけられる者……月英嬢がいると知れば、どんな手を使ってでも拉致する」
「……えっ!?」
「付け加えるなら、拉致した後に、技術を吐くまで監禁と拷問。そして、最後は技術の独占のために殺すだろうねぇ」
「……この国の長が『お優しくて』良かったな。曹操なら、自国の人間だろうが強制的に連れていき、仕官という名の幽閉をする。望む結果にならなかったら処罰、最悪、死刑になるかもな」
「……」
単福さんたちの言葉を黙って聞き、反論もしない孔明様。
……ということは、本当なんだ。
「だからこそ、私の娘にならないか、というわけだ。私の黄家は、名だけは通っていてね。一族に手を出せば、荊州を、そしてこの地の豪族すべてを敵に回す。それぞれの家にどんな企みがあろうと、この地を守ってきた者たちの盟約は『絶対』なんだ」
「そこは、わしも保障しよう。たとえ相手がどんな国だろうと戦になるし、賊やどこかの不届き者ならば、その者だけでなく、家族、親戚まですべて厳重に罰する」
真剣なふたりの目。
その目からは、嘘がないというより『覚悟』を感じる。
「いきなりこんなことを言われて驚いているかもしれないけど……」
「あ、そういうことでしたら、お願いします」
「「…………は?」」
……ん? なんかみんなの反応が変だぞ?
劉表様たちだけでなく、単福さんたちや孔明様たちも驚きの声をあげる。
このシリアスな状況でも、人をぬいぐるみのごとく抱きしめるお姉さんすら、動揺から手の位置が変わる。
……おい、お姉さん。女同士だからって胸もむな、セクハラするな。
「え、えーと、理由を聞いても?」
え、なんか逆に、私が理由を聞かれたんだが!?
……まったく。そっちが言ってきたというのに。
「理由がふたつありまして。まず、今はちょっと死ねないからです」
この世界に来て、もう死ぬしかないって絶望を味わって……『誰かさん』にそこから拾い上げられたせいで、もうあんな絶望は嫌だって思えるようになっちゃったからな!
と、考えながら、『誰かさん』を睨んでみたが……
「……?」
……全然伝わってない。
やっぱりこの人、人の感情とかについてはただの馬鹿なのかもしれない。
「……やりたいことというか、やらないとって思うこともあるし、あと、会いたい人たちもいるんです」
「やりたいことは分からないが、会いたいというのは本当の家族かい?」
「……お見通しなんですね。その通りです。いつか、自分の国に戻って会いたいです」
お母さん、お父さん、お爺ちゃん。
叔母さんたちや、友達の敦子や加奈、くらら。
この世界に慣れてきたけど、やっぱり会いたい。
……そして、お母さんたちにちゃんと謝りたい。
「……なので、ちょっと今は死ねません」
「……君の覚悟から、なぜ国に戻れないのかについては問わない。だが、私の一族にならなくても、保護という手段もある、と言ったらどうする?」
「それも無理です。これがもうひとつの理由ですが……」
抱きしめるお姉さんの手を解いて立ち上がり、持ち歩いているファイヤー・ピストンを取り出す。
そして、燭台の横にある火種置き……『火皿』に、ファイヤー・ピストンで火種を起こす。
「……この技術、誰かを救えると思うんです。保護だけしてもらっていたら、そういう事、やりづらくなりますよね?」
火種を受け取った火皿は、盛ってある藻草に火をつける。
……みんなが使っている火打石よりも早く、正確に。
「水道もそうですし、すき焼きとかも。それが……」
…………ん?
これ、マズくないか?
このままだと、おじいちゃんから習って、今や私の信念にもなっている『あれ』を口に出すことにならないか!?
単福さんに言って死ぬほど後悔し、今でもたまに孔明様にからかわれる、好きだけど恥ずかしい『あれ』を!
「どうしました~? 言いたいことがあるなら、ちゃんと言わないとダメですよぉ♪」
「そうだぞ、シャオリズ。ちゃんと言え」
こ、このどSコンビ!
このあとの展開を完全に読んでやがる!
……あ~もう! 言えばいいんでしょ、言えば!!
「……誰かを救える知識があるなら使うべき! それは知識を持つ者の義務! そう思っているだけですから!」
――ヤケクソに叫ぶ私。
私の言葉に、涙まで浮かべる劉表様。
すごく優しい顔をする黄承彦さ……お義父さん。
初めて見る、私に感心した表情をする憎いあん畜生。
……吹き出す単福さん。
私の言葉に、うっとりしている均君。
立ち上がって私を捕まえ、頭をなでながら、また抱きぬいぐるみ状態にする優しいお姉さん。
…………顔を背けて、絶対笑ってやがるドS軍師。
――見ていますか、おじいちゃん。
あなたが教えてくれた信念は、本当に素晴らしいです。
約2名を除き、みんなが共感して、感動してくれています。
これを教えてくれたおじいちゃんには、感謝しかありません。
亜子はこれからも、この信念とともに生きていきます。
……でも今度会えたら、子どものころからこの信念を何度も聞かせ続けて、とっさに出てくるぐらいまで私の魂に刻み込んだあなたを、一発、小突かせてください。
歴史ベースにしていますが、あくまでフィクションです。




