27話 劉表景升
今回も、あくまでフィクション注意です。
「……お待たせいたしました」
「仲直りは終わったかい? 小亮♪」
「……今回は、色々とお世話になりました。徐庶元直殿」
いつの間にか、席に加わっている元直兄。
やはり、あんなに大声で喧嘩していたらここまで聞こえるか。
……またしても、元直兄に変な弱みを握られたな。
『小』亮呼びを止めさせるのが遠のきそうだ。
「ふふっ、かねてより対面を希望していた『臥竜』が、今日ならば会ってくれると急に言ってきた。何かあると思ったが、まさか兄弟喧嘩の仲直りのだしに使われるとはな」
「劉表は対面したいという願いが叶い、孔明君は仲直りの場として使える。互いの利を考えた見事な策……さすがというべきかな」
「……失礼を。そして、お見苦しいところをお見せいたしました、劉使君、黄承彦様」
「いや、気にしておらんよ。それと、劉表でいい」
「しかし……」
「気にしなくていいよ、孔明君。劉表はこの状況を、心底楽しんでいるからね」
「ははっ! さすが、国を治める身でありながら、錦帆賊に変装の策を言い出すお方。器が違いますなぁ!」
「……器が違う、ねぇ。いきなり俺たちと同じ服を用意しろって言われたこっちは、大迷惑だがな」
「そう言いなさんな、鈴の親分。細かいことで怒ってたら、鈴の甘寧の名が泣くぜ?」
「……ふんっ!」
そっぽを向きながら、残っていた焼き芋を口に入れる鈴の甘寧こと、甘寧興覇。
俺が姉上を迎えにいく都合上、劉表様の迎えを元直兄に頼んだら、護衛として推薦してきた『荊州で一番強い集団』の長だ。
荊州は豪族の集まりの地。
どんなに少数でも、兵を出して劉表様が外に出れば、豪族が『何らかの軍事行動』と見なして黙ってはいない。
だからこそ、正式には軍に属さない甘寧……錦帆賊に頼るのは正しい。
正しいのだが……
「……ま、飯はうまかったから、多少面倒でもいいさ。あの憎たらしいクソタヌキが作ったってのは気に入らねえが」
「それにしては、随分と仲良さそうに見えたぜ、鈴の親分~?」
「……は? どこがだよ。襄陽の裏でその人ありと言われた徐庶元直も、裏稼業から足を洗って目が曇ったか?」
「はいはい、そうかもねぇ♪」
……なんだろうか。
少し気に入らん。
「さて、楽しい雰囲気に水を差して申し訳ないですが……」
元直兄が、懐から何かを取り出し、地面に置く。
……匕首と呼ばれる暗殺用の短剣だ。
「……何人かがこっちを監視し、数人は仕掛けてきた」
「……!? 監視だけではなく、こちらを狙ってきたのか!?」
「落ち着いてください、劉表様。狙いは劉表様の暗殺などではなく、護衛を捕らえて、ここに来た理由を吐かせようというものでしょう」
「それは……そう、か。だが……!」
「ご安心を。適当にふんじばって、街道の隅に捨てておきました」
「そうか……私の行動で、荊州の者が死ななくてよかった」
「鈴の親分も安心しな。そっちの人員も負傷者なしだぜ。お前さんが『本陣』を守ってる時点で、あちらも本気で仕掛けてこなかったしな」
「……心配なんてしてねえよ。うちの連中が、荊州の腰抜けどもに負けるわけないからな」
「腰抜け、か。耳が痛いところだが、何も言い返せんな」
そう言いながら、静かに笑う劉表様。
(……劉表景升、か)
党錮の禁の時代に、『八及』の一人にも数えられた英傑。
兵家必争の地とも呼ばれた荊州を治め、あの孫堅の侵攻すら退けている。
天下の覇者たちをも容易に近づけぬ威容を誇り、広大な荊州を治める老練な統治者ではあるが……
「ふっ、人死にも容認できない、意気地なしの凡愚に拍子抜けか? 孔明よ」
「……いえ、そのようなことは」
「構わん。私自身が、自分のことをそうだと認識しているからな」
立ち上がり、空を見上げる劉表様。
その目はどこまでも優しい。
……この乱世で、国を治める者とは思えないほどに。
「……私には、覚悟がない。おそらく、その刺客の主『蔡家』が荊州を牛耳ろうとしているのは分かっている。曹操も、孫策も……同盟を結んでいる袁紹さえも、荊州を狙っていると分かっているのに、荊州の民を戦に巻き込んででも、前に進もうという覚悟が、な」
「劉表……」
「何回もお前と対面したいと打診していた理由、あの水道について聞きたいと伝えていたが、それは建前だ」
「南の長沙で燻る反乱の兆し……それに私を、軍師として連れて行きたかった。といったところですか?」
「加えて、長沙の張羨を裏でそそのかしている真の黒幕が誰か。その答え合わせも兼ねて、ですかね」
「……んなもん、曹操に決まってるだろうが」
俺、元直兄、そして学人でもあるという甘寧にまで間髪入れずに言われ、目を丸くする劉表様。
「ふふっ。まだ表に出ていない反乱の情報から、お前の腹の内まで完璧に読まれてるぞ、劉表」
「まったく……頼りになる若者たちだ」
「先に述べておきますと、そのお誘いは……」
「分かりきった答えを言わなくていい。それに、それを聞いてしまうと、国の長としての面目を保つためにお前を罰さなくてはならなくなる」
「……お心遣い、感謝いたします」
俺が、劉表様との対面をずっと断っていた理由も察している。
そして、自分の非も、弱さも認識し、他人に頼る『強さ』も持ち合わせている。
(……惜しいな。曹操のような、覇道を進む覚悟が少しでもあれば……いや。ないことが、劉表という人間の強さなのかもしれないな)
「堅苦しい話はこれで終わりにして……だ!」
その瞬間、長としての顔が一気に好々爺へと変わる。
「あのすき焼きという料理はなんだ! あんな美味い料理、わしは初めて食べたぞ!」
「味付けも気になるが、私はあの豆腐というものが気になるね」
「……大豆を挽きて汁となし、これを煮る。偶然に白き塊へと化す。其の質極めて柔和にして、口にすれば妙なる食感あり。然れども、変化の法を失い、再び得るべからず。淮南王にまつわる古い書に、幻の食として似たようなのがあったが……まさか、それじゃねえよな?」
「皆さん。聞きたいことがありすぎるのは分かりますがね。ここは、一番気になるが、聞いていいのか分からないことを最初にすべきじゃないですかね?」
「「「…………」」」
目配せをする一同。
そして……
「…………あの、いきなり火をつけた道具はなんだ!」
……全員が最大の疑問を投げかけてきた。
「……あの道具、世界をひっくり返すぞ」
「火計、工作、産業への活用……思いつくだけでも、活用法は十を超えますなぁ」
「あれはなんなんだい、孔明君!」
「いやいや、あれは何かの秘伝だろうから、おいそれと教えるわけにはいかんだろう。……だから、わしにだけこっそり教えてくれないか?」
「なっ! ずるいぞ、劉表!」
「はっはっはっ、これぞ、荊州牧の特権じゃよ!」
全員が、興味津々に聞いてくる。
特に、これが本人の素であるのだろうか、子供のような目をして完全に好々爺と化した劉表様と黄承彦様。
……そんな傑物たちを見ながら、俺は余裕を見せつつ答える。
私が知るあらゆる知識を全て使って導き出した、あの摩訶不思議な道具の答えを!
「…………タヌキの妖術です」




