20話 悪い顔した孔明様
「――これが、均君を治療するための料理案です」
台所に移動した私と孔明様。
痛む頭を押さえながら、思いつく限りのメニューを書いた木簡を並べる。
『諸事情』で着替えてきた孔明様の前に。
「……」
……そんな睨まないでくださいよ。
一応、ちゃんと反省しているので。
「……なるほど。脚気を『贅沢病』と呼ぶ者たちがいたが、正しかったな。一般的な食生活を送っていればまずかからない」
「ええ。諸葛家が白米じゃなくて玄米を食べてれば、均君は脚気にかからなかったでしょうね」
まあ、均君の小食と食生活から考えると、玄米にしたところで無駄かもしれんが。
「均君はまだ重症化していませんし、食欲もあるようです。ここに書いてある料理を食べれば、すぐに良くなると思いますが……」
横目で、台所の朝食の残りを見る。
……均君がいつものように一口しか食べなかった、孔明様お手製の草魚を。
「……食べてくれますかね?」
「今までと同じだろう。一口ぐらいは食べるだろうが、な」
「でしたら、療養食から始めましょうか。豆のスープから……っと!?」
「その料理を出すから、準備してくれ」
投げられてきた木簡をキャッチ。
そこに書いてあるメニューを確認すると……
「……は?」
……いや、ちゃんと内容見ました、孔明様?
これ、いわゆるギャグ枠ですけど?
木簡を書いている時に、『なんか思いついちゃったし書いちゃえ~♪』的なやつなんだが?
「いや、これは私がちょっと食べたいな~とか思っただけで……」
「良かったな。これで食べられるぞ」
「それに、これ準備がめちゃくちゃ大変で……」
「良かったな。腕の見せどころだぞ」
うん。
ダメだこの人。人の話を聞く気がない。
「安心しろ。材料の肉、野菜はこちらで手配する。お前はこの薄い鍋と残った食材を頼む」
だから、それが大変なんだよ、どS軍師!
「ああそれと、それ以外にも一品出す。それを踏まえて量を調整してくれ」
「はあ、別にいいですけど。というか、用意したところで、均君が食べてくれるでしょうか?」
いつの間にか、草魚の皿の前に立っている孔明様。
「そうだなぁ……その点もなんとかしなくてはなぁ……」
恐ろしく正確かつ素早い手つきで、骨と身を分ける。
……そしてその目は、なんか光沢が消えている。
「で、では、私は材料の準備を……ひぅん!?」
嫌な予感がしたので、直ちに避難しようとした瞬間。
急に近寄ってきていた孔明様に追い込まれる。
いわゆる、憧れの壁ドン状態。
タヌキ、タヌキと言われてきた私だが、一応は雌というか女。
壁ドンされればさすがに、胸のときめきというものが……
「……なあ、シャオリズ? ちょっと口を開けてみろ」
……いや、そんなものないし、怖いよ!
目に光沢ないし、箸で草魚の身を持ったままのイケメンから壁ドンとかホラーなんだが!
誰だ、壁ドンは全女子の憧れとかいったやつは!
牛糞と一緒に堆肥にしてやる!
「……お、お断りで……んむっ!」
即答で断った瞬間に、身を口に放り込まれる。
え、なにこれ、なんの罰ゲーム?
「味はどうだ?」
「お、美味しいで……ひぃ!?」
さらに顔を近づけてくる孔明様。
その距離はまさに、みんなの憧れ、おでこで熱を測るレベルのガチ恋距離。
壁ドンからガチ恋距離という、乙女の憧れ二大巨頭を味わった私は……
「……正直に言うまで、何度でも食べさせるぞ♪」
もう恐怖で涙出そうなんですけど!
上からも下からも、何かしらの体液が出そうなんですけど!
誰だ、ガチ恋距離は男女を超えた全人類の憧れとか言ったやつ。
腰いわすまで、田植えフルコースを味わわせてやる!
「そ、その、私の国は全体的に味付けが濃いので、物足りなさは感じます」
「そうか」
「た、ただ! 香辛料のバランスがとてもよくて、味も美味しいので、この国で食べた料理で一番好きです」
「そうか……」
ようやく離れてくれる孔明様。
なんか、手で顔を覆うようにして、私に顔を見せないようにしている。
え、選択肢間違えたか?
ちゃんと、正直に言ったつもりなのだが。
「やはり、美味いのだ……この料理。何度も試行錯誤して、面白い香辛料が見つかったらすぐに試してきた……」
「は、はあ……」
「香辛料に漬け込む時間も、一番良い状態はどれぐらいか毎回検証している。そのため、失敗した草魚を何回食べたことか……」
「そ、それはお疲れ様です」
「ああ、本当に疲れたよ。それなのに、あいつはいつも一口しか食べない……俺のことを避けるという、くだらん理由でな」
あ、やばい。
これ、孔明様の方も鬱憤が溜まってたやつだ。
そりゃ、『あんな顔』にもなるか。
「あいつに食べさせる策はこちらで用意する。『どんなことをしてでも』、人の倍は食べていた昔のように、腹いっぱい食わせてやるさ」
え、均君って昔そうだったの?
ていうか、『どんなことをしてでも』って、実の弟に何する気だ、このどS軍師。
「そ、そうですか。それじゃあ私は料理の用意をするので、失礼して……」
「ああそれと、今回の策はお前にも協力してもらうので、そのつもりでいろ」
「え!? 私はいわゆる裏方で、そういうの苦手……ひゃうっ!?」
両手壁ドン&ガチ恋距離の合わせ技! こうかはばつぐんだ!
え、もう本当に怖くて泣きそうなんですけど……!
「……踏み込めと言ったのはお前だろう?」
「そ、そうですけど……」
そのまま離れていく孔明様。
私は腰が抜けたのか、ずるずると壁から地面へと崩れ落ちる。
……そして、見てしまう。
希代の軍師『諸葛亮孔明』の、最高に悪い、何か企んでいる悪人顔を。
「最高の策を見せてやるさ。均を完膚なきまでに追い込む、最高の策を、な」
……ごめん、均君。
義姉ちゃん、君を守ってあげられそうにない。




