19話 胃液まき散らすことになりますよ?
「……それから、均は今のような振る舞いをするようになった。叔父上が亡くなった時も、また流浪の身になった時も、劉表様を頼って荊州に来てからも……。あいつはいつも、笑顔だった。姉上たちが嫁ぐ時すら、涙ひとつ流さず見送ったよ 」
すべてを語り終えた孔明様。
「……教えてくれ、月英。私は……俺は、均を憎んでいるのか?」
いつもの喋り方ではない、素の孔明様の喋り方。
私をいつものシャオリズではなく、月英と呼ぶことからも、どれだけ感情がぐちゃぐちゃなのか分かる。
「……分かりませんよ、そんなの」
「……!?」
そして私は、孔明様を……『あの時の私』を抱きしめる。
『農業も、マタギも、田舎暮らしも……大嫌いなんだよ……』
『そうだね……嫌いだったんだね……』
あの時、お母さんがしてくれたみたいに。
『でも……私が育てた苗が芽吹いたとき……初めて獲物を捕まえたときも、都会なんかじゃできない、思いっきり川で泳いだときも……嬉しかったし、楽しかった……』
『そうだね、嬉しかったし、楽しかったね……』
『おじいちゃんも、お父さんも……お母さんも嫌い……!』
『……うん、そうだね』
否定も、押しつけもなく、ただ優しく抱きしめてくれた……
『だから、分からない……私、なにがなんだか分からないよ……』
『そうだね……わからないね……』
……『大好きな』お母さんみたいに。
「……私だって、今も分からないんですから」
「……? それはどういう……」
「……ただ! これだけは、言っておきます!」
孔明様を離し、覗き込みながら強く告げる。
「後悔しないように行動してください」
「後悔しないように……?」
「……一度口から出しちゃった言葉は、どんなに悔やんだって、なかったことにはできないんです。たとえ、相手が何も言ってこなかったとしても……自分の心には、いつまでも、いつまでも、深く刻まれたまま……」
……そう、あの言葉はなかったことにならない。
私を迎えに来てくれたお母さんにあんな顔をさせたのは、私の心無い言葉だ。
「まさか、お前も……」
「……私は勇気がなくて、過去に触れないで生きる選択をしました。私は悪くない、みんなが悪いって、いつも心に言い訳をして」
「……」
「口で言うのは簡単というのを承知で言わせてもらいます。機会があるなら……踏み込んじゃったほうがいいです、よ……?」
「それはどういう……なっ!?」
「……じゃないと、トラウマになって……強く思い出すたび、に……胃液まき散らすことに……なる、ので……っ」
「ま、待て! 吐くなら地面に吐け、この馬鹿タヌキ~~!!」
――この日、2度目の嘔吐。
そして今日は、私が初めて孔明様に拳骨をもらった日となった。




