18話 病の正体
「……脚気?」
「はい。それが均君の病気の名前です」
――脚気。
食事の偏りによるビタミンB1不足が原因で、神経や心臓に障害が起きる病気。
足のだるさや感覚の麻痺から徐々に病状が進行。
最終的には激しい動悸や呼吸困難を引き起こし、最悪の場合は命を落とすらしい。
古来より原因不明の謎の病として人々を苦しめてきたが、その原因が完全に解明されたのは、わずか100年ほど前とごく最近のこと。
日本でも平安時代や江戸時代からそれらしき記録が多数残っており、とある戦争では、白米中心の兵食を強行した結果、多くの兵士がビタミンB1不足によって脚気を発症。
数万人近い死者を出したとされ、敵との戦闘ではなく「食生活」が招いた、日本の戦史上最大の惨劇とも言われている。
「均君がこの病気にかかった原因は、小食であること、そして白米です」
「白米が?」
「はい。米にはもともと『ビタミンB1』という栄養があるのですが、精米すればするほどそれは消えます。白米は、美味しさと引き換えに大事な栄養を失った姿、とでも言うべきでしょうか」
「だが、なぜ私はその脚気にかからない? 同じように白米を食べているぞ」
「他の食事……魚や豆で無意識にビタミンB1を補っていたからです」
そう言いながら、私は木簡を広げた。
そこには、自分の知る限りのビタミンB1を含んだ食材が書き連ねてある。
「均君も、ここに書いてあるものをまったく食べていないわけではありません。ですが、小食が災いして、結果的に好物である白米の粥ばかりを口にしていたのでしょう 」
「均が小食、か。確かにそうだな……」
そう言いながら、私の書いた木簡を見る孔明様。
その顔はどこか納得していた。
「豚肉や草魚、豆や蓮根……ふっ。私が好きで料理するものばかり」
ゆっくりと立ち上がり、外を見る孔明様。
そして……
「……だからこそ、均が嫌っていたものだ」
……また、『あの顔』になる。
憎いものをみるような、あの負の感情が宿った顔に。
「……孔明様は、均君のことが憎いんですか?」
私の言葉に驚くが、すぐに観念したかのように語りだす。
「……正直なところを言うと、わからないんだ」
孔明様は、遥か遠くを見ながら話し出す。
「……曹孟徳の徐州侵攻によって始まった流浪の生活。家が全滅することを恐れた叔父上は、兄上に叔母上を預け、一家を二つに分けた……」
おそらく、故郷の徐州がある方向を見ながら――
――俺は、目の前の少女に話す。
あの時起きた事を……
『瑾兄! いっちゃやです! 叔母上も!』
『……わかってくれ、均。これも諸葛家のためなのだ』
……その通りだ。
叔父上が伝手のある揚州の袁術様のところに向かい、兄上は江東へ。
これ以上の良策はない。
『……瑾兄も、叔母上もボクを捨てていくんだ!』
『もうやめろ、均……』
なぜ、この程度も理解できない……?
お前は幼いころから、ずっとそうだ……
『でも、孔明兄さ……』
『……いい加減にしろ!』
俺が勉学に励んでいる時も、お前は無邪気に俺に話しかけてきた。
勉学は中断され、遊びに付き合わされた。
『俺は……』
お前がいなければ……
『俺は……俺は……!』
お前がいなければ……お前がいなければ……!
『……俺は! お前がいなければ、兄上に付いていけたんだ!!』
――あの日、ふたりの関係が決定的にずれ始めた。
その歪んだ記憶のすべてを、俺は目の前の少女に吐き出した。




