17話 思いのままに走るだけ
「……うん。虫も、伝染病もなし」
大量繁殖が始まっているサツマイモを見ながら呟く。
結果的に持ち込むことになった現代の野菜や果物は、どれも順調だ。
種採集用の葱とかも上手くいきそうだし、来年は大変になるだろう。
……まあ、1代限りのF1品種だし、完全な収穫体制は数年先になるだろうが。
「……畑の方は順調なのに、諸葛家は順調とはいかないな」
均君の部屋を見る。
今はお医者様が見てくれており、さすがにふたりに見られながらの診察はやり辛いと言われ、一旦、私だけ席を外した。
「いや……」
『……孔明様のこと、憎んでいるんですか?』
『……』
「……最初から、順調なんかじゃなかったんだ」
畑に寝そべりながら、天を仰ぐ。
『……たぶんですけど、ボク、長くないと思います』
均君は私の質問に答えず、ただひと言そう言って微笑んだ。
それは、長くないから見せた『本心』の欠片なのだろう。
『あんな田舎ヤダ! 私は……!』
「……っ!?」
……そんなことを考えたせいだろうか。
私も自分の本心を思い出してしまい、吐き気がこみあげてくる。
「……本当、人の本心っていうのは厄介なものだね」
そんなことを考えながら、また空を見る。
日本も、古代中国も変わらない、青い空を。
「……どうしたものかな」
心からの言葉が漏れ出してくる。
状況を整理する。
均君は病気で、私にはどうすることもできそうにない。
細かい内容は分からないが、均君は孔明様に対して複雑な感情を抱いている。
……そしておそらくだが、あの顔をした孔明様も、均君に何かしらの感情を抱いている。
そして結論はこうなる。
どうしたものかな、と。
「気持ちがモヤモヤする……」
今の心境を簡潔にしたものが、同じように口から洩れる。
言ってしまえば、自己嫌悪というやつだ。
無知な自分、何もできない自分、そして……
「……自分にはなにもできないことに、安心するなよ、私」
私は、人の心というのがどれだけ強いかを知っている。
その強さは、周りを癒すこともあれば、人の繋がりをも破壊するほどの恐ろしいものだったりもする。
だからこそ、そんなものに触れたくない。
『……ごめんなさい』
……あんなお母さんたちの目、もう二度と見たくない。
「……いたっ」
舌が偶然当たり、痛みが走る。
「……ああ、この前魚食べたときに口の中嚙んじゃったからか」
痛みがあるのは気づいていたが、時間がたって少し腫れてきている。
これは確実に、口内炎になるな。
「口内炎か……また怒られちゃうな」
子どもの頃から私は、沢山食べ……人よりちょっと食べる方だ。
しかも食べるのが早いから、よく口の中を噛んでいたのだ。
「ビタミンCを取れば口内炎の予防になるから、果物かピーマン食べなさいって、よく言われたな……」
本当に、お父さんにも、お母さんに何度も怒られた。
昔はキウイとかだけじゃなくて、ピーマンも苦手だったから。
「気休めだけど、今からでもビタミンCとって、口内炎のならない……ように……」
『……もう、またピーマン残してる』
『苦い、嫌い、以上』
『あのなぁ、亜子。ピーマン食べないと栄養取れないぞ』
『大丈夫。栄養なくても命と心を燃やすから』
『いや、そういうの燃やすのは、もっと大事な時だからね!?』
『亜子。栄養不足って本当に怖いのよ? 場合によっては、死ぬことだってあるんだから』
『栄養不足だけで? そんな馬鹿なことないでしょ』
『いやいや、うちのご先祖様もだが、日本ではとある栄養が不足したせいで何万人と死んだんだぞ?』
『しかも、栄養不足が死因だと分かったのは、数百年前とかじゃなくて比較的最近で……』
「……あっ!」
体を起こし、正座状態になる。
本来なら、すぐに動かなければならない。
……でも、私の体は動かなかった。
「……はぁ」
そのままの体制で、ため息をつく。
思い出してしまった、昔の記憶を。
そして、同時に分かってしまった。均君を蝕んでいる病が、何であるかを。
「……病気じゃないじゃん。いや、立派な病気だけどさ……こんなの、分かりづらいじゃん……」
だけど……
「どうすればいいんだよ……」
……このことを告げるのは簡単だ。
信じてもらえないような突拍子もないことだが、孔明様はたぶん信じてくれる。
……治療も簡単だ。
話に聞いた症状から考えて、均君の治療は全然間に合うだろう。
でも……いいのだろうか?
私がこの問題に……いや、ふたりの間に、心に、土足で入り込んで。
(……いや、違うか)
そう、違うんだ……
私はただ……
(……ふたりの間に入って、本心に触れるのが怖いんだ)
均君が治ったとしても、一度、蓋を緩めて漏れ出さた本心は、もうきっと止まらない。
孔明様にいたっては、胸の奥に渦巻く負の感情は分かっていても、その理由すら私には分からないのに。
『……余計なことをしないでください、姉様』
ありもしない幻聴が、頭の奥で低く響く。
そして均君が、、あの顔……憎しみの眼差しで私を見てくる姿が脳裏に浮かんだ。
『……そろそろ気づけ。お前の知識はすごいのだろう。だが、この世界にとってただのお節介だ』
均君の隣に、影のように孔明様が現れる。
私が心の底で思っていることを言ってくる。
そして……
『……ヒーロごっこはやめたらどうですか? そんなことをしたって……』
もっとも見知った顔が……私自身が現れる。
私は私を、憐れむように、蔑むように見ながら……
『諸葛家は、あなたの居場所になりませんよ?』
――もっとも恐れていることを言い放った。
「……くっ! うぅっ、ぐえっ……!!」
不意にさっきよりも激しい吐き気に襲われ、耐えきれずにその場にうずくまる。
涙で歪む視界の先、畑を吐き出した胃液が汚していく。
(やだ……そんなのやだ……。ここがなくなったら、私は……私は……!!)
……もういい。
全て忘れよう。
見なかった事にすればいい。
思い出さなかったことにすればいい。
均君の病は、この時代の知識では助けられないのだ。
だから私は関係ない。
私は、何も悪くない。
『本当に……?』
……うるさい。
黙ってよ、お母さん……
『それでいいの?』
うるさい……うるさい……!
『だってあなた、毎日一生懸命、畑の世話をしてたじゃない』
「……うがああぁあああ~~!!」
飛び跳ねるように立ち上がり、まっすぐに均君の部屋を見据える。
(……もう知らない! あとのことは、あとで考える!)
激情に任せて、私はがむしゃらに走り出した。
「えっ、姉様!?」
「シャ、シャオリズ?」
部屋に乱入した勢いのまま、処方されそうになっていた葛根湯の器をひったくる。
確か葛根湯の効能は、鎮痛、発汗作用、免疫強化だ。
「……没収!」
そう言いながら、思いっきり飲み干す。
「お、おい!」
……さっき吐いたばかりの胃に、独特の生薬の風味がガツンと響く。
でも、これはもう自分への気付け薬だ!
「お医者様! 均君にこの薬は禁止です! あとで説明しますけど、これは今の均君の体にとっては、毒になりかねないので!」
「は、はぁっ!?」
唖然とする医者。
そりゃそうだ。現代で言えば、他人の処方薬をいきなり奪って飲んだ不審者なのだから。
だが、今はそれどころではない。
「そして、孔明様はこっちの部屋に来てください! 聞きたいこと、相談、山ほどあるので!」
そう言いながら、ずるずると孔明様を引っ張っていこうとする……
「……む、ぐぐぐぐ……!」
……くっ、パワー足りない!
おのれ、無駄にデカいイケメン軍師め。
「……信じて、いいんだな?」
そんな私を、真剣な眼差しで見てくる。
「……はい」
……私はもう逃げない。
「均君も聞いて! 君がどう思おうと、私は君を助けるから!」
宣戦布告代わりに、均君に指をつきつける。
「え、えっと……」
戸惑う均君。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
「では、行くか」
「……はい!」
……これで、もう後戻りはできない。
これから先、どうなるかなんて分からない……けど!
(……今の私に出来ること、全部、全部やってやる!)




