表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/23

16話 顔

「す、すごいです月英姉様! まるで、馬に乗っているみたいです!」

「気に入ってもらえたようで、何よりです」


 愛車『タイガー号』で均君と一緒に村を走る。

 後ろの荷台を即席で改造した自転車用チャイルドシートに乗ってもらっているが、サイズはぴったりのようだ。

 というか……人のことは言えないが、ほんと小さいな均君。実は幼児なんじゃないだろうか。


「……ボク、お医者さんに、一生馬には乗れないって言われていたんです」

「なるほど。では、今日だけタイガー号は馬になっておきましょうか」

「あ、だったら赤兎馬号がいいです! あの飛将軍『呂布』や、万人敵と謡われた『関羽』の馬ですから!」

「では……赤兎馬ほどじゃないにしても、多少速度を上げますか!」

「わわっ、すごーい!」


 スピードが上がることで、無邪気にはしゃぐ均君。

 ……この子が、謎の病に犯されているなんて、誰も思わないだろう。


(……出会った時から、孔明様が人の命に対して悩んでいたのは、均君のことがあったからなんだろうな)


 知恵があっても命ひとつ救えない、あれは孔明様の心からの声だったのだろう。

 そして、タヌキの妖術……私の持つ新しい知識を必要以上に欲しがるのも。


「あ、あの、月英姉様。家から連れ出してもらった上に、自転車にまで乗せてもらえて感謝しかないのですが……お兄様に何か言われませんでしたか?」

「何か言っていた気はするのですが、『病は気からというのが、私の国の常識です』と言ったら、口をもごもごさせながらも黙りました」

「あ、あはは……やっぱり何か言ってたんですね」

「あとは、『走って付いて行っていいか?』とか、『転んでも怪我しないように甲冑を用意する』とか、他には……」

「大分言ってますね!?」

「まあ、それぐらい均君を心配しているってことです」

「……ほんと、兄様ったら」


 そう言いながら、少し照れるように頬を染める。

 乙女かこの子は。あんまり小動物オーラを出されると、さすがの私も抱きしめたくなるぞ。


「あ、屋台がありますよ、月英姉様!」


 おお、本当だ。この時期にも屋台ってあるんだな。

 ……そして、分かってはいたが自転車はめちゃくちゃ目立つ。

 子どもだけじゃなくて、大人まで全員が手を振ってくる。

 ……『狸仙人様!』とか言いながら、胸の前で拱手を組み敬意をアピールしてくる人もいるが、見なかったことにしよう。


「月英姉様。あそこでひと休みしませんか?」


 均君が近くの木陰を指さす。

 正直、漕ぎ疲れていたので助かった。


「では、少し休みましょうか」


 木陰まで行き、自転車を止める。

 そして、均君をシートから降ろし、木草の上に座らせた。


(……軽い)


 孔明様が心配する理由が嫌というほど分かる。

 幼いころから病弱で、まともに歩くこともできず……今までどんな辛い思いをしながら生きてきたんだろうか。


「……それで、ボクの体のこと、どこまで知りましたか?」

「え?」


 笑顔のまま、まっすぐに核心を突いてくる均君。

 ……この鋭さは、まさに天才軍師『諸葛亮孔明』の弟だ。


「……たぶん、全部だと思います」

「そうですか……本当に兄様は過保護で困っちゃいますね」


 困ったように笑いながら話す均君。


「ということは、ボクの病気を治せるかもしれないって、期待されちゃいましたか?」

「その通りです。でも……」

「あ、大丈夫です! 月英姉様は仙人でも神様でもないんですから」


 どこか悟ったように笑いかけてくれる均君。

 そして……


「……それに、そっちの方が安心します」

「え?」


 ……病を治せない私に向けて、均君は笑顔を浮かべる。

 今まで私に見せてくれたどの表情よりも、心からの、心底安心したような笑顔を。


「均君……?」

「……」


 私の疑問を無視し、均君は遠くを見つめる。

 その背中から、静かな拒絶の気配が漂う。


「……それにしても、兄様は変わりませんね。瑾兄様も姉様たちも、ボクを見限ったのに」

「見限るって、均君をですか?」


 以前、孔明様から聞いたことがある。

 諸葛家にはまだ、孔明様の兄と二人の姉がいるらしい。

 だが、兄は江東で仕官し、姉たちはそれぞれ嫁いでいったと。


「はい。みんなボクを置いていきました……」


 そう言いながら、均君がゆっくりと振り返る。

 とても柔らかく、朗らかな笑顔で――


「……足手まといのボクを、ね」


 いつもの調子でこう言った。


「そんなことは……」


 反論しようとした私の言葉が途切れる。

 均君がまた、あの顔をしていたからだ。ドロリとした負の感情が混ざった、あの表情を。


「……ボクは体が弱いし、兄様たちみたいに知恵もありません。本当に足手まといなんですよ」


 だが、今回は違った……いや、その先があった。

 胸の奥から湧き上がる黒い感情を隠しきれないのか、その顔は分かりやすく歪んでいく。

 まるで感情が、顔を造り変えるように。


(……そうか、そういうことだったんだ)


 ……そして私は、その表情を見てようやく気づいた。


「それでも兄様は、最後までボクという存在を諦めず、そばに置き続けた。家族で避難することになった時も、家族で唯一、ボクを置いていこうとしなかった……」


 ……この顔は、どこかで見たことがあったんじゃない。

 私が『あの時』――お母さんたちに向けていた顔だ。


「……本当に、優しい兄様ですよ」


 あの時……都会にある叔母さんの家に泊まりに行って、田舎に帰りたくないって駄々をこねた時の私……


「均君……」


 田舎という空間を、マタギのことばかり話すおじいちゃんを、農業を手伝わせてくるお母さんたちを……


「……孔明様のこと、憎んでいるんですか?」


 ……『憎んでいるもの』を見る顔だったんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ