15話 風毒
「……風毒?」
「ああ。均がかかっている病の名でな。その地の悪い風が体に入り込むことで起こる、体の異常だそうだ」
均君を寝かせたあと、ふたりで食事をとりながら話す。
「症状は人によって違う時もあるが、共通点は、体の自由……とくに足が動かなくなり、悪化する死に至るということだ」
「死に至る……」
悪い風が入る病、そして体の自由がきかなくなり、最後には死に至る……
すぐに思い当たるのは伝染病、もしくは集団食中毒や、有害物質による中毒だろう。
私が知る限りで可能性が高いのは、麦の麦角菌、あとは井戸水によるヒ素中毒辺りが均君の症状に近い。
だが、均君の症状とは微妙に違う気がする。
……もう少し真面目に保険の授業や、お母さん曰く、山での伝染病を経験と知恵で潜り抜けていたらしいご先祖様たちの英雄譚を聞いておけば良かった。
「なかには、全身が動かなくなった者、胸をかきむしって息も絶え絶えになりながら死ぬまで叫び続ける者、激痛に発狂して死ぬ者もいるらしい。まさに、苦しめて、苦しめて、最後に殺す。『呪い』とも呼ばれる理由だな」
「呪いですか?」
「風毒に冒されるのは、豪族や官僚など、怨念、嫉妬、そういう感情が向けられやすい上流階級の者たちが多い」
「……だから、呪いですか」
「ああ。知識も策も通用しない、厄介な呪いだ」
忌々しそうに話す孔明様。
自分の力で均君を治せないのが口惜しいのだろう。
「そして私は、それなりの生活をさせてもらっている。そんな我が家を呪うものはいくらでもいるだろうな」
「……孔明様は隆中のご意見番ですし、そんな孔明様を立派に補佐している均君。呪われる理由などないと思いますが?」
「ふっ、分かっているよ。ちょっとした自虐だ」
そう言いながら、私の髪をぐしゃぐしゃとしながらなでる。
自分でも認める天才の孔明様が自虐するということは、相当、重症のようだ。
「風毒は、小さい頃からの病気なのですか?」
「生まれた時から病気がちだったからなんとも言えないな。だが、明確に足が悪くなったのは、荊州に移り住んで暫くたってからだ」
そう言いながら、孔明様は自分で焼いた魚を食べる。
香辛料がきいており、この時代ならではの『素材の味』ではあるのだが、色んな味がするから私も好きな料理。
食べているのは、私と孔明様……本来、孔明様が食べてもらいたかった均君ではないが。
「……皮肉なものだな。父が亡くなり、戦乱から逃れて荊州に渡り、以前より生活がよくなって医者にも診せられるようになったのに、な」
そう言いながら立ち上がり、棚の上にある布に包まれたものを取り出す。
以前見せてもらったのだが、あれは均君の薬で、なんと現代にもあるあの『葛根湯』らしい。
といっても、丸薬や粉末ではなく、薬というより細かく切った薬草であり、それを煮出す形式だが。
効能は現代と同じで、鎮痛、発汗作用、免疫強化……たしかに、病状を特定できない均君には、どれも有用だろう。
……だがそれは同時に、この薬は気休めだ、と言っているようなものだが。
「……シャオリズ。お前の国で、同じような病はあったのか?」
「…………」
……私は答えられない。
さっき考えたように、あれかもしれない、これからもしれないと推測はできる。
でも私は、孔明様が本当に求めている答え……均君を救う方法を持っていないから。
「……すまん。変なことを聞いたな」
私の態度から察したののだろう。それ以上何も言わずに台所へと向かう孔明様。
おそらく薬を煮出しに行ったと思うのだが……
(……え?)
去っていく孔明様の横顔を見て驚く。
その横顔は、悲しそうでありながら、どこか違う顔……
(怒りとも違う、何かの負の感情。あの顔は……)
……均君がする、あの顔と同じだったからだ。




