14話 どこかで見た顔
「――あ、月英姉様! 今日は随分と早いですね」
そう言いながら、丁寧に礼をする均君。
まあ、私よりも小柄なせいか、ひょこっ、みたいな擬音がひびいてきそうなぐらい可愛らしいが。
「はい。せっかく起きたので、均君の手伝いをしようかと思いまして」
「もう。何度も言ったじゃないですか。この家の料理はボクに任せてくださいって」
「いえでも、私って一応、諸葛家の嫁ですし」
「姉様は、姉様にしか出来ないことをやってください。こういう些事はボクにお任せを」
そして、にぱーという完璧な笑顔をする均君。
(……この笑顔を見る限り、たぶん嫌われてはいないよね)
ここ最近の均君は、出会ったときと何かが違う。
分かりやすいのはテンションが違うところだが、私が気になるのはあの顔だ。
なんとも言えない表情……怒っているようにも不機嫌にも悲しそうにも見えるあの顔。
マイナス感情の可能性が高いので、私が嫌われることでもしたのかと思ったが、そうではない気がする。
いや、そうではあってそうではないというか……やはり言語化が難しい。
「すぐに出来ますから、向こうで座っていてください」
心配になって早起きしたのに、逆に気を使われてしまった。
「だったらせめて、野菜ぐらいは……」
「だったら俺が切ろう」
うおっ、急に孔明様が!?
ていうか、相変わらず均君の前では口調とか雰囲気がちょっと違うな。
私の場合も雰囲気が違うが、どちらかというといつも以上にどSになって、こっちをいじってくるというか。
「に、兄様!? お魚やお肉以外の料理はボクがやりますから!」
「ならば、草魚でも焼くか」
そう言いながら、樽に入って泥吐きさせていた魚を取り出し、とんでもない速度と正確さで魚を捌いていく。
……ほんと、天才ってなんでもできるんだな。
「だ、大丈夫ですから! 兄様は大事なお勉強をしてください!」
「気にするな。俺が魚を食べたいだけだ」
「…………」
「あと、そこで腹をすかしているタヌキもな」
「……ぽんぽこ」
……見透かされたのが悔しいので、ちょっとした抗議ということで、たぬきの真似で応える。
それにしても、なんというか美しい兄弟だな。
友達の……まあ、あっちは姉妹だが、なんというかもっと遠慮も容赦もなかったような……
(……おっと、それどころじゃなかった)
そう、以前の祝賀会で少しだけ残ったかぼちゃ……これで漬物の作ったので、状態を見ておきたかったのだ。。
「おお、ついにそれを食卓に出すのか!?」
「いや、浸かりぐらいを見ているだけです。……何度も言いますが、これは貴重なんですからね? 今育てているかぼちゃが失敗したら、たぶん二度と食べられないです」
「なるほど。では食べるか」
「祝賀会でかぼちゃほとんど食べちゃってましたからね。漬物の数も少ないですし、大事に食べないと」
「なるほどな。では食べるか」
……人の話聞いてたか、この新しいものフェチの軍師。
ほんとこういう時のうちの旦那はどうしようもないな。
まあ、キラキラした子どもみたいな目は嫌いではないが。
「あの……今日の野菜の漬物はもう用意してますよ?」
「ああ、大丈夫ですよ。浸かりぐらいを見ているだけなので……うん、よく漬かっていいておいしいですね」
「……おい、大事に食べるのではないのか?」
「味見は必要でしょう?」
「なら、私も協力しよう!」
「……おあずけです」
「なぜだ!?」
……まったく。
大型犬かこの人は。
「ボクもちょっと気になります……」
「はい、均君。あーんしてください」
「え、あの……あ、あーん……」
そして、小型犬の均君には食べさせてあげる。
「おい……」
「おいしくなかったとしても、新しい味は食べ尽くそうとする人は引き続きおあずけです」
「お前……以前にも言ったが、均と私の扱いが違くないか?」
さあ、皆さんご唱和ください。
……お前が言うな!
「……おいしい。ほんのり甘くて、なんというかとても優しい味です」
「気に入ってもらえたようで良かったです。……孔明様? つまみ食いしたら、今後かぼちゃは一切食べるの禁止しますよ」
隠れて食べようとしていた『大型犬』をけん制しつつ、漬物の蓋をしめる。
……よし、状態は覚えた。
少しでも減ってたら、お尻叩いてやる。
「ではやることは済みましたので、私は畑に……」
「…………」
「……均君?」
「あ、なんですか姉さ……っ!?」
急に、崩れ落ちるように倒れる均君。
「……均!」
響く孔明様の心配する声。
そして、人が地面に倒れる音が響き渡る。
「え……?」
……まあ、人が倒れる音は、私が出した音なわけだが。
「……け、怪我はありませんか? 均君」
とっさに均君の下敷きになることに成功した。
私の隣には、均君の持っていた包丁。
……本当、上手くいって良かった。
もし包丁の刃が顔に当たっていたら、確実に大きな怪我になっていただろう。
「……なんでこんな危ないことしたんですか!」
「え?」
私の上で叫ぶ均君。
今まで見たことがない表情、そして懸命な声だった。
「き、均君……?」
「……あ、ごめんなさい。助けてもらっておいて、ボクはなんてことを……」
「……均。ここは俺と月英がやる。部屋に戻るぞ」
「だ、大丈夫です! それに食事はボクの仕事で……」
自分で立ち上がろうとするが、またしてもそのまま私の上に倒れこむ。
「……無理するな」
孔明様に抱えられる均君。
(……足が、殆ど動いていない?)
さっきの包丁といい、手は動いているが、足が上手く動かないようだ。
自分の意思で動かしているつもりが、現実ではまったく動いていない。
意識と動きが同調していない、という感じだ。
「……ごめんなさい、兄様。ご迷惑をおかけします」
「心配するな。俺たちは家族だろう?」
「……はい。ごめんなさい、月英さん。失礼しますね」
そして、均君は私の方に顔を向け、頭を下げて、そのまま孔明様に連れられて行く。
(……またあの顔だ)
去り際、均君はまたあの顔をした。
怒りとも違うなんとも言えない表情……。
そしてこれだけ何度も見たせいか、私もついに自分の中の考えが確信に変わる。
(……やっぱり私、あの表情をどこかで見たことがある)




