2話 神軍師とタヌキ?
――諸葛亮孔明。
亮は諱で字は孔明。
ちなみに、どれが名前だよと調べた時、ざっくり言うと『諸葛』が苗字で、『亮』が本名。
そして『孔明』は社会用の別名みたいなもので、当時のルールとして、本名は家族や主君などの限られた親しい人しか呼んではいけない特別なものらしい。
三顧の礼によって、あの劉備玄徳に三度も頭を下げられて迎えられた、三国志史上もっとも有名な天才軍師。
劉備に授けた『天下三分の計』で弱小勢力だった劉備を一大国家の皇帝へと押し上げ、敵の10万の軍勢を木っ端微塵にするような奇策を連発した。
まあこの人がやった偉業は、小説の方で盛られまくったものも多いらしいから、どこまで本当かは知らんが。
ただ、法律で国をピシャリと統治し、軍の食糧計算から兵器の開発まで、すべての裏方を完璧にこなしたとんでもない超人だった。
と、これが歴史の授業+アニメとかで見た知識なわけだが……
「遠慮しないで食べていいぞ」
私の目の前で、箸で魚を食べているイケメンが、実際の諸葛亮孔明らしい。
(……なんだこの状況?)
心の中で、今の気分を完璧に表した言葉を呟く。
(それにしても、まさか古代中国、しかもかの有名な三国時代とは……)
異世界転移かと思ったら、まさかのタイムスリップ……いや、異世界ではあるのか。
ここから見える棚の上にあるのは、砂時計。
私の三国志知識はたかが知れているが、それでもあれがこの時代の物じゃないことくらいは分かる。
つまりここは、三国時代の中国にある、隆中という村に『そっくりな村』ということだ。
そして、そんなタイムスリップ的異世界転移だけでもありえないが、一番のありえなさは……
「私の嫁だからな。食事を与えていないなどの噂になったら困る」
かの有名な諸葛亮孔明が、私の夫ということだろう。
行き倒れて、タヌキの妖怪扱いされて、次は孔明の妻……どうなってるんだ、私の異世界ライフ。
(まあ、食える時に食っとくのがうちの家訓。とりあえず、食べさせてもらうか)
メニューはお粥と焼いた魚、野菜の漬物。
お粥は……おお、一応白米。
しかもこの魚、草魚か。
水草食いまくる迷惑魚だから、意地でも食えとか言われたけど普通に美味しいやつだ。
しかもなんか、アジア特有の香辛料とかで味付けて、炭火で焼いてるっぽい。
「……いただきます!」
この完璧メニューを見て一気にテンション上がったので、思いっきりがっつく。
お粥! 当たり前だけど素材の味!
野菜の漬物! 同じくほぼ素材の味!
焼き魚! 炭火の香ばしさのあとに、香辛料の刺激、そして最後にやってくるのは――やっぱり素材の味!
総計、全部素材の味!
……いや、覚悟はしていたけどね。
まあ、食べられるだけありがたい。
極限の空腹を味わったあとなら、なおさらだ。
それにこの焼き魚、塩味足りないけどレベル高い。
誰が考えたんだ、これ?
「……ふむ。まずやることは決まったな」
「は?」
「まずは、食を変えていく」
「……は?」
「その顔、満足のいく味ではなかったのだろう?」
う……いきなりバレてる。
「で、何をすればいい?」
「…………は!?」
え、何言ってるのこのイケメン。
なんか、気がつけ隣にいるし!
ていうか、近い近い!
「……水のことといい、何か私の知らない方法があるんだろう?」
「え、いや、その……」
……いや、あるよそりゃ。
こちとら先祖代々、超ド田舎での適度な貧乏暮らし。
料理から農耕機械の代用まで、先人の知恵でなんとかしてきた山の民みたいなもんだ。
「ぜひ、私の知らない知識、タヌキの妖術をご教授願いたいな。シャオリズ?」
……ああ、なるほど。
この人が私を嫁とか言い出した理由がわかった。
諸葛亮孔明は史実通り、知識マニアでござそうろう、ってことね。
「だから、タヌキじゃないです。あと、その胡散臭い笑顔をやめて、さっさと離れてください」
とりあえず、グイグイとイケメンを押し出す。
まあ、この人が私の容姿に一切興味がないこと、嫁とか妻とかいうのも形だけなのはよくわかった。
とりあえず、警戒とかなしで接してよさそうだな。
……私の知識が通じるうちは。
「……ていうか、狸妖怪の話を信じちゃっていいんですか? 水の話だって、噓かもしれませんよ?」
「そこは安心していい。私はお前を信じている。人を見る目はあるつもりだからな」
「え……」
マズい。
ちょっと嬉しいかもしれない。
「それに言ったろ? 私は今、仕官先を考えるぐらいで他にやることがない。狸の妖術にかかるのも、又一興だからな」
……マズい。
この天才イケメン傾奇者、ちょっとぶん殴りたい。
「……やれるといっても、限度がありますよ? うちの村は、ここより色々と設備が整っていたので」
水道とかガス、電気も通ってたしな。
当たり前だが、ここ、荊州の南陽郡鄧県、隆中という村にそんなものはない。
「ならば、そちらの方も村単位で改善していくか」
「……村長でもないのに?」
「学者先生だから、村長にも口が利く。この村をどう変えるか楽しみだ」
……玩具を与えられた子供みたいな顔をする。
なんか、そういう顔をするのはちょっと意外だ。
「まあ、詳しい話は明日詰めるとしよう。今夜はよく休め」
まとめると、私はつまり、天才に拾われた『珍しい玩具』というわけだ。
飽きられない限りは捨てられない。
なので、頑張って孔明様を楽しませろ。
まあ、こんな感じか。
この世界に現代の知識流していいのかとか一瞬思ったが、まあここ異世界だし別にいいだろう。
それに、生きるためなら、人様に迷惑をかけること以外はなんでもするのが我が家の家訓。
せいぜい、タヌキの妖怪として孔明様に仕えてやろうではないか。
私は、あそこで野垂れ死にするのではなく生きることを選んだ。
ならば、懸命に生きる義務が私にはある。
一応このイケメンの孔明さん……いや、様付けしといた方がいいか。
とにかく、孔明様にも恩があるし。
(まあ、なんとかなるだろう)
そう思いながら、用意されたお湯と布で体を拭き、案内された部屋で布団に入る。
「……どうした? 早く寝ろ」
「え、いや……なんで一緒に寝るんですか?」
「夫婦だから当然だろう。お前の国では違うのか?」
「い、いや、まあそうですけど……ひゃうっ!?」
「それに、さすがシャオリズだけあって、お前はタヌキのように暖かい」
「人を湯たんぽみたいに言わないでください!」
そして、当たり前のように私を抱き寄せる孔明さん。
同じ薬湯で体を拭いたとは思えないほど、ふわりと薬草のような、それでいて落ち着く匂いがする……って、それどころではない!
(……近い近い近い!)
三国時代の夫婦って、こんな距離感なの!?
はっきり言って孔明さんは好みではないが、性別上は男!
そして私は、見た目はあれだが、性別上は女なのだ!
さすがにこの距離感はマズい!
「安心しろ。タヌキに手を出すほど飢えてはいない」
「その言い方だと、飢えたら出すみたいじゃないですか!?」
「……なるほど。その発想はなかった」
「なかったんかい!」
「覚えておこう」
「いや、覚えるより先に、とにかく離れ……」
「……すぅ……」
「……寝るの早っ!?」
……寝付くの早すぎだろう。
人の気も知らずに、普通の乙女なら卒倒しそうなイケメン寝顔をさらしおってからに。
はあ……これから先も、こんな調子なのだろうか。
正直、先が思いやられる。
(まあ、なんとかなる……よな?)
その後、すっかり抱き枕代わりにされながら、私は眠りにつくのだった。




