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自転車に乗った月英さん~女子高生、孔明の妻始めました~  作者: イチロウ
1章 孔明の妻始めました

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1話 女子高生、孔明の妻始めました

「……うん。これ、死ぬわ」


 地面に大の字のまま、空に向かって呟く。

 意識は朦朧としているし、お腹はもう、空いた通り越して、気持ち悪い通り越して、痛い通り越して、なんていうかこう……ジャリジャリしている。

 まあ、もう2日も飲まず食わず。

とくに、水を飲んでいないのがヤバいのだろうな。


「……なんでこんなことになったんだろうな~」


私の横には、我が愛車タイガー号がある。

私はつい3日前、この自転車で学校から帰っていた。

途中で頼まれたトマトやら胡麻やら大量の買い物をして、今日の晩ご飯はなんだろう、おじいちゃんがイノシシ獲って来るっていってたからボタン鍋だろうか、なんて考えながら、田舎ならではの山道下り、トンネルを抜けたら……


「……どこだよ、ほんとここ」


 改めて周りを見る。

 そこは、文明の利器がない大自然そのもの。

 遠くに見えるは、この世界に来てすぐに行ってみた、ファーストコンタクトに大失敗したアジアっぽい村。

 田舎ではあるが、電気と電波は通っていて、山降りて国道までいけばコンビニはあるうちを超える、超ド田舎。


「……やっぱり、異世界転移ってやつなのかなぁ」


 明らかに日本ではない。

 あの村にいた人たちの服装から東アジア圏ではあると思うが、日本語以外知らない私の言葉が通じたということは、たぶん異世界だろう。

 つまり、私が授かったチート能力は、どんな言葉も理解できる程度の能力というわけだ。

 あはははは、超いらねー……。


「……まあ、たぶん明日には死ぬし、チート能力のことなんかどうでもいいか」


 正直、もう限界だ。

 自転車に積んである、スーパーで買ったトマトかじればもう少し生きられるかもしれないが、もう腕を上げる気力……いや、『生きる』気力がない。

 なにせここは異世界であり、私を知り、見て、求める人なんてひとりもいない。

 村の人は私の姿を見ると逃げていくというか、遠巻きになっていた。

 歓迎されてない感がひしひしと伝わってきた。

 つまり、人間はいても私はこの世界でひとりぼっちなのだ。


「……人って、ひとりになるとこんなにも気力を失うものなんだな~」


 ……もうどうでもいい。

 潔く死んでおこう。


「……死ぬ前にもう一回、叔母さんの都会土産、超絶なめらかプリン食べたかったな~」

「……聞きなれない食べ物の名だな。それはどんな味だ?」

「え……」


 太陽を遮りながら、知らない顔が私を覗き込んでくる。

 艶のある長い黒髪に、白い肌と紫がかった瞳。

 柔らかな物腰と、貴婦人のような笑顔。

 ……まあつまり、イケメン科胡散臭い属の人間だ。



「まあいい。それで、お前は人間か? それとも、タヌキの妖怪か?」

「は?」


 おいおい、なんて失礼なこと聞いてくるんだこのイケメンは。

 たしかに、農業学校の友だちからは実はタヌキじゃね? とか言われたことはある。

 このクセっ毛と小柄な身長、外で農作業の手伝いやりすぎで、地毛が茶色なのに、さらに色抜けちゃってもう軽く金髪じゃね? とか言われてる髪と、もはや都会にあるらしい日焼けサロンにでも通ってましたか? ぐらい焼けた肌。

運動はしてるのに、よく食べるせいか、微妙に出たお腹。

 うん、やっぱり私、タヌキかも……って違う!

 ていうか、人のことタヌキとか言ってからかってくる男ども!

 お前らが、唯一自慢できる、この巨胸をガン見してるの知ってるからな!


「で、どっちなんだ?」

「……あー、人間のつもりです。たぶん」


 そんな心の葛藤をしつつ、ちゃんと答える。

 にしても、このイケメンはなんの用なんだ? と、思っていると、遠くからこっちを見ている村人たちを見て、大体察した。


(……あ~、これ、マジでタヌキの妖怪と思われてるパターンだわ)


 たぶんこの異世界では私のような容姿は珍しいのだろう。

 いやまあ、地元でも地毛が茶髪の時点で珍しかったが。

 くそ、だから村で話しかけたらガン無視されたのか。


「そうか。ならば、ここで何をしている?」


 そう言いながらイケメンは手をひらひらと動かし、それを見た村人は村へと帰っていく。

 おそらく何かの合図だろう。

 妖怪だったら、衛兵とか呼ばれて狸型モンスターとして討伐対象とかにされていたのかもしれない。


「何をしている……まあ、とりあえず死のうかと」

「とりあえずですることか、それは」

「いや、他にやることないんで」


 いや、本当にないんだ。

 びっくりするほど、生きる理由も気力もないんだ。


「他にやることがないから死ぬ……ふふっ、なるほどな」

「え……」


 そう言いながら、私の横に座るイケメン。

 なんだ、襲う気か? いっておくが、いくら今から死ぬからって抵抗するぞ?


「ほう。なかなか気持ちいいな、これ」


男女二人が、なんか青春の匂いがしそうな草原で寝そべるとかじゃなく、いわゆる道路(整備は一応されているが、まじで普通の砂)の隅で大の字。

なんだこれ。

これは、異世界地方生息のイケメンに流行ってる遊びか?


「なら、私もここで死ぬか。面白そうな仕官先もないしな」


仕官先がない……ああ、この人異世界ニートか。

この村、ぱっと見る限りだが、四方の山に水源もあると、かなり恵まれた土地なのに働かないとは。

私がここに暮らしているなら、思いっきり農業するぞ。

農耕機械がないっていうなら、代用で色々作ったり、あとはあのタイガー号に積んである、スーパーで買ったトマトとか胡麻を食べるんじゃなくて植えるとか。

……あ、やばい、マジで面白そう。


「死ぬ前に教えてくれ、タヌキの妖怪。人はなぜ死ぬ?」


 いやだから人間だっつてんだろ。

 それに、絶賛、遊び盛りの女子学生にそんな哲学的なこと聞くな。


「この国……いや、おそらくこの大陸全土で何百年も前から起きている。いつものように、朝起きて、水を飲み、飯を食って、次の日死んだ」


 ああ、そういうことか。

 危ない危ない、もう少しで、「グラマーな死神からデートに誘われたのさ」とか、親父が好きなアニメの主人公が言ってたセリフで返すところだった。


「この国……いや、おそらくこの大陸全土で何百年も前から起きている。いつものように、朝起きて、水を飲み、飯を食って、次の日死んだ。老衰でもない。ただの子どももだ」


 ああ、そういうことか。

 危ない危ない、もう少しで、「グラマーな死神からデートに誘われたのさ」とか、親父が好きなアニメの主人公が言ってたセリフで返すところだった。


「韓非子を紐解き、五経を修めたところで、目の前の命すら救えない。……村の皆から、学者先生と呼ばれ、慕われようがそんなことも分からない。出来ることは、得体の知れない奴がいるから、妖怪か人間かその知恵で確かめることぐらいだ」


 ……村人じゃなくて、このイケメンが私を人間かどうか確認してきた理由はそれか。

 なんだかいけ好かないイケメンだが、死ぬ前に話し相手になってくれた礼ぐらいはしておこう。


「原因、分かってるじゃないですが。たぶんその水のせいですよ」

「……は?」

「死因を全部見たわけじゃないから、絶対にそうだとは言えませんけど。たぶん水起因の病気か、寄生虫、もしくは細菌ですよ。ここの村、川の水とか煮沸しないでそのまま飲んでますよね?」

「それが当然だろう?」


 ああ、まだそういう知識がないのか。

 どうやら、見た目通りまだそこまで発展していない系の異世界のようだ。


「うちの田舎でも同じことして、腹下して死にかけた人がいますよ。自然の水は絶対に煮沸して消毒と殺菌したものを。あと、さっき村見ましたけど、水源の位置変えた方がいいです。トイレに近すぎるから、あれだと細菌が大量発生する恐れがある」


 あ、やば。

 トイレのこと厠って言った方がいいのか?

 いや、私の言葉(思いっきり日本語喋ってる)が通じるってことは大丈夫だろ。


「あと、死んだ子供って、怪我した状態で、川で遊んだりしませんでしたか? たぶん、最近有名な人食いバクテリアってやつですよ」

「…………」


 うわ、ぽかーんとしてる。

 たぶん、話全然理解してないな。

 だが説明するのが面倒くさいし、もう全部話しておこう。


「もちろん、それだけで全員が死ぬわけではありません。なんなら、死に至るのはきわめて稀です。ですが抵抗力がない人間だったら、傷口から入った菌が全身をめぐり、あっという間に命に関わる重症に陥りますよ」

「川に入っただけで?」

「川に入っただけで、です」


 重症の中には、手足を切断して生き延びられればマシな方。

 鼻の奥から侵入して人間の脳を食い尽くす、致死率9割超えの化け物アメーバまでいるからな。


「村の人に伝えてください。怪我している時は川に入らないこと。あと、できれば肌の露出を抑えること。これを守るだけで、大分、事故率は減りますよ」


 伝えるのはこんなものか。

 ていうか、喉乾いてるのに死ぬほど喋ってメチャ疲れた。


「…………」


 え、何かまた顔を覗き込まれてるんですけど。

 しかも、今回は体勢がいわゆる押し倒されているような感じ。

 やばい、やっぱ襲われるのか?

 いや、さすがにタヌキの妖怪を襲ったりしないか。

 …………おい、襲わないよな?


「……ん」


 しかも、目の前でひょうたんを開けて何か飲みだす。

 おいおい、飢餓状態かつ死ぬほど喉が渇いている人間の前で見せつけるとかいい趣味して……ん?

 なんか、顔が近づいてくるような……!?


「……んぐっ!?」


 いきなりキスされた!?

 しかも、強引に舌で口開けようとしてくる。

 やっば、マジで襲われる!

 しかも、逃げられないように顔抑えられてるとか、これマジで逃げれんやつだ!


(……まあ、死ぬ前に体験するのもありか)


 これはもう無理だろう。

 まあ、相手はイケメンだし、世間一般的に考えたら、タヌキの妖怪にはもったいない男だ。

 もう諦めて任せよう。

 ……ただ! 絶対に化けてでて、この男は妖怪フェチです! と周りに言いふらす!


(……え? これ、水……?)


 そんなことを考えながら、身を任せて力を抜いたせいだろうか。

 思いっきり開いた口から、水が入ってくる。

 正直もう、なんとか喋るゾンビみたいな状態だったので、飲み込もうという気力なしで水が入ってくるのはとても嬉しい。


「……んっ、んっ、んっ!!」


気が付けば、自分からイケメンの口に吸いつくように水を貪っていた。

 どうやら私は、まだ生きたいという意思があったようだ。


「ん……んんっ……ふあっ……」


 ある程度飲んだあと、離れていくイケメンの顔。

 改めて間近で見るととんでもないイケメンだ。

なんだか、悪くないとすら思えてしまう……はっ!? これがいわゆる吊り橋効果ってやつか!?


「生きようという気力は蘇ったか、シャオリーズ?」

「……まあ、おかげさまで」


 しゃおりーず? まあ、なんか分からないが、タヌキ的なものだろう。

 考えるのが面倒だし適当に返す。

 というか、もっと水よこせ。


「……ん? ああ」

「いや、もう口移しとかいらないです! くれるなら普通にください!」


 私のもの欲しそうな目線に気づいてまた口移ししようとしてきたので、慌てて体を起こしながら距離を置く。

 頼むから、そういうのはもっと花も恥じらう乙女にやってくれ。


「そうか。それと干し肉ならあるが、いるか?」

「いただきます!」


 干し肉は、ほぼ脱水症状の私が一番食べてはいけないものな気がするが、ひょうたんの水全部くれそうなのでもらっとく。

 まあ、ふやかしながら食べればなんとかなるだろう。

 ていうか、マジでなんか食わせてくれ、こちとらもうゾンビみたいなもんだ。


「それで、お前の荷物はこの虎模様の鉄馬と、それに積んだ荷物だけか?」

「ふぉうでふけど?」


 モグモグと干し肉を食べながら答える。

 あ、もしかしてタイガー号が狙いか!?

 我が愛車は、異世界ではさぞ珍しいだろうからなあ!

 どうせ死ぬとはいえ、相棒が誰かに手に渡るのだけは許さんぞ。



「では、そろそろ行くぞ、シャオリズ。歩けないなら肩を貸すぞ」

「は?」


 何言ってんだこのイケメン。

 とりあえず、このままだとマズイので、こっちからも動くか。


「……ふたつ質問です」

「なんだ?」

「ひとつめ、シャオリズってなんですか?」

「そのままだろう? 小狸子、タヌキの子ども」


……やっぱりそれ系の意味か。

どいつもこいつも、人の事をタヌキ、タヌキと。


「……私の名前は、月永亜子です」

「ツキナガ……?」

「こう書きます」


 近くにあった石で、地面に漢字で書く。

 あ、ヤバい、言葉通じるけど、文字って大丈夫なのか?


「ああ、ゲツエイか」


 ……通じているが、思いっきり読み間違えられる。

 文字が崩れて読みにくかっただろうか。


「だとしたら、字はこうだな」


 そう言いながら、『月英』と書かれる。

 いや、ゲツエイとしては合ってるんだろうけど、私はツキナガなんだが。

 

「……はあ。もう好きに呼んでください。それで、ふたつめの質問。行くってどこへ?」

「そんなの決まっている」


 いや、何も決まってないのだが?

 そう言いながら、また顔を近づけてくる。

 うわー、イケメンって本当にまつげ長いんだなーとか見ていたら……


「俺の庵だ」


 ……とんでもないことを言いだす。

 なんか、素になったのかちょっとオラオラ系イケメン寄りになってるし。

 おい、狸の妖怪をペットにでもする気かなんて心の中でツッコミを入れていたが、すぐにそれどころではなくなった。

 なぜなら……


「今日からお前は、俺、諸葛亮孔明の妻になるのだからな」

「……は?」


 もっととんでもないことを言いだしたからだ。


「え、は……え?」

「よろしく頼むぞ、シャオリズ♪」


こうして私、月永亜子……いや。

――孔明の妻『黄月英』の人生が始まったのであった。

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