12話 自転車に乗った月英さん
「……さて、どうしたものかな」
目の前に大きな公共水場。
あの日、私が提案した『水道』は恐ろしい勢いで普及した。
それはもちろん、あの三老様たちの力だ。
あれは神仙の御業! その教えを無下にするなど絶対に許されない! と、血眼になって隆中全域に触れ回ったらしい。
そして嗇夫様も、この荊州という国を治める劉表様に歎願してまで、この公共水場制作を推進したらしい。
……ツッコミはあるが、ここまではいいのだ。
問題は、私の目の前にある看板。
この水場の名前が書いてある看板だ。
――月狸水場。
……いや、これはないだろう!
私の名前が付いた……いや、私は月永亜子なので、月しか当たってないのだが、それでも自分の名前が場所の名前になるとか最悪だ!
というか恥ずかしい!
ここはおじいちゃん直伝、クマ殺しの突きで看板を粉砕して……!
「壊したところですぐに建て直されるぞ。なにせ、神仙を称えたものだからな」
そこに現れる旦那様……いや、諸悪の権化。
「そんな目で見たところで、結果は変わらないぞ、シャオリズ。いや、タヌキの神仙様♪」
「あっはっは……神罰与えますよ?」
仙術なんて知らないので、ありったけの怨念をこめて睨みつける。
だが、この腹黒どS軍師にはまったく効果がない……くっ、怨念が足りない!
「それで、気分はどうだ?」
「……それを自分の口で言わせようとするとか、鬼ですか?」
「水場の名前ではない。お前がやり遂げたことについてだ」
「やり遂げたこと……?」
「話しただろう? この水場の評判はすさまじい。おそらくだが、他の国からも視察に色んな人間が現れるだろう」
「へぇ、そうですか」
「断言してやろう。この技術は今は隆中だけだが、いずれは大国をも動かすものになる」
「はあ、そうですか」
「…………」
なんか、驚いたような表情になる孔明様。
へえ、この人にも『驚く』という感情があったんだな。
「えっと、何か?」
「いや、お前は歴史に名を……いや、そうだったな。お前はそういうやつだった」
そう言いながら、私の頭をくしゃくしゃとなでてくる。
「……誰かを救える知識がある者は、義務があって大変だな♪」
「……なっ!? なんでそのことを知って……さてはあの時、どこからか見てましたね!?」
「照れるな照れるな。なかなか言えることではないぞ? 誰かを救える知識がある者は……」
「言うな! 繰り返すな! その口閉じろ~~!!」
そう言いながら一発ぶん殴ろうと近づくが、頭を掴まれような感じで止められる。
空を切った連続の拳は、もはやぐるぐるの駄々っ子パンチ。
くっ、身長が足りない!
「そんな恥ずかしい嫁をもって、さぞ後悔されているでしょうねぇ! いつでも離縁していただいて結構ですから!」
とりあえず、なんか悔しいので叫んでみる。
決して負け惜しみではない!
「……離縁?」
……おや?
なんか予想していた反応と違う。
急に目が真面目というか……え!?
「ちょっ、急に手を離さな……わぷっ!」
急に手を放され、勢い余った私は孔明様の胸元に顔から思いっきりぶつかる。
「もう、いきなりなんです……か……」
……上を向くと、すぐそこには孔明様の顔。
「あ、あの……?」
息遣いも、心臓の音まで聞こえてくる距離だった。
「……お前を手放すつもりはないが?」
「あの……それって……」
「……兄様、姉様? 公衆の面前なのを忘れていませんか?」
「えっ、あっ!?」
気がつけば、色んな人が、なんだったら通行人が足を止めてまでこっちを見てる!
というか、均くんもいつ来たの……って、孔明様がいる時点でいる可能性高いか。
足が悪い均君が外に出るということは、必ず孔明様が付き添ってるわけだし。
「……その、夫婦の営みは、庵でしていただく方向で」
「では、そうするか」
「いやするな! 断固拒否します! NO!!」
そんな私の反応をみて、笑っている孔明様!
くっ、さっきのもからかっただけか!
本当にたちの悪い腹黒どS軍師だな!
「…………」
うわ、均君無言で怒ってるよ。
あ、いや、怒っているのとは違う表情か。
言語化が難しい……というかこの表情、どこかで見たような?
「おっと、孔明様。月英さんのひとり占めはなしだぜ?」
「そうそう。養蜂について聞きたいことがあるって、あたしたちが予約してるんだからね!」
「そういえばそうでしたね。ちょっと、タイガー号を持ってくるので待ってください」
「お、出たね自転車……いや、虎戦車!」
「変な名前をつけないでください」
そして私は、近くにとめていたタイガー号にまたがる。
あとで聞いた話だが、この自転車にいつも乗るせいか、私は隆中のみんなにこう呼ばれているらしい。
「では孔明様、行ってきます」
「ああ、夕飯までに戻れよ」
――自転車に乗った月英さん、と。




