11話 タヌキ仙人爆誕(私はタヌキではない)
「……え~、このように、水を大量に出してしまった場合は、慌てず取っ手を逆回転すればすぐ止まります」
私の説明を聞く、濡れネズミ4人衆。
なんというか、シュールな絵面だ。
そして、なんか均君が近寄ってきて、胸元を手ぬぐいで拭いた後に着物を正してくる。
むう……そんなに濡れタヌキは見苦しかったのだろうか?
「あ、もちろんですが、水の勢いはこの取手で調整できて……」
「……もういいですよ。月英殿」
お、嗇夫様がまた、メガネくいっとしている。
ただ、今回はいつもと様子が違う。
「これ以上聞いたら、自分の知る常識の全てを、根本から疑ってしまいそうなので」
「わしもだ。いやはや、孔明先生はいつも突拍子もないことを言ってくるが、今回はそれ以上だ……」
三老様もなんか疲れている。
いやいや、この程度、あの陰険イケメン天才のトンデモ思考から考えたら大分マシですよ?
こっちに偶然持ち込むことになった野菜から、繁殖させられそうな種を取り出す作業をしてた時、この形状や果実なら~とか言いながら、特徴だけじゃなくて、大体の育て方とか、育てるならこの地方とか、全部言い当てやがる変態ですから。
「……嗇夫殿、いかがする?」
「正直に言うと、困った、というところですね」
「え……何か、説明に不足がありましたか? 分からないところは質問していただいても……」
そう語る私を、嗇夫様は手を前に出して制する。
「勘違いしないでいただきたいのは、月英殿を疑う気は一切ない。説明も全て合点がいくし、結果も文字通り、身をもって味わいました」
「うむ。この『水道』を隆中に広めるのは問題ない。濁っていない水を見せて、川の水より安全というのも簡単であり、おそらくだが、結果は1年以内に出るだろう」
「私も同意見です。竹を使うなら予算も少なく済みます。これならば、隆中の職人を集めて、公共の水場を作りたいぐらいです」
「では、何故……」
「……月英殿。あなたは、人が空を飛べると言われ、実際に空を飛んでる姿を見たとしても、自分も飛べると思うかね?」
「えっと……」
……無理、だと思う。
別の話にはなるが、飛行機は飛ぶものだと分かっているし、理屈も分かるし、実際に乗って飛んだが、それでもあんな巨大な金属の塊が飛ぶことを完全には受け入れられない。
「つまり、突拍子もなさすぎるんじゃよ。はっきり言って、神仙や妖術の領域じゃ」
「私たちは説明を受けたので、かろうじて理解できます。ですが、隆中に広めるとなると話が変わってくる」
「推進はするし、水の重要性も正しさを認め、広めていくことに協力する。じゃが、普及するとしたら百年後、かもしれんな」
困った顔になる三老様たち。
「月英姉様……」
均君も私のことを心配そうに見つめてくる。
分かっているよ、均君。
普及にそんなにかかっては……いや、その間に亡くなる命があっては駄目なんだ。
「で、でも……」
「お、お待たせしま……うわ~~っと!」
そこに現れる、自転車に乗った孔明様。
しかも、ハンドル操作をミスったのか、転んでしまう。
「ふう……やはり、月英にしかこの自転車は完全には扱えませんね……」
「いや、孔明様は完全に……」
駆け寄って孔明様の体を起こす私。
その口を、しーっ、とばかりに指先で触れてくる。
「おふたりの前で無様な姿を見せましたね。これは自転車と言いまして、月英がもつ『車』です」
「く、車?」
「本来は馬のように複数人乗せられるので、鍛冶屋を乗せてこようと思ったのですが、やはり私には扱いきれませんでした……」
「こ、孔明先生が扱えない?」
「あの、それはどういうものなのですか?」
「見せた方が早いでしょう。月英。ちょっとこの自転車で付近を一周してください」
「は、はあ。構いませんけど」
「ああ、それと『全速力』でお願いしますね」
とりあえず、自転車にまたがる。
うーん、こんなことしている場合じゃないのだが、とりあえず言われた通りにしてみるか。
毎日、数キロ先にある学校までこのタイガー号で山を越え、坂を下って培われた私の自転車ドライビングテクニックを見せてやる!
「……とりゃあぁああ~~!!」
思いっきり風を切り、かなりの速度で一周する。
ふっ、このタイガー号は、いつでも使えるように完全フルカスタムしている。
頑丈さだけでなく、スピードも超一級!
見せてあげましょう、タイガー号の素晴らしさを!
そんなことを思いながら、爆走する。
(あ~、やっぱ風を切って走るのって気持ちいいな~)
我ながら、かなりの速度がでている。
均君のキラキラした目を感じながら、さらなる速度を求めて走り切る。
ちょっとからかうように三老様たちのそばを通り、勢いのまま2周!
間違いない、今の私は世界最速の女!
……まあ、絶対違うのだが。
(おっと、さすがにこれぐらいにしとくか)
そのままスピードを落としつつ、もといた場所に戻る。
ふっ、また世界を縮めてしまった、とか思っていたら……
「月英狸仙……」
「……は?」
なんか、三老様から、とんでもない呼ばれ方をする。
いや、もうタヌキは諦めつつあるが、仙人?
「あの速度で、しかも馬車よりも自在に曲がれる……崑崙山に住まわれる仙人さまや、西王母様が使われる車に違いない……!」
「まさか、生きているうちに仙術を拝めるとは……!」
いや、ちょっと待ってくれ。
仙術? これただの科学と言うか……
「教えを広めるのはお任せを、月英狸仙!」
「神仙が我らに与えてくださった、まさに神の技術である『水道』も、必ず広めてみせます!」
「いや、だからあの……」
「こうしてはおれん! いくぞ嗇夫殿!」
「はい! 孔明様、月英狸仙! 後日、職人とともに参ります!」
もう、とんでもない勢いで去っていく、三老様と嗇夫様。
取り残されたかのような私たちの前を、ぴゅ~~……というなんだか情けない風が吹く。
「……諮りましたね、孔明様?」
「言っただろう? 確率をあげる策があると」
「もしかして、毎日市場とかに言って、『狸の妖怪みたいな妻を娶った』とかいうのも、私が人間じゃないかもっていう布石ですか?」
「まあな。重要なのは、『人ではない』と伝えておくこと。世の人間は、害あるものを妖怪と呼んで恐怖し、利があるものは仙人と呼んで崇拝するからな」
……まさに、孔明の罠ってわけか。
「いや、こんな強力な策があるなら最初に言ってください。これなら、多層ろ過機だけでもなんとかなったんじゃないですか?」
「かもしれんな。だが、やるからには徹底的にやるべきだろう? 私の策は、お前の『水道』がなければ、完璧とは言えなかった」
「…………そうですか」
……むう。
悔しいけど、褒められるのは少し嬉しいな。
「お見事でした、兄様、姉様」
そこに現れる均君。
おや、少し意外だ。
もっと、好き好き兄様的なオーラで来るかと思ったが。
それに、なんだかいつもと違う表情と言うか……これが噂の、限界突破して賢者モードというやつか?
「さて、今日は勝利を祝して祝宴を開くか」
「だったら、ご馳走にしなくてはですね! 今日はお粥ではなく白米に、濃いめに味付けた白米と野菜の混ぜ物、他にも……」
「……米以外のものもお願いします」
まあ、何はともあれたしかに勝利だ。
私の知る知識で、誰かを救えるかもしれない。
今はこの結果を噛みしめよう。
それに……
「大事に取ってある、お前の国の野菜を出す時ではないか?」
「ダメです。……まったく。足が早いからって、種取り出したあとのトマトを食べさせたのは失敗でしたね」
思った以上に、私の旦那様は面白い人のようだ。
……まあ実際は、ご主人様とペットのタヌキみたいな関係なんだが。
ていうか、孔明様が本当に好きな人が出た時、触れ周った夫婦関係はどうするんだ?
「そういうな。俺は、あの塩漬けで保管している、カボチャというのがいいぞ」
「おあずけ」
「あ、あの、月英姉様。僕もあの綺麗な野菜は食べてみたいです」
「簡単な煮物にしますね。楽しみにしていてください」
「……前々から思っていたが、私と均の扱いに差がないか?」
「気のせいですよ、旦那様」
この世界で歩んだ第一歩。
今後どうなるか分からないが、しっかりと、後悔がないように歩んでいかないとな。




