第7話 大きな音で全て変わる瞬間に
赤い三角屋根の真四角の窓から見えるのは、オスタワ王国のエリーサベト・モルベリたちの音楽レッスン。外では大きな音が鳴ると、あちこちに鳩が飛び交っていた。楽器演奏の初心者の音はとてつもなく大きかった。
音楽レッスン講師のヨセフィン・ユーホルトは、タクトで譜面台を何度も軽くたたいた。
「――――ちょっと待ってください。さっきの音は大きすぎます。優しく、そっと引いてみてください」
マンツーマンで指導されていたのは、コントラバスを抱えたフェリシア・リドマンだった。大人数で演奏会をしようとエリーサベト・モルベリの思いつきで決まったため、額に筋を消すことができずに渋々レッスンに参加していた。
「こ、こうですか。全然、やったことないので、無理ですよ」
「ちょっと、待って。フェリシア様、これはこう持つのです。人差し指と中指でこれを抑えてください。あとは、深呼吸してそっと引いてくださいね。さっきみたいに豪快には引かないでください」
ヨセフィン・ユーホルトは、ギロリと悪魔のような目でフェリシア・リドマンを見た。隣で見ていたエリーサベト・モルベリとパトリック・フェリデンはいつものようにフルートを持ち、そのさらに隣ではナッカーラの前でマレットを持つダリウス・リドマンがいた。
「なんで、俺は打楽器なんだよ。兄さんも簡単な打楽器をさせれば良かったのに……」
「ダリウス、静かにして。フェリシアが自分から難しいのがやりたいって言ったんだから。簡単なものなら、子どもでもできるって強がったのよ!」
「え、そうだったのか。俺がトイレに行っている間にそんなことが起きたのか」
「ダリウスは大事な時にいなくなるものね。エリーサ、声大きいわよ。本人に聞こえちゃうじゃない」
「あ、嘘。ごめんなさい」
エリーサベト・モルベリは小さい声でダリウス・リドマンに話していたが、予想よりも大きな声になっていたようで、フェリシア本人の耳がぴくッと動き始めていた。
「へん、こ、こんなもの。すぐに覚えられるつぅーの」
「いいですか! 何回も言わせないでください。ここはこうです!!」
「は、はい……」
3人の声をしっかり聞いていたフェリシア・リドマンは、複雑な顔をして不機嫌になっていると、講師のヨセフィン・ユーホルトにぐいぐいと腕を引っ張られてコントラバスの弓を引かせられていた。幼き子どもに世話をされている母親のような雰囲気にも見えなくもない。恥ずかしくなったフェリシア・リドマンは、急に立ち上がり、部屋を出て行った。コントラバスは椅子に引っかかった状態で置かれていたが、倒れそうなところを、出入り口で待機していたキュリアクス・ゲウサに支えられていた。
「無理にさせることはないだろうに……」
「キュリアクス! しーっ」
その一言を廊下に出たフェリシア・リドマンは鼻息を荒くし、顔を真っ赤して力強く大きな音を立てて、立ち去って行った。
「俺は、もうやらん!!」
「あーあ。不機嫌になっちゃったわ」
「誰のせいだよ、誰の!」
「えー、ダリウスでしょう?」
「違うって。この演奏会するって言ったエリーサだろ」
「そんな、まさか!?」
エリーサベト・モルベリは、目を見開いて皆の顔を見つめる。じーっと冷めた目で見つめられる。時が止まった気がした。
「嘘、でしょう。いやぁ、だって。みんなでやればさらに親密になれると思って。楽しいって……余計なお世話だったかしら?」
「うん、かなり!」
「私も賛成はしなかったわ。エリーサ、押しが強いから。あの人、音痴だからやめておいた方が良いわよ」
パトリック・フェリデンは冷静な表情で何度も頷きながら、話す。何の状況も知らないはずのヨセフィン・ユーホルトも同じように何度も頷いた。ダリウス・リドマンは、肩をすくめて、目をつぶる。
「俺は、言ったんだ。反対だって」
「そんなの、聞いてない! 今、言ったじゃない」
「え、そうだったかな? ごめんな」
「全く、何なのよ。みんなしてぇ。今日はレッスン解散!」
エリーサベト・モルベリはモヤモヤした気持ちのまま、防音室から退室した。
ヨセフィン・ユーホルトは、ため息を大きくつくと、譜面台を片付け始めた。
「お気持ちお察ししますよ」
キュリアクス・ゲウサはそっと近くによって、同じように譜面台を片付け始めた。
「今に始まったことじゃないので、慣れていますよ。休憩時間が増えたと思えば気が楽です」
「そうでしたか。あ、まさか、エリーサ様のことですか」
「……ええ、その通りです」
ニコッと複雑な笑顔を向ける講師のヨセフィン・ユーホルトの闇は深いことが皆分かった。
「レッスンって大変よねぇ。いろんな意味で」
「俺もやっぱやめようかな」
「そうした方が賢明よ。女子の輪に入るのは簡単なことじゃないわ」
「そういう意味でやめるんじゃないんだけどね」
「え? そうなの」
「まぁまぁ。女子同士、楽しくやってよ。ね」
「今日はレッスン終わりだけど……」
「うん」
ダリウス・リドマンは顔を伏せながら、部屋を出て行った。パトリック・
フェリデンは、何を考えているのだろうと不思議に思いながら、フルートをケースに入れた。練習がしたいだけなのに、できない日もあるのかと複雑な顔をさせていた。




