第2話 一触即発のムードが漂う時間
この物語の主人公、悪役令嬢だったはずのエリーサベト・モルベリは、オスタワ王国の思いやりのある令嬢に変貌した。
何がどう変貌したかというと、隣の国のギノノ王国の令嬢パトリック・フェリデンとバテドロン王国の令息フェリシア・リドマンとダリウス・リドマンが彼女の部屋の前で硬直するという異例の事態と化しているところに、エリーサベト・モルベリは間に入る。
何が問題かと言うと、パトリック・フェリデンとフェリシア・リドマンは、元婚約者と複雑な関係である。そして、自国であるギノノ王国に帰ることを拒み、幼馴染でもあったオスタワ国に居候状態であった。
一方、フェリシア・リドマンは婚約破棄したことにより、バテドロン王国のヴァランティーヌ・リドマン王妃に強い嫌悪を示されて、亡命同然に弟のダリウス・リドマンを引き連れて、オスタワ王国に逃げ込んだ。お酒を飲みながら、カードゲームなどを楽しんでいるうちにフェリシア・リドマンは、記憶を無くすくらいにお酒に溺れていた。部屋の外に出ようとした際に、たまたま通りかかったパトリック・フェリデンと鉢合わせしてしまう。
「え、ちょっと、一体どういうことなの。エリーサ、ここになんで……いるの?!」
名前を言うのを躊躇してしまうパトリック・フェリデン。フェリシア・リドマンの顔を思いっきり指差して、エリーサベト・モルベリに問い詰めた。
「ん? うーーん。ど、どういうことだろうねぇ。今日は、晴れているかなぁ? えっとぉ」
エリーサベト・モルベリは、パトリック・フェリデンの言葉を真に受けず、窓の外を眺めはじめた。深夜から飲み始めていたエリーサ、フェリシア、ダリウスの3人は今、朝だということを把握していない。そして、何事も無かったように不機嫌な顔をして、何も言わずに王座の間に行こうとするフェリシア・リドマンの姿があった。さらに後ろからダリウス・リドマンは、青白い顔をして、口をおさえながら、壁伝いにやってくる。何が何だか、現実を受け入れられないパトリック・フェリデンだった。
「うぇっぷ……飲みすぎたわ。すっげー気持ち悪いわ」
「え? 何、ちょっと、なんで、ダリウスまでここにいるの? 誰かぁ! 説明してちょうだいよ。どういうことなのぉ~」
明後日の方向を見るエリーサベト・モルベリ。パトリック・フェリデンの言葉など聞いてもいない。さっきまで、スンとした顔をしていたフェリシア・リドマンはここにはいない。目の前にいるのは、気持ち悪い顔をしたダリウス・リドマンの姿だけ。エリーサベト・モルベリの部屋からチラリとキュリアクスが覗いている。
「げーーーー」
「ぎゃああぁあああーーーーーー!」
パトリック・フェリデンは、見事にダリウス・リドマンのお口から出されるキラキラしているものを体で受け止めてしまった。オスタワ国のお城中にパトリック・フェリデンの悲鳴が響き渡る。こんな仕打ち今まで感じたことが無かった。顔がげっそりなっていく。
「あーーーー、出せたぁ。本当にすっきりしたよぉ。あー、あれ? 兄さんじゃない?」
「こんにちは。いや、おはようございますかしら? ダリウス?」
お口から出すものを出せたダリウス・リドマンは、正気に戻り、ハッと顔を上げる。まさか、ここにパトリック・フェリデンがいるとは想像をすることができず、広いお城の端っこの端っこまで後ろ向きでダッシュで逃げた。今まで出したことのない逃げ足だ。何も言わずに土下座をして、何度も頭を下げる。さらにまたお口からキラキラしたものが床に落ちる。下げた額には、何度も床に打ち付けて、血が飛び散っていた。
「大丈夫、大丈夫よぉ」
青筋を立てて、両手出してにこやかに言うパトリック・フェリデン。余計に怖い。着ていたドレスが滅茶苦茶になっていた。この世のものとは思えないほどの色合いに変色している。
「パトリック、すぐにお風呂に行きましょう!! そ、そうそう。最近、新作のドレスを買ったの。ぜひ、パトリックに着てもらいたいと思ってて。はい、こっちよ。こっち」
いくらでも気をこちらに向かせようと必死のエリーサベト・モンベリ。パトリック・フェリデンは見え透いた誘導だと気付きながら、すぐに着替えたいの一心で黙って着いて歩いた。
「パトリック様ぁ~~、何でもしますからぁ、許してくださぁーーい」
ダリウス・リドマンは、さらに続けて床に額を打ち付ける。涙がだだ漏れだ。お酒の力もあるのだろうか、土下座で謝ることをやめなかった。
「エリーサ、ダリウスはどうすればいいかしら」
「そうね、ああ言ってることだしぃ、私たちの召使いにしましょう」
「……ナイスアイデアね。早く、お風呂に連れてって。新作のドレスも楽しみだわ」 「そ、そうでしょう。そうでしょう。行きましょう」
ダリウスを放っておいたまま、2人はご機嫌に大浴場へと隣同士スキップで移動していた。城の中に誤って入ってきていた鳩が一羽、鳴きはじめると、ダリウスの鼻のを餌と間違ってつんつんとつついた。
「いたたた……ダメだ。これじゃ、ダメなんだ。もっと謝らないと」
ダリウスは鳩に向かって、何度も土下座し始めた。鳩も連動して、床をつんつんする。酔いはまだ覚めていないようだった。




