第1話 幼馴染のジレンマ
オスタワ王国の赤い三角屋根には純白の鳩2羽が雲一つない空を眺めていた。昨夜の土砂降りの雨が嘘のようだった。
「エリーサベト様、お食事をお持ちいたしました。こちらでよろしいでしょうか」
夜中に全員大集合のようにどんちゃん騒ぎでエリーサベトの部屋でお酒を飲み明かした。バテドロン王国のフェリシア・リドマン侯爵とダリウス・リドマン伯爵が真夜中に訪問すると、そのままカードゲームに夢中になり、幼少期のアルバムを引っ張り出して、懐かしの思い出話を繰り広げていた。
「あら、マーナ。もうそんな時間なの? まさかずっと起きていたなんて、話に夢中になるわけだわ。フェリシア、好きなものを召し上がって。ダリウス、あなたにはお手製のパンをご馳走してあげましょうか?」
侍女のマーナが持ってきたのは、バイキング形式の食事の数々。前菜からメインディッシュまで全て揃っていた。まるでディナー並みのメニューだ。話を聞きつけたオスタワ王国の王様であるオレリアン・モルベリは、豪華な食事を用意しろという命令が下った。
「父上も随分奮発するわね。たかが、幼馴染のフェリシアとダリウスだっていうのに……」
ブツブツと小声で話すと出入り口付近で腕組をしていたガードマンがエリーサベトの耳元でキュリアクス・ゲウサが話し出す。
「オレリアン王は恐れているんですよ。国同士の喧嘩にならないことを……今はピリピリモードなのはご存じでしょう。パトリック様をお預かりしている我が国としては心中穏やかではいられないんですよ?」
「……ええ? パトリックは何も関係ないんじゃないの? 今回の婚約破棄は妹のハンナが原因でしょうよ。ナマスールだって、おとなしいし喧嘩嫌いだった性格だから何も影響はないはずよ」
「ですから、色々事情があるんですって! だから、こうやっておもてなしして、平和に事が進むのを期待してるのですよ。王様の事情を察してあげてくださいまし!」
「……ふん。そうやって、私よりも他人の方優先するんだから。いつもそうよ。父上は」
「あ、あの、その……エリーサベト様?」
さっきまで怒っていなかったエリーサベトの表情が暗くなる。キュリアクス・ゲウサは余計なことを言ってしまったかと両目を覆った。さっきの続きのカードゲームをしようとお酒で酔いが回りすぎているフェリシアとダリウスは、顔を真っ赤にしてカードを床に散らかした。
「何してるのよ。ほら、続きやるわよぉ~」
「もう、私の負けでいい。エリーサ、お前に譲るわ」
「勝ちを譲るなんて、そんな面白くないこと言わないで頂戴。ほら、ダリウス。兄様の代わりにやって頂戴」
「えー、私? もう無理ですって。私もエリーサに譲ります。負けましたぁ!」
土下座して謝るような格好になっていた。一体何をやらせているんだとエリーサベトは、複雑な顔をして、散らかったカードを集めた。
「もう、情けないわねぇ。2人とも。そんなんだから、両親に見捨てられるのよぉ~」
「何をぉおおー、よくも言ったなぁ……ハハハハ。そんなの分かっているから、ここにいるんじゃないか。エリーサ、よく考えてみろよぉ」
「本当に。とっくの昔におかしな兄弟だって、知ってるでしょうが。ねぇ、兄さん」
2人はお互いに肩を組みあい、お酒の入った瓶を持ちながら、ぐびぐび飲んで歌を歌い始めた。朝だというのに夜のパーティのような空間だ。騒がしくて、そばにいられなくなったエリーサベトは、そそくさと抜け出して廊下の方へ移動した。
「ふぅ……さすがに大人になってからの一夜漬けは身体に毒ね。何だか気持ち悪くなってきたわ」
お腹をおさえながら、トイレの方へ向かおうとすると侍女のジュリと一緒に歩いていたパトリック・フェリデンの姿があった。
「あら、エリーサ。どこに行くの? 何だか、エリーサの部屋が騒がしいのね。どなたか来客?」
今日初めて会ったエリーサベトとパトリック。フェリデンとダリウスが夜に訪問してきたことはまだ知らなかった。ちらりとエリーサベトの部屋を覗こうとしたが、エリーサベトはこっちと体をずらして見ないように誘導する。
「ううん。大丈夫。そのうち、彼らは帰るから。うるさいところ好きじゃないでしょう。ごめんね」
「別に平気よ。最近はずっと静かで落ち着いたところにいたから、たまには賑やかなところもいいかなって気持ちが動いているわ」
「え、いや、その……元気にならなくて大丈夫よ、パトリック」
「え? エリーサ、それどういう意味?」
パトリックは部屋の中でこもりっきりの生活が多くあったため、誰かと話すのが新鮮だった。歌が聞こえて楽しそうだと思ったパトリックは、エリーサベトの部屋のドアを開けようとした。
「あ、パトリック! 急用を思い出したわ。最近ね、キュリアクスが新しいダーツの的を用意してくれたの。最新型よ。一緒にダーツを楽しみましょう」
「急すぎるわね。ダーツ? 今、歌を歌っていたんじゃないの?」
ぐいぐいとパトリックの腕を引っ張るエリーサベトに横にいた侍女のジュリは大丈夫かと心配になる。後ろ髪をひかれるようにパトリックは、仕方なしにエリーサベトの後ろを着いていく。少し進んだところに遊戯室があった。そこに連れて行こうと考えたエリーサベトだったが、嫌な予感しかしない。閉じていたはずのエリーサベトの部屋のドアがぎぎっと開いた。
「エリーサ~、どこに行くんだよ。これからまたチェスをしようと言っていたじゃないかぁ!」
顔を猿のように真っ赤にニヘラニヘラ笑いながら、やってきたのはフェリシア・リドマンだった。一瞬、録画の停止ボタンが押されたように皆が硬直した。目と目が合う。目の前にいる人が誰かが瞬時に理解できた。
「あ、あ、あ、あ!!? な、なんでこんなところに?!」
「……ふん」
急に冷たい態度をとるフェリシア・リドマン。パトリック・フェリデンの前ではそいう顔を見せるらしい。まずいところに遭遇したと慌てるエリーサベトは、しばらく廊下をぐるぐる回って考え事をしていた。動物の動きを見ているようで、周りにいた皆は、じっと見つめて何も言うことは無かった。




