第10話 不意に訪れる夜の訪問者
雨が降る夜、焦げた匂いがどこからか漂ってくる。なんだろうと、辺りを見渡した。遠くを見つめると、月が輝く草原の向こうから丸い光るものが見えた。夢を見ているのだろうか。エリーサベト・モルベリは、着ていたネグリジェの上にカーディガンを羽織り、ベランダからじっと外を覗き込む。馬の駈歩の音が響く。こんな夜にリズミカルな音がするなんて、と目を凝らした。光っていたのは松明の光だった。
「エリーサ!!」
聞いたことのある声が馬に跨り、叫んでいる。衛兵が何者かが襲い掛かって来たのかと慌てて、2人の門番がハルバードをクロスさせていた。
「何者だ!? ここに入ることは許されぬぞ」
「おっと、王女の友人を邪険に扱うのか!」
「……友人ですと?? 名前を名乗れ」
マントを全身にかぶり、顔を見せぬ男は高価な馬に跨り、鼻をこすった。目を見ることはできない。遠くから、見ていたエリーサベト・モルベリは、何が起きたのかと、正門の前に薄着のまま傘をさしながら、駆け付けた。
「手荒な対応はおやめなさい! あたしが対応するわ」
「エリーサベト様。こんな夜に訪問するものなど、野蛮な者に決まってます。私たちが対応いたしますので、後ろに下がっていてください!」
ぐぐぐっと門番たちは、エリーサベトを後ろへと誘導するが、ハルバードに手をかけて、男は、ぐいぐい中へ入ろうとする。
「……フェリシアだ! そう言えば、分かるだろ!!」
「え? 嘘。フェリシアがなぜ、ここに。こんな夜になんて、来るなんて……」
「頼む! 今までのことは全て忘れてくれ。私をここの城に入れさせてくれ。なんでもするから!!」
「え? ちょっと待って。まさか、それって、もしかして亡命ってこと?」
「エリーサベト様! いかがされますか?」
門番はうなだれるフェリシア・リドマンにどう対応すべきか困惑する。そこへ、もう一頭こちらもリズミカルな馬の駈歩の音が聞こえる。フェリシア・リドマンと同じようにマントを顔が見えないように深くかぶっていた。
「兄さん、早すぎる。僕を置いておくなんて!」
顔が見えなくても声で気づくエリーサベト・モルベリ。にやりと口角を上げて、じっと2人を見た。夜にやってきたのは、バテドロン王国のフェリシア・リドマン侯爵とダリウス・リドマン伯爵だ。先日、パトリック・フェリデンの弟のナマスール・フェリデンが、バテドロン王国の長女であるハンナ・リドマンとの婚約儀式を行われていたが、色々あった中での婚約破棄騒動が生まれていた。なぜ、そうなったかはエリーサベト・モルベリは知らない。
「一体、こんな夜に何があったかと思ったら……びしょ濡れの雨の中でご機嫌な馬もどうかしてると思うわ」
「この馬のジャックもエリーサベトに会いたくて仕方ないんだ。エリーサベトは人だけじゃなくて、馬からも好かれているとはなぁ」
「……それって褒められているのかなぁ?」
しばし沈黙が続いたが、詳しい話を2人から聞こうと、門番たちを説得して、中へと誘導した。今日の夜は眠るのが遅くなるだろうと予測する。
雨脚が強くなると、お城のそばにある小川の勢いも増した。




