第8話 父と娘の会話は長くは続かない
オスタワ王国の地下にあるオシャレなバーで側近であるフロレンチノ・カブラルを引き連れて、ダーツに夢中になるオレリアン・モルベリを少し遠くからシャンパンを飲みながら、じっと見つめるエリーサベト・モルベリの姿があった。ひゃっくりが止まらないくらいお酒が入っていた。
「エリーサ。そんなに飲んで大丈夫なのか。おや、パトリックはどうしたんだ?」
ダーツを真ん中に差し込み、満足気な顔をするオレリアン・モルベリは、カウンターに戻り、クラフトビールを大きなジョッキでぐいっと飲んだ。
「オレリアン様も、飲みすぎ注意ですよ」
側近のフロレンチノ・カブラルは細い目を歪ませながら、心配する。
「わしは大丈夫だ。このくらい!」
「そうよ、父上こそ、もう年なんだから。気を付けて」
「そうだよなぁ。エリーサも大人なんだから、わしも取ったわけだ。本当にいつ花婿が来てもおかしくないんだ。うん、そうだ。よし、飲むぞ」
オレリアン王は、話を勝手に終わらせて、何事も無かったようにジョッキをさらにぐいっと持ち上げて、飲んだ。
(私、婿を呼び寄せるなんて一言も言ってないのに、父上の妄想が激しいわ)
「……パトリックが悩んでいたわ。婚約破棄になったというのに、弟のナマスール準男爵がハンナ・リドマン様と婚約されるって話だわ。こんな悲劇ありえないわ」
「なんで、急にパトリックの話になるんだ。ん? リドマン? フェリシアのことか。あー、婚約破棄は聞いていたが、準男爵が婚約するって話は聞いてないな。あちらはリドマン家と繋がりが深いなぁ。ほう……」
「父・上!? 話を聞いておりますか? パトリックのお立場をお考えになってみてくださいよぉ!」
「なぬ? パトリック? あ……まぁ。気の毒ではあるなぁ。でも、仕方あるまい。そういう人生を歩むことを選択なされたのだから。エリーサには関係のない話だろう」
オレリアンは、エリーサベト・モルベリのガンガン来る圧力にタジタジになりながら、バーテンダーにワインを注文した。ダーツをまたやりにいこうと立ち上がる。
「ちょっと、まだ話は終わってないわ」
「別にダーツをしてもよかろう。話は聞けるから!」
「……真剣な話をこれからしようと思ったのに!! もういいわ!!」
エリーサベト・モルベリは、オレリアン・モルベリに頼みごとをしようとここの地下室まで降りてきた。いつもなら、早々に寝る時間であることをオレリアンは分かっていない。真剣な話をこれからという時にダーツに夢中になっている。呆れて、話す気力を失った。
「ちょっと、まちなさい。今、やめるから」
「いえ、もういいわ。今の父上には正確な判断ができないから。おやすみなさい!」
エリーサベト・モルベリは、残り少ないシャンパンをぐいっと飲み干して、勢いに任せて力いっぱいに扉を閉めて、上って行った。
目をつぶってしまうくらいの扉の音に皆は驚いていた。
「そんなにいきおいよく閉めなくてもよかろう」
「お嬢様は何か言いたかったかもしれませんね」
「ん~? そうだったのか」
「ここにいらっしゃるのはなかなか無いですからね」
側近のフロレンチノ・カブラルは、少し口角を上げた。申し訳ないことをしたと目を伏せるオレリアン・モルベリだった。
「アルコールの強いものを出せ。今日は飲むぞ!」
「オレリアン様!!」
「いーや、飲んで忘れる。娘のことを気づけないダメな親なんだ。今日くらい飲ませておくれ」
「お待たせしました。ヒポクロスです」
バーテンダーはカウンターにグラスを置くと、オレリアンは一気に飲み干した。
「あ……早い」
あまりにも強烈なアルコール度数であることを知っていたバーテンダーは目を見開いて驚いた。オレリアンは、飲み終えると、背中からばったりと床に倒れてしまった。
「オレリアン様!!!」
目はぐるぐる、顔は全体真っ赤になり、呂律はまわっていなかった。
「まったく、世話の焼ける王様ですね……」
フロレンチノ・カブラルは、バーテンダーとともにオレリアンの大きな体を起こして、ゆっくりと運んだ。
オレリアン王は、当分お酒を飲むことが禁止になった。
その出来事を知ったエリーサベト・モルベリは、ため息しか出なかった。




