第8話 気にならない出来事
オシャレで可愛い装飾がたくさんあるエリーサベトの部屋のベッドの下ではかくれんぼをするようにエリーサベトとダリウスがいつ見つかるかとヒヤヒヤしながら、じっと待っていた。ゲームをしているわけではなくて、ここは絶対見つかってはいけない。命の危険さえあるデスゲームのようだった。ダリウスは心中穏やかではない。
「なぁ、エリーサ。いつここから出るんだ?」
「しっ! まだダメよ。いつ見つかるか分からないから!」
「ここでずっと待ってるわけにもいかないだろ?」
やれそれ口喧嘩をしていると、ベッドの下がホコリまみれになって、ふとんが膨れ上がってしまった。マーナはそれを見て、なんてことだと二人に声を掛けようとした。慌てたマーナの姿を部屋の扉を開けたパトリックがしっかり見ていた。
「マーナ、一体どうしたというの?」
「あ、ああ!? パトリック様。今、ベッドの下に大きなネズミが出て来まして、退治しようと思ってましたわ。危ないので、離れていてください! 大きなネズミよ! お嬢様の部屋で何をしてるの。出ていきなさい!!」
マーナは、持っていた箒でバシバシと音を出した。渾身の名演技だ。エリーサは、マーナの大きな声にびっくりすると、ダリウスの腕をつかんで、ベッドの下の奥の奥にあった小さな隠し扉を開けて、抜け出した。移動の最中もベッドはもこもこと不審な動きを見せていた。
「マーナ、ネズミには、箒よりも殺虫剤の方が効くと思うわ!! はい、これ!」
たまたま本棚の中にしまっていた薄荷で出来た殺虫剤入りの小瓶を見つけだし、マーナに手渡した。殺虫剤を持っていたマーナの手は小刻みに震えた。これをエリーサたちに掛けると思うと、人生さえも終わってしまうんではないかと思うくらいだった。
「パトリック様! 私のち、力でネズミ退治してみせますね!」
「え、ええ。頑張って」
「えい!!」
マーナは、慎重に殺虫剤をベッドに振りかけた。万が一、人間にかかっても安全な成分で出来ている。それはわかっていても、今までかつてない行動に冷や汗がとまらない。
「ネズミ様!?」
思わず、叫んでしまうマーナだった。パトリックは、目を大きく見開いてマーナを心配した。
「マーナ、疲れているんじゃない。エリーサのことはいいから、体を休めたらいいわ」
「そ、そうですね。もう朝からいろんなことがありすぎて、お言葉に甘えて、自室で休ませていただきます。あ、キュリアクス!」
「お、おう。どうした」
「エリーサ様をお願いします」
「あ、ああ。任せておきなさい」
扉の向こう側で半分居眠りをしていたキュリアクスは突然声を掛けられて、すぐ反応した。何のことか分からなかったが、とりあえず、元の位置に戻って警備を続けた。
パトリックはマーナの両肩を押さえて、部屋まで一緒に着いていった。さっきまでオレリアンと話しながら感情的になっていたのが嘘のようだ。結局のところ、パトリックが話に折れることはなく、様子を見ようということだった。かくまうことはしないが、気づかないふりをすることはできるとオレリアンはしぶしぶ立ち去った。この城にパトリックはいないとフェリシアには伝えるというオレリアンらしい優しさだった。
パトリックは、侍女であるマーナに着いていけば、衣装を貸してもらえると判断した。マーナを看病しながら、今後の動向を考えていた。
一方、エリーサベトとダリウスは、ベッドの下の奥の方にあった幼少期に作った隠し扉を開けて、小さな小部屋にドンっと音を立てて落ちていた。先に落ちたのはエリーサベト。仰向けに転がると、ダリウスはその上に乗っかってしまう。急いで頭を抱えながら、起き上がると、ダリウスの唇がエリーサベトの唇に触れていた。一瞬だけ、景色が止まった気がした。何も言えなくなり、二人とも固まってしまう。数十秒後、ダリウスの顔は、お風呂が沸きあがるくらいに顔を真っ赤にして、ぐるぐると狭い部屋の中を回り始めた。
エリーサベトは何の感情も抱かず、唇からつーっと血が流れていた。
「何……これ……」
まさか、血が出ているとは思わなかった。エリーサベトはそれを衣服で口を拭こうとした瞬間、ダリウスの顔が目の前にあった。誰の顔かをもう一度確かめに来たようで、拭うタイミングをつかめなかった。
「血、出てる!」
ダリウスは、持っていたハンカチをエリーサベトに当てた。
「あ、ありがとう」
「いやいやいやいや、俺は、一体何をしたって話だ。まったくもう!」
エリーサベトは血を拭うことで頭がいっぱいだ。ダリウスのことなどこれっぽちも考えていない。
「お、俺、べ、べ、別に、お前のこと、意識したことねぇからな!!」
顔を耳まで真っ赤にして、ぷいっと背を向ける。恥ずかしそうにダリウスが小学生に見えてきた。
「ダリウス、何をしているの? 変なひとぉ!」
「はぁ?! エリーサ。お前、気づいてないのか?」
「だから、さっきから何を言ってるのよ」
「さっき、ここに落ちてきたとき、俺とお前の唇が当たったんだぞ」
「え?」
「まさか、気づかなかったのか?」
「うん、全然。気にしていないし」
「あーそう。なら、いいですけどぉ」
(俺だけ、超意識してんじゃん。バカみたいだわ)
本当は少しだけ嬉しかったダリウスだ。エリーサベトは、唇の血を拭いながら、パトリックは今何をしてるのかなと気になっていた。
小部屋はホコリまみれでくしゃみがとまらなかった。




