第7話 靄の中に吸い込まれていく
フェリシア・リドマンとお酒を飲み交わしていたオレリアンは、エリーサベトの行動で二人の仲を良くない方向へ導いたのはないかと不安で仕方なかった。酔いもすっかり覚めてしまい、真実を確かめにフェリシアがいびきをかいて眠っている間にエリーサベトの部屋へと向かった。娘と真剣に話すのは何日振りかと少し緊張した面持ちで茶色の分厚いドアをノックした。
「エリーサ! そこにいるのかね?」
側近のフロレンチノ・カブラルを隣に置かずに一人で来たオレリアンの声は震えていた。
その頃、部屋の中でダリウス・リドマンとダーツ遊びに夢中になっていたエリーサベトは、汗をかいてインナーになるくらいに薄着になっていた。ダリウスも気にせず、次々にダーツを投げ続ける。真ん中に当たらないことに何度も悔しがっていた。横でじっと見ていた侍女のマーナと立ちながら腕を組んで器用に居眠りをするキュリアクス・ゲウサの姿もあった。
突然、ドアのノックが聞こえて、エリーサベトはハッと驚きを隠せない。しかも、声の主は父であるオレリアンだった。今は、姿を隠したい気持ちが一心になり、不意にベッドの下に潜り込んだ。ダリウスは、エリーサベトの行動に頭に疑問符だ。
「な、なんで、そこに行くんだよ!? 俺は、どうしたらいいんだ!! おい、エリーサ!」
ダリウスは、小声でベッドの下に潜るエリーサに声を掛ける。
「ダリウス! 貴方もこちらに来て!! ほら、早く!」
遊んでいたダーツは床に散らばったまま、ぐいっとダリウスの体をひっぱり寄せる。侍女のマーナは、急いで部屋の中を綺麗にし始めた。居眠りをしていたキュリアクスは、オレリアンの声にハッとよだれが滴り落ちて、目を見開いた。
「おっと、誰の声かと思ったら、オレリアン王じゃないか。危ない、危ない。仕事中に居眠りなんて、減給されてしまうわ……ん? マーナ。エリーサベト様はどちらに?」
マーナはそこらへんに散らかったダーツを拾いながら、目くばせしてエリーサベトの場所を教えた。なんで、何も言わないんだと疑問に思いながら、そっと近づく。ベッドの下に潜りこんでダリウスとともに隠れているのが分かった。キュリアクスは状況を瞬時に読んで、ビシッと体勢を整えた。エリーサの返事を待たずにオレリアンは、ガチャリとドアが開けた。
「――おや? エリーサはこの部屋にいないのか?」
「……オレリアン王様。どうなさいましたか?」
キュリアクスは敬礼をして、そっと伺った。マーナは、ベッドメイキングをする素振りを見せて、なるべくエリーサベトとダリウスが見えないように白いシーツで隠した。
「キュリアクス、ここにいたのか。いやぁ、ちょっとエリーサに話したいことがあってね。ここにいないんじゃ仕方ない。エリーサに伝えておいてくれ。話があると……」
「はい。承知いたしました。必ずお伝えします」
「ああ、頼むよ」
オレリアン王はどこか寂しそうな顔をして、キュリアクスの肩をポンとたたいた。 すると、突然、エリーサベトは、小さなくしゃみをした。その声にオレリアンは、何があったのかと辺りを見渡す。マーナは猫の鳴き真似をして見せた。
「あー……猫か。エリーサベトが可愛がっている猫の鳴き声だなぁ。全く、エリーサは猫の世話を放っておいて、どこに行ったんだ?」
「本当におっしゃる通りです。どこに行かれたんでしょうね。お腹を空かしていますよ、猫のジュリアも」
「お? よく覚えられたなぁ。エリーサの猫の名前はいつも複雑で困ってたところだ……ハハハ」
キュリアクスは、エリーサベトが昔飼っていた猫の名前を言ってみた。オレリアン王は猫が亡くなったことは知らなかったのだ。皆がほっと胸を撫で下ろす。このくしゃみで見つかったら、せっかく二人を隠している意味がなくなってしまうからだ。
オレリアンが廊下に出て、フェリシア・リドマンがお酒を飲んで眠る王座の間に戻ろうとしたところ、赤いじゅうたんの上を少し下を向きながら歩くパトリック・フェリデンとその隣で歩くザンドラ・ピーロネンの姿があった。何を話しているのか笑みを浮かべている。オレリアンがそっと二人のそばに近づくと、ザンドラが大きく目を見開いて驚いていた。
「オレリアン王様、どうなさったんですか?!」
まさかここで対面するとは思わずに、いつも焦らないザンドラが右往左往していた。隣にいるパトリック・フェリデンを何度も見つめる。
「……パトリック。見ない間に随分綺麗になったな」
「いえ、そんなことありません。エミーリア王妃様と比べたら、足元にも及びませんわ」
「ああ、それはわかっているさ。少しでも我が妃を覚えていてくれるだけで嬉しく感じるよ。ありがとう」
「……とんでもありません」
首を振ってお辞儀をする。直接会うことは滅多にない二人。問題のフェリシア・リドマンの婚約者であるパトリック・フェリデンがここにいることを今初めて知ったオレリアンだ。
「それはそうと、なぜここに? エリーサも一緒ではないようだが?」
「まぁ、話せばいろいろと長くなりますけども。そろそろ、お暇させていただきますわ。お邪魔いたしまして、申し訳ありません。再来週行われる演奏会のレッスンにと思って、パイプオルガンを弾かせていただいておりました」
話を詳しく聞かれるとまずいと思ったパトリックはどうにかごまかそうと、オレリアンの横を通り過ぎようとした。オレリアンは様子がおかしいと察して、呼吸を整えて声を発する。
「待ちたまえ」
「……はい? どうかされましたか」
「パトリック、何かを隠していないか?」
「隠す? そんなオレリアン王様に隠し事なんてするわけないですわ。おほほほ……」
ザンドラの顔がひきつっていくのが分かる。オレリアンは深くため息をついた。
「そちらが素直に言わないのなら、致し方ない。今すぐこちらに着いて来なさい」
オレリアンは、パトリックの腕を強引に引っ張り、王座の間に連れて行こうとした。ザンドラは一体何が始まるんだろうと、焦りを見せる。止めたいが止められない変な顔になっていた。パトリックは冷静にオレリアンの腕をはがそうとする。
「やめてください! これは暴力ですよ!!」
「良いから、来なさい!!」
「やめて!!」
「いうことを聞け!! いいのか!? 君がここにいたら、国同士に戦いになることくらい分からないのか!?」
「分かっております!!」
パトリックは感情的に大きな声で発した。
「この国ももちろんのこと、周りの国にも影響があると分かったうえでここにいるのです。私はもう生きていないのかもしれません。パトリックの名を捨てたいくらいです。死に物狂いでここに存在しております。どうか、オレリアン王様。私をかくまってください。私に生きる希望を与えてほしいのです。どうか……」
「それはならぬ。叶わない望みだ。君を助けたとして、我が国を守ることはできない! 無理だ」
「そう、ですか……大変無礼な発言、失礼いたしました!」
パトリックは涙を流し、その場から駆け出した。一筋の望みを見つけた気がしたからだ。ザンドラは立ち去るパトリックを見つめて、頭を抱えたオレリアンを見る。どっちの力にもなれず落胆させていた。
「どうして、こんなことに……」
ノイズが何度も繰り返す。規定ルートから外れた音だ。これは、新規に作られた存在しないゲームルート。ここからどうなるかは誰も分からない。
エリーサベトの部屋のベッドの下では、息をひそめて、じっと待つエリーサベトとダリウスの姿があった。侍女のマーナはベッドメイキングと掃除を黙々と続けていた。




