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5ー4話 錆びた鏡

格納庫の空気は、まだ生臭い。俺は鹵獲機の死体から視線を外し、ゆっくりとブライXマキナの足元へ戻った。青白い肌に埋め込まれたインプラント。人類と変わらない骨格。リヒターが吐き捨てた言葉が、耳の奥で繰り返される。


「わしらと同じタイプの星人だったか……」



俺は拳を握りしめた。指の関節が白くなる。あの死体の顔は、どこか見慣れた輪郭をしていた。いや、違う。見慣れているはずがない。


「ぐっ…」


視界がぼやけてきた。俺はすぐにポッケの中に手を突っ込んだ

精神安定剤だ。これを飲まなければ、瞼を閉じるたびにあの日の光景がフラッシュバックする。

焼けつくネメシスの炎。引き裂かれたミスカの小さな体。そして、空を埋め尽くすほどの黒い獣に食い殺されたゴルスラの断末魔。


「……またか」


喉の奥に苦みを流し込む。

薬が効き始めるまでの数分間、俺は自分が壊れていくのをただ待つ。冬子はもういない。彼女は俺に、この世界線を託して消えた。それなのに、俺は未だに過去の亡霊に首を絞められ続けている


「鋼さん、大丈夫っすか?」


グリーンがタブレットを抱えたまま、心配そうに近づいてくる。俺は軽く手を振った。


「問題ないよ。ただ……少し考えすぎただけだ」


本当は、考えすぎていた。奴らが俺の動きを予測した理由。戦術を解析してくる執拗さ。まるで、こちらの血の匂いを知っているかのような動き。だが、それはただの偶然だ。高度なセンサーと演算能力の差だ。俺が神を倒した今でも、宇宙の広さに比べれば、自分はまだ人でしかない。ミカンが、小さく俺の袖を掴んだ。


「お兄ちゃん……怖い?」


「……ああ、少し」


嘘だ。怖いのは、この先に何があるかではない。この先も、また誰かを失うことになるかもしれない、という予感のほうだ。


「だが、やるしかない」


俺はミカンの頭を優しく撫で、再びコクピットへ向かった。昇降機が軋む。シートに体を沈めると、アストラルフォトンが静かに脈打つ。冬子の残滓が、機体の装甲に幾何学模様を浮かび上がらせている。生きているみたいだ、とグリーンが言った通りだ。通信が開く。


「鋼、出撃準備完了だ。防衛網は再編した。奴らの小型機は、相変わらず精密に急所を突いてくる。油断するな」


ショウの声は冷たい。感情を捨てた兵士の声だ。リヒターが被せてくる。


「ブライはいつでも動けるぞ。だが、あの円盤……あれが本隊なら、一機落とした程度じゃ話にならん。どうする」


「どうするもこうするもない。落とすしかねぇだろ」


俺はブースターを点火した。格納庫のハッチが開く。外の空は、すでに黒い雨で染まっていた。


無数の小型機が、円盤から溢れ出している。雲を突き抜け、地上へ一直線に落ちてくる。その動きに迷いがない。まるで、この惑星の地図を頭に刻み込まれているかのように。


「……くそ」


俺は歯を食いしばった。あの死体の顔が、視界の端でちらつく。同じタイプの星人。俺たちと同じ。もし、運命が少しだけ違っていたら。もし、俺が違う世界線で戦っていたら。考えを振り払う。


「アストラルハルバード!」


光の刃が展開する。ブライXマキナが加速する。重力が体を押し潰す。視界が狭まる。だが、俺は笑った。


「来いよ。お前らが何者だろうと、俺の知る限りじゃねぇ」


小型機の群れが、俺を包囲しようと収束してくる。予測された軌道に障壁が張られる。前回と同じだ。奴らは、俺を知っている。いや、知るはずがない。この短時間で、戦術を完全に解析しただけだ。そうでなければならない。


俺は急旋回した。ビットが展開し、レーザーが空を切り裂く。火花が散る。残骸が落ちる。だが、終わらない。円盤は静かに、しかし確実に、高度を下げ始めている。大陸を飲み込むほどの質量が、ゆっくりと地上へ影を落とす。


「鋼! 円盤が動いた! エネルギー反応が急上昇してる!」


グリーンの悲鳴が通信に乗る。俺はハンドルを握りしめた。指先が震える。あの死体の青白い肌が、脳裏に焼き付いている。鉄錆の匂い。生臭い匂い。俺と同じ血の匂いが、どこかで重なっている気がしてならない。


「ミカンを守る。それだけだ」


俺は自分に言い聞かせるように呟き、再び空へ向かって加速した。


巨大な円盤が、重低音を響かせる。最後通牒のように。俺は答えるように、アストラルナックルを構えた。


「……始めようぜ」


錆びた鏡のような空の下で、鋼鉄の咆哮が再び鳴り響いた。

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