5ー3話 空を覆う円環
シェルターの格納庫に引きずり込まれた異形の残骸は、火花を散らしながら沈黙していた。
俺はブライXマキナから降りると、真っ先にその『鹵獲機』のコックピットへ向かった。ハッチをこじ開けた瞬間、鼻を突くのはオイルと、そして微かな――鉄錆のような、生臭い匂いだった。
「AIじゃないってのかよ……」
操縦席に座り込んでいたのは、痩せ細った、しかし紛れもない『生物』の死体だった。
肌は青白く、所々に機械的なインプラントが埋め込まれているが、その造形は、俺たちが知る人類と何ら変わらない。
リヒターが、忌々しそうにその死体を見下ろした。
「わしらと同じタイプの星人だったか……。どうりで、あんなにも執拗に、こちらの動きを予測しやがるわけだ」
「……でも、例えそうでも奴らは敵だ」
ショウが、冷徹な声で言い放つ。彼の視線は、既に感情を捨てた兵士のものだった。
「理由が何であれ、俺たちの街を焼き、市民を殺した。それだけで十分だ」
俺は言葉を返せなかった。目の前の死体は、まるで鏡を見ているようだった。もし、あの時俺が戦いに負け、違う世界線に迷い込んでいたら。もし、運命の悪戯で俺がこの宇宙人を操縦していたら。
「ヤバいっす!」
格納庫の奥から、通信担当のグリーンが悲鳴に近い声を上げた。
「鋼さんが壊したデカブツは、ただの巡洋艦みたいっす! いや、それ以下かもしれません!」
「なんで分かんだよ! 目視でもあんなにデカかっただろ!」
「だってこれ……見てください!」
壁面に投影された映像を見て、俺たちは凍りついた。
さっきまで俺が激闘を繰り広げていた巡洋艦が、豆粒のように見える。その背後の雲海を突き抜けて、天空を埋め尽くすほどの質量が姿を現していた。
まるでUFOのような、滑らかな曲面を持つ巨大な円盤。
それは船という規模を通り越し、国一つ、いや大陸さえも丸ごと飲み込めるほどの、惑星規模の要塞だった。
「マジかよ……」
リヒターの唇が震える。
あんなものが頭上に浮かんでいるというだけで、世界の理が狂いそうだ。一機落とした程度で、勝ち誇っていた自分が滑稽に思える。
「お兄ちゃん……」
背後から、不意に小さな声がした。
振り向いた瞬間、呼吸が止まった。
「……ミカン!」
そこにいたのは、記憶の中で最後に見た時よりも少しだけ背が伸びた、ミカンの姿だった。
俺は駆け寄り、躊躇いなく彼女を抱きしめた。温かい。この世界にまだ、俺の帰る場所が残っていたことに、涙が溢れそうになる。
「ごめんなさい……ずっと、隠れていたの」
ミカンの肩越しに、一人の男が立っているのが見えた。
同じ転生者でもあり、俺に真実を教えてくれた医者だ。彼は俺たちの抱擁を、どこか悲痛な眼差しで見つめていた。
「隠れていたわけではない。地下深くで、あの子はただ息を潜めていたのだよ。……君が地上の戦場に戻り、死線を彷徨っている間も」
お医者さんは静かに歩み寄ると、俺の肩に手を置いた。その手は冷たく、そして重い。
「また、君に殺しをさせてしまうな」
「……それは、まぁ」
俺はミカンを離し、再び格納庫に眠るブライへと視線を向けた。
神を倒し、可能性を掴み取って帰ってきたはずのこの現実は、結局のところ、血と鉄錆に塗れている。
けれど、ここにはミカンがいる。俺が守り抜くと誓った、俺の小さな世界がある。
「俺がやらなきゃいけないことだ」
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
空を見上げれば、大陸規模の円盤から、黒い雨のような小型機がさらに無数に放出されているのが見えた。
あれを落とさなければ、ミカンの未来も、このシェルターの日常も、すべてが塵になる。
敵が誰であろうと、目的が何であろうと、俺は抗い続ける。
「リヒター、ブライは動かせるか」
「ああ、いつでも出れるぞ」
「ショウ、防衛網の再編を頼む。あいつら、ただの力押しじゃない。戦術を解析してくる」
俺は再び、地獄の最前線へと歩き出した。
神殺しに続いて、今度は星殺しだ。
どこまで行っても、俺の戦場は血の匂いと火薬の匂いに満ちている。
――だが、構わない。
俺にはまだ、守るべき『明日』があるのだから。
空の円盤が、咆哮のように重低音を響かせた。
それは、人類に対する最後通牒のように、地上を震わせた。
さぁ、始めよう。
宇宙を揺るがす、泥臭い反逆の続きを。




