5-2話 残滓の空
ハッチが、金属音を立てて開く。
格納庫に充満していた冷たい空気が、俺の肺に流れ込んだ。そこには、俺のすべてを受け止めてきた相棒が鎮座していた。
以前の『ブライX』とは、明らかに異質だった。
神との戦いで受けた数多の傷は、修復される過程で異界の物質と融合し、装甲の至る所に脈動するような幾何学模様が浮かび上がっている。まるで身体に、星の系譜を埋め込まれたかのように。
「ブライXマキナ、か……随分と、不気味な形になったのぉ…」
リヒターが、機体を見上げながら皮肉っぽく呟く。だがその瞳は、武器としての完成度に圧倒されているように見えた。
「冬子の力だけじゃなくて、もしかしたら神殺しした時に、こいつ自身が何か取り込んだのかも。……出力は?」
俺が問いかけると、傍らに控えていたグリーンが、震える手でタブレットを操作した。
「信じられないっす……。駆動系からは以前と同じエネルギー反応が出ているんすが、装甲そのものが外部のエネルギーを吸収しようと……まるで生きているみたいっす」
「生きている、か」
俺は機体の足元まで歩み寄り、冷たい金属の表皮に手を置いた。
冬子の記憶が脳裏を過る。あの時、冬子は俺に未来を託した。その想いが、今、俺の機体に宿っているとしたら。
「……頼むぞ、俺たちが生き残るための、最後の希望だ」
機体が、微かに振動した。まるで答えるかのように。
俺は慣れた足取りで昇降機に乗り込み、コクピットへと滑り込んだ。
シートに深く座り込むと、一瞬の鈍い痛みの後、世界が反転した。
視界が広がる。ミスカとゴルスラの幻影…そこに冬子はいないがそれでも、きつい
「くそっ…前に比べて薬が効かなくなってる」
「鋼! ……奴らが動き出したぞい!」
リヒターの怒鳴り声が通信越しに響く。
空を覆い尽くしていた異形たちが、一斉に高度を下げ始めた。
その動きには迷いがない。まるで、この惑星の地図が頭に入っているかのような正確さで、エネルギー施設や防衛拠点を一点集中で叩きに来ている。
「降下速度、音速を超えた! 対空砲火、全弾命中してるのに、奴らの障壁を削りきれない!」
モニターに映る映像が激しく揺れる。
爆炎の中から、無数の細長い銀色の機体が溢れ出し、地上のシェルターへと光の雨を降らせている。
「迎撃する!」
俺はブースターを全開にした。
視界に入ったのは、美しい青空を冒涜するような、無数の異形の群れ。
「アストラルハルバード!」
俺は、アストラルフォトンでブライハルバードを展開した。
加速の勢いをそのまま殺し、空中で複雑な起動を描く。
だが、驚くべき光景が目の前で展開された。
奴らが、俺の動きを予測していたかのように回避行動をとったのだ。
いや、違う。
回避したのではない。俺の軌道を『予測』し、あらかじめその場所に防御障壁を重ねていた。
「なに……?」
激しい衝撃が腕に伝わる。
障壁を弾き飛ばし、機体を無理やり旋回させる。
背後を通り過ぎる異形の群れが、俺に向かって幾何学的な光弾を浴びせてきた。
一つひとつが致命傷になりうる高出力の光。俺は最小限の動きでそれを回避する。
「俺の戦い方を知っているのか?いや、まさか…この短時間で!」
冷や汗が背筋を伝う。
奴らは今までの敵とは比べ物にならない。
奴らの兵器には、徹底的に『排除』することだけに特化した、冷酷で無機質な何かが組み込まれているようだった。
「鋼、逃げろ! 奴らが、お前を包囲しようとしてる!」
グラスの叫びが聞こえる。
レーダーが警告音で埋め尽くされる。全方位から、異形の機体が俺という一つの目標を囲い込もうと収束してくる。
「俺達を仕留めるために、こんな大げさな……!」
俺は機体を反転させ、背中のブースターを全出力で燃やした。
加速、急減速、そして反転。
無茶な機動を強いる。コクピット内の負荷が、俺の肉体を押し潰そうとする。視界が真っ赤に染まるが、歯を食いしばり、俺は叫んだ。
「アストラル・ビットォォ!」
ブライXマキナが反撃を開始する。ビットが、収束してくる敵の群れに無数のレーザーを叩き込む。
火花が散り、空が燃える。
墜落する異形の残骸が、次々と地上へと叩きつけられていく。
だが、終わらない。
撃墜しても、撃墜しても、空の向こうから無限に、黒い雨が降り注いでくる。
奴らに終わりはないのか?
奴らは何を求めている?
資源か? 領土か? それとも、ただ俺たちを根絶やしにすることが目的なのか?
「お前ら!何者なんだ!」
言葉が返ってくるはずもない。
奴らの無機質なセンサーが、俺の機体を『排除対象』として固定し、さらに出力を増して迫ってくる。
圧倒的な絶望。
かつてコロシアムで味わった、あの敗北の味が蘇る。
神を倒し、可能性の海を渡り、俺は強くなったと信じていた。
だが、この空を見上げていると、俺が手にした力が、あまりにも小さなものであることを思い知らされる。
「鋼、戻れ! 一度立て直すんだ!」
リヒターの声に、俺は一度だけ首を振った。
今ここで引けば、すべてが塵になる。
俺の、最後の守るべき場所が。
「戻れるかよ……!」
俺は、アストラルフォトンを最大にまで引き上げた。
機体全体が青白い光に包まれ、周囲の空間が歪む。
未知の異形たちを前に、俺は笑った。
「来いよ。俺たちが何者か、地獄の底で教えてやる」
空が裂ける。
無限の敵を相手に、たった一機、俺は牙を剥いた。
これは、かつて選ばれなかった俺たちが、今度こそ勝ち取るための、最初で最後の反逆。
どれほど絶望的な数であろうと、この空を埋め尽くす異形たちが何者であろうと。
俺は、この青い空を誰にも渡さない。
かつて冬子が、最後に笑ったこの空を。
「くらえ!アストラルナックル!!」
俺は一番大きな異形の中心へと、その鋼鉄の拳を突き立てた。
火花が散り、爆音が鳴り響く。
錆びつく鋼鉄の咆哮が、未知の空に木霊した。
「これで…1つ」
俺たちの戦いは、今ここから、本当の地獄の始まりを迎えようとしていた。




