最終話 私はラスボス魔女「未来の約束」
乙女ゲーム『初恋クリスタル』で、ラスボスとなる魔女は弟子と思いを通じ合わせた。
ヒロインに嫉妬した魔女が悪役令嬢を裏で操る事もないだろう。
そして、クリスタルシリーズ四作目『最愛クリスタル』で、歪んだ愛を魔女に向ける弟子は前世からの想いを成就させた。
乙女ゲームが始まる事はない。
◇
「ふぅ」
乙女ゲームの事を書き留めたノートを見返しながら、軽く息を吐く。
私と弟子のレンの乙女ゲームは始まる前に終わったと思っていいかな。明日はとうとうレンとカリンディアが学園に入学する日だ。
カリンディアが乙女ゲームに巻き込まれないようにできるだけの準備はしてきた。といっても、私ができる事といえば薬の調合なので、やっていた事はいつもと変わりなかったけれど。
「杏奈さーん!」
「リンちゃん、いらっしゃい」
「制服が出来上がりましたのでお届けに参りましたわ」
部屋に入ってきたのは、今、考えていた相手カリンディアだ。
私が若返ってから彼女と対面した時に「リンちゃん」「杏奈さん」と呼び合おうと約束した。リンちゃんと呼んだら、レンが言った通りに本当に泣き出してしまったから焦った。結局、私もつられて泣いてしまい、二人で抱き合いながらわんわん泣いたのは今では良い思い出だ。
ん? それより制服と聞こえたような?
「レンの制服はもう届いているよ?」
「何をおっしゃっていますの? 杏奈さんの制服でしてよ?」
「私の?」
「あら?」
カリンディアが首を傾げて、濃い青の瞳を瞬かせる。
わからない事があった時のレンと同じ反応に、さすが前世双子だなぁと感心したいけど、わけがわからなくて私も首を傾げる。
カリンディアが制服を受け取ったレンを睨みつける。
「杏奈さんに何も説明していないのかしら?」
カリンディアの睨みをスルーしたレンは私と向き合い満面の笑みで口を開いた。
「杏奈さんも僕達と一緒に生徒として学園へ通う事になりました」
「えっ!?」
「レン! それは事後報告と言うのよ!」
驚きで何も言えない。
確かにレンとカリンディアは私が出した課題をやり遂げたから、私も学園についていくつもりだったがそれはあくまで専属医師としてだ。
「待っておくれ。私は貴族じゃないから入学するには特待生しか選択肢はないが、肝心の試験を受けていない」
「杏奈さん、若返って記憶に欠損がないか確認しましたよね?」
「ああ、したね」
レンの言葉に頷く。
初めて調合した薬はたいてい少量から試して拒絶反応がないか調べるが、若返りの秘薬は一滴しかできなかったらしく試せなかったとレンが謝罪してきたのだ。
そこでなにか私に後遺症がないか詳しく調べる事にした。
みんなで馬車に乗り込み病院みたいな白い建物に移動して、まずは記憶から調べてもらった。
国の歴史から、各国の言語、数学問題など一問一答形式で紙に記入した。時間制限つきでテストみたいで懐かしいと思ったものだ。
次は同じ建物内の別室で、魔力の有無について調べた。これは石板に触れるだけで終わった。
あとは、礼儀作法とかの確認をしたけど、教師みたいなきっちりした人と世間話で盛り上がったなぁ。
帰りは、湖まで遠出してお弁当を食べて遊んだ。楽しかった。また行きたい。
「結果は問題なしだったのだろう? それが一体」
「あれが実は特待生の試験だったんです。杏奈さんは満点だったそうですよ、さすがです。僕も国の歴史でケアレスミスさえしなければ……」
次こそは満点をとります、とレンはどこか悔しそうだ。
そうか、あそこは病院じゃなくて学園だったのか。
そういえば、身体検査の類は一切しなかった。レンが脈拍や魔力の流れなど先に色々調べてくれていたから疑問にも思わなかった。
はっ、身体検査といえば……!
「制服の採寸はいつしたんだい?」
私の疑問に答えてくれたのはカリンディアだ。
「杏奈さんの服をお作りする時に採寸した数字をそのまま針子に伝えましたわ」
そうだった! カリンディアが服を何着かくれたけど、新しく作ろうと採寸したんだった。
だってカリンディアはお胸が大きいから! 余った隙間に布をつめるのは悲しかったんだよ……。
「申し訳ありません。てっきりレンが伝えているとばかり」
「いや、リンちゃんは悪くないよ。私もよく考えれば試験だと気づけたのに、みんなとのおでかけが楽しくてどうでもよくなっていたんだからね」
「また行きましょう。今度は一緒にお弁当を作ってみたいですわ」
「いいね。約束だ」
二人で手を繋いで笑い合う。
未来の約束ができる事が何より嬉しい。
◇
「師匠、怒っておられますか?」
カリンディアが帰った後、レンが謝罪してきた。
私が若返ってからはずっと「杏奈さん」と呼んでいるのに、何か反省する事があると「師匠」と呼んでくるのだ。
震える声で呼ばれるとなんでも許してあげたくなってしまう。元々怒ってもいないけど。
「レン君」
怒っていないと伝えるように名前を呼んで、隣に座るように促した。
素直に隣に座ったレンは申し訳なさそうに眉を下げた。
「実は伝えようとはしたのですが、それどころではなかったので……」
「何かあったのかい?」
「実は特待生の枠はその年に二つしかありません。師匠が知ったらヒロインから奪ったと気に病むかと思い言い出しにくかったんです」
乙女ゲームのヒロインは貧乏な家を支えるために必死に勉強して、特待生の枠を勝ち取り学園に入学する。
ヒロインには申し訳ないが、私は知り合いでもないどこかの誰かより、身近にいる大切な人を優先したい。
むしろ、完全に乙女ゲームから外れる事ができて嬉しい限りだ。
私の気持ちを伝えてもレンの表情は晴れない。
「ただ、ヒロインも僕達のように前世の記憶があった場合、上手く立ち回ってどこかの貴族の養子に入っている可能性もありまして。後顧の憂いを晴らすため、今まで探していましたがヒロインらしき該当人物は見つかりませんでした」
「いや、それは仕方ないよ。ゲームでも茶髪という以外スチルにも顔は出ていないし、名前も必ずプレイヤーが考えなければいけなかったしね」
乙女ゲームのスチルのメインは攻略対象だ。どうしてもヒロインが映り込む場合は、後ろ姿か横顔が多かったように思う。横顔も前髪が長くて目元まで隠れていた。
それより、月夜をバックに微笑むレンブラントのスチルは本当に美麗だった。
学園に入ったらやってもらおう。
「もし、ヒロインらしき人物がいたら片っ端から自白剤を飲ませて尋問すればいいだけさ」
「師匠、やりすぎはダメです」
カリンディアも「寮で杏奈さんと同室になれるように公爵家の権力を使いましたの。持てる力は使わなければないのと一緒ですわ」と高らかに笑っていたのだ。悪役令嬢っぽかった。
それで色々と吹っ切れることができた。
「呪詛の魔女にお願いして即死を一回無効にできる御守りを作ってもらったんだ。即死以外なら、ありとあらゆる回復薬、解毒薬を用意してあるから何が来ても怖くないよ! 冤罪をかけられたら、国ごと潰そう! そうしよう!」
「杏奈さん!? ちょっと落ち着きましょう!」
普段冷静なレンが慌てて私を抱きしめ、落ち着くように背中をさすってきた。私がやりすぎると、昔からこうやって止めてくれていた。
私もレンの背中に手を回す。
「やっと、名前で呼んでくれたね」
「あ、すみません。杏奈さん」
「レン君」
好きな人の名前を呼んで、好きな人に名前を呼んでもらえる。
たったそれだけで、世界はこんなにも輝いて幸せを感じるのだから、カリンディアにも死に怯えず学園生活を謳歌してほしい。
「私ね、制服を着たまま放課後デートとか、してみたいな」
「それは僕もしたいです、楽しみですね」
レンとも未来の約束をして、お互い笑い合った。
もし、この幸せが崩れそうなら私は劇薬の魔女としての力を惜しむことなく使う。
レンがいて、カリンディアもいる。守る者がいればそれだけで力になる。悪事には使わない。守るために力を使うのだ。
案外、卒業する時に学園生活が楽しすぎて乙女ゲームの事を忘れていた! と笑っているかもしれない。
なんとかなるって信じている。
だって私は、ラスボス魔女なのだから。
最後までお付き合いありがとうございました。
もし、頭の悪いヒロインが出てきても魔女が一服盛ってすぐ解決しそうだったので、乙女ゲーム開始前で完結です。




