↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/5

僕は魔女の弟子 後編「本当にこの人はっ! 好きです!」

 師匠は必ず守る。きっとこのために前世の記憶を思い出したんだ。



「というわけで、ついでに凛も守ってあげますよ」

「転生しても元の性格って変わらないものなのね。素直に可愛い妹のためにとか言えないのかしら」


 僕の決意を聞いて、溜め息を吐いた凛は前世と変わらず可愛くない。

 喜んでいるのがわかるので、もうちょっと素直になればいいのに。



 あれから師匠と僕は凛の生家である公爵家でお世話になっている。

 それというのも、凛が高熱を出して数日寝込んだためだ。誘拐された影響か、師匠と僕以外が近づくだけで怯えるようになってしまった凛。長年勤めた侍女と護衛が誘拐に加担していたと聞いた時は無理もないと思った。


 乙女ゲームでは、誘拐がきっかけで人間不信となり、唯一信じられる存在として婚約者の殿下に執着していく。



 優雅にお茶を飲みながら、凛がチラリと師匠を見る。

 師匠は、凛を誘拐した連中に飲ませるための自白剤を作っている最中だ。「特別に苦く作ってやる」と嬉々として鍋をかき混ぜている。

 薬を調合している時は周りの声が聞こえないため、堂々と前世や乙女ゲームの話ができる。


 ちなみに、凛を攫うように指示した人物とその家は師匠が物理的に潰しに行った。

 もちろん僕も手伝った。ほとんど師匠がやりすぎないように止めていただけだったけど。


 師匠はやっぱりすごいな。尊敬する。あ、いけない。師匠ばかり見ていないで、今後について話し合わないと。



「乙女ゲームの開始は学園に入ってからなんですよね? 凛も僕も入学しなければいいのでは?」

「貴族の入学は強制だし、廉が入学しないと魔女様は姿を消すわよ」

「は?」


 魔女が主人公の四作目『最愛クリスタル』では、まず弟子のレンブラントの入学の是非でルートが分岐する。

 入学すると、レンブラントを追って魔女が学園の特別講師としてやってくる。若返りの秘薬を飲み姿を変えて。レンブラントに正体を見破られると『僕以外の男に媚びを売って楽しかったですか?』と、殺される。

 入学しないと、魔女がレンブラントの前から姿を消して、身元を偽るために冒険者となり各国を逃げ回る。レンブラントに見つかったら『師匠、かくれんぼは終わりです』と、バッドエンド。このルートでは体力を欲して若返りの秘薬を飲む。


 四作目は弟子のレンブラントから逃げ回りながら、攻略対象と恋愛してハッピーエンドを目指していくようだ。



「乙女ゲームのレンブラントは相当歪んだ愛を魔女に向けていたんですね」

「わたくしもプレイしてびっくりしたわ。恨んで復讐というのも、可愛さ余って憎さ百倍だったのかもね」


 凛に「廉はこうならないでね」と念を押されたので頷いておいた。


「それより、逃げる前提なのに、レンブラントが入学したら追ってくるのは行動が矛盾してませんか?」

「乙女心は複雑なのよ」

「おとめごころ」


 乙女心を凛は理解できるのか、と思っていたら表情に出ていたらしい。思い切り睨まれた。


「それに細かい矛盾を気にしたら乙女ゲームなんてできないわよ。攻略対象によってヒロインの性格は変わるものなんだから」


 乙女ゲームってやっぱりわからない。

 ただ、師匠が各国を逃げ回るよりは、学園という狭い空間に限定されたほうが対処がしやすいと思った。ついでに凛も守りやすい。


「あと、廉は魔女様と恋愛できる? 異性として意識していて?」

「もちろん」


 即答したら凛が満足げに笑った。望み通りの返答だったようだ。


「なら、廉は魔女様を想った初恋の結晶を生み出してね」

「初恋の結晶?」

「若返りの秘薬の材料になるわ。ビー玉みたいな形で想った相手の髪や目の色をしているからわかりやすいはず」

「それってこれですか?」


 テーブルの上に白と水色のマーブル模様の丸い玉を出した。


「これよ! 初恋以降の想いの結晶は必ずどこか歪な形になるの。真ん丸は初恋だけ。いつできたの?」

「師匠と出会った次の日に」


 この玉が自分の身体から出てきた時、師匠に知られたら、親に捨てられたようにまた捨てられるかもと不安で言い出せなかった。

 それなのに、玉はなぜか処分してはダメだと思い、ずっと持っていたのだ。


「さすが前世独り身を貫いていただけあるわ」

「うるせぇ」


 つい口調が荒くなるが、凛は慣れたものなので気にした様子もなく言葉を続ける。


「あとは魔女様が廉を好きになって初恋の結晶を生み出せば完璧な若返りの秘薬ができるわね」


 凛は師匠を若返らせてできるだけ長く一緒にいたいらしい。

 それに乙女ゲーム開始前に師匠と僕が両想いになれば、他の攻略対象と恋愛なんてしない。乙女ゲームとは関係なくなるんだ。


「ですが、レシピがわからない事には作れませんよ」

「それは大丈夫よ。わたくしが覚えているから」


 そう言って自信満々に紙を出してきた。そこには、若返りの秘薬の材料と思われるものが書き出してある。

 だが、材料だけ書かれても、細かい分量や作り方がわからないと調合できない。

 それを伝えたら、凛があからさまに肩を落とした。


「そんなぁ」

「そもそも、凛はなぜ秘薬の材料を知っていたのですか?」

「攻略対象と一緒に材料を集めるイベントがあるの」

「へぇ。一緒に」


 ゲームの話なのに、師匠が僕以外の誰かと共同作業するところを想像してしまい、一瞬嫉妬した。


「ゲームでは鍋に入れたら勝手に完成したのに」

「失敗はないのですか?」

「好感度が低いと、レンブラントによって初恋の結晶がスイショウタケにすり替えられて『生き地獄』っていう毒を作ってしまうわ」


 スイショウタケは摘み取るとカサが丸くなり玉のような見た目になる半透明のキノコだ。水晶のような美しさからこの名前がついた。もちろん猛毒。

 そして『生き地獄』は、一番苦しみが長く続く毒だと師匠が以前教えてくれた。


 すり替えるだけで『生き地獄』ができてしまうのなら、若返りの秘薬の作り方は『生き地獄』の作り方と同じ?

 確かに師匠のレシピは、材料をひとつ間違えるだけで逆の効果の薬ができてしまうものが多々ある。


 もしそうなら、師匠の毒レシピを見る事さえできれば、僕でも若返りの秘薬が調合可能だ。試してみる価値はある。


 希望が見えて、自然と頬が上がるのがわかる。

 あとは師匠と両思いになるだけ。




「レン、薬ができたから瓶詰めを手伝ってくれるかい?」

「はい」


 調合を終えた師匠が声をかけてきた。返事をすると、椅子に座っていた凛が立ち上がる。


「魔女様、わたくしもお手伝いしますわ」

「カリンディア様にそんな事させられません。どうぞそのまま座っていてください」


 師匠の敬語に凛の表情が曇った。

 誘拐された凛の立場が悪くならないように、魔女がへりくだるほどの特別な相手だと周知させるためのものだけど、凛はそれが気に入らないみたいだ。


 ただ、師匠は「温室をもらってしまったよ。何を育てようかね。お嬢さん、いや、カリンディア様とお呼びしなければ失礼さね」なんて喜んでいたから、そんな意図はないのかもしれない。


「で、では、カリンディア様は字が綺麗なので納品書の記入をお手伝いいただけますか?」


 泣きそうな凛を見て師匠が焦っている。

 師匠は僕と凛に対して、ものすごく甘いと思う。押せばなんでも言うことを聞いてくれそうだ。ここぞというときに使おう。



(さて、どうやって師匠に僕の事を好きになってもらいましょうか)


 実際、師匠に惚れ薬を飲ませれば初恋の結晶なんてすぐ手に入る。

 だが、できるだけ無理強いはしたくない。

 あくまで師匠の意思で好きになってほしい。そして両思いになってから、選択肢のひとつとして若返りの秘薬を提案したい。


 前世の僕はジジィと呼ばれる年齢まで生きたんだ。見た目とか年齢なんて些末な事だ。

 精神年齢では、師匠と釣り合いがとれているとさえ思う。


「でも、師匠には毎日、感謝と好意を伝えていますがどうも伝わっていないみたいなんですよね」


 師匠と凛を眺めながら、ポツリとこぼす。

 師匠にとっては僕は良い弟子。もしくは孫みたいな存在なのかもしれない。まあ、子どもという立場を利用して師匠に甘えているので仕方ないと思うが。


 これからは僕を男として意識してもらえるように、スキンシップに変化を加えてみよう。





 ◆




 まさかあれから五年もかかるなんて思わなかった。




 手を繋いだり腰や肩を抱いたら「介助が必要なほど弱ってない」と真顔で言われ、手にキスを落としたら「最近読んだ本の影響かい?」と流していた師匠が、やっと! 最近になって! 「こんなばあさんをからかうんじゃないよ」と少しだけ頬を染めるようになったのだ。

 明らかな手ごたえを感じる。


 次は気配を消して後ろから抱きしめてみようかな。どんな反応をしてくれるのか楽しみだ。

 そんな事を考えながら師匠がいる部屋に向かうと、師匠から初恋の結晶が生まれる瞬間がドアの隙間から見えた。


 初恋の結晶は僕の髪と瞳の色と同じ、黒と朱の二色だった。

 嬉しい。今なら告白しても本気にしてくれる。


「この気持ちはダメだ。消さなければ……」


 部屋に入ろうとしたら、師匠が不穏な一言を漏らし何かを調合しようと準備をし出した。

 テーブルの上に置かれた材料は……。


「封印薬を作るおつもりですか」


 思わず声をかけていた。僕に気づいた師匠があからさまに動揺しているのがわかる。服の中に慌てて初恋の結晶を隠すのが見えた。


「レン⁉︎ えっと、これは」

「僕が代わりに作りましょうか?」

「いやっ、いいよ。急に作ってみたくなっただけなんだからね」


 師匠は嘘が下手だなぁ。


「そうですか。それでは、ヴェネの種とアワユキモドキを粉末にするお手伝いだけでもさせて下さい」

「あっ……ああ。そうだね、頼むよ」


 一度僕の申し出を断った手前、次も断りにくいのだろう。簡単に手伝いを了承してもらえた。

 それにいつも調合を手伝っているのだ。断る方が逆に不自然だと思ったのかもしれない。


 封印薬は、その名の通り忘れたい感情や記憶を封印する薬だ。師匠が作れば封印ではなく完全に消し去る事ができる。「消してしまうと人格が変わるから、あんまり作りたくないのだけどねぇ」って言っていたのに。



「師匠、できました」

「ありがとう」


 馬鹿正直に封印薬を作らせるわけがない。こっそり材料をすり替えておいた。粉末にしてしまえばわからない。

 師匠には封印ではなく記憶を蘇らせる薬を作ってもらおう。


 今ここで問い詰めてもいいけれど、師匠の性格上、確実に逃げる。本気を出されたら追いつけない。

 それか、薬が完成したらその場で飲み干してやろうか。封印薬だと思い込んでいる師匠は、僕が変わってしまったか確認するはずだ。

 上手く演技して長引かせれば、心配して学園まで追いかけてくれるかも。


 来るとわかっている獲物を捕らえるのは容易い。罠を張って確実に……。


『廉はこうならないでね』


 暗い思考に陥りかけた時、凛の言葉を思い出した。僕のしている行動は、ゲームの中のレンブラントそのままだと苦笑が漏れる。

 このままここにいたら、師匠にひどい事をしてしまう。守ると決意したのに真逆の事をしてはダメだ。頭を冷やさないと。


「僕はいつもの薬草採取をして参ります」


 師匠の返事も待たず部屋を出た。


 師匠は僕への想いを消そうするほど、好きになった事を後悔している?

 年下なんてありえない、この気持ちは間違いだとか思っているのだろうか。だから、僕に何も言わず想いを消そうとしたのかな。


 怒りよりも悲しい。

 ……もういいや。僕も勝手にしてやる。




 そんな気持ちのまま、採取を終えて戻ると師匠に変化があった。

 振り返った途端、目を見開いて固まっている師匠。もしかして、材料をすり替えたのがバレた?


「え、レン?」

「隠しキャラのレンブラント⁉︎」

「その魔女って、もしかして私ぃ⁉︎」


 師匠の口から『かくしきゃら』という単語が出てきた時、一瞬理解ができなかった。しかも、そのまま叫んで気を失ってしまう。床に倒れる前に咄嗟に抱き留める。

 頭の中は師匠が倒れてしまったショックと、とある考えでいっぱいだった。


「師匠は……前世の記憶を、思い出した?」


 記憶を蘇らせる薬は、直近の物忘れを思い出したり、人の顔と名前を一致させやすくする程度のものだったはず。

 まさか師匠が魔力を注いでできたそれは、前世の記憶までも思い出せる薬に変化したのか。師匠、すごい。



 前世の記憶を思い出した今なら、師匠は自分がラスボス魔女だと知っているはず。僕を見て『隠しキャラ』と言っていたのだから。乙女ゲームをやっていた記憶があるという事だ。

 凛と示し合わせて学園へ来てほしいとお願いすれば、ドロドロの人間関係が嫌いな師匠は乙女ゲームを回避しようとして僕達に無理難題を突き付けるに違いない。


 凛に何を要求するかわからないが、僕には一度も作った事のない毒薬を作れと言ってくるだろう。

 これでやっと師匠の毒レシピを見て、若返りの秘薬を作る事ができる。


 師匠をベッドへ運び脈拍や体温など体調に異常がないか確認後、師匠から初恋の結晶を拝借し、凛に手紙を書いた。




 ◆




「あとは杏奈(あんな)さんもご存じの通りです。若返りの秘薬を作ってあなたに飲ませました」

「……色々と傷つけてごめんね」


 僕の目の前には若返った師匠こと、杏奈さんがいる。


 おばあさんの時は白髪だったけれど、今は日の光を閉じ込めたような見事な白金になっていた。目の色は変わらず綺麗な空色。ずっと見ていたくなる。

 年齢はおそらく僕と同い年。絶世の美女といっても過言ではないほど、美しくなっている。

 この容姿で今まで初恋を経験していなかった事がまさに奇跡。


 そんな事を考えつつ、目が覚めた杏奈さんにこれまでの事情を説明したところだ。


 もちろんずっとベッドの上にいるわけにもいかず、椅子に座ってお茶を飲みながら。

 杏奈さんは僕に薬を盛られたというのに、出されたお茶を疑いもせず平然と飲んだ。

 もっと警戒心をと諭せば、「好きな人に殺されるなら本望さ」なんて言い切るんだから、たちが悪い。



「頑張ってくれてありがとうね、レン君」


 本当に、この人はっ!


 心臓が痛い。またレン君と呼んでくれた。

 どうして一番欲しい言葉がわかるのだろう。泣きそうだ。


「凛に会ったらリンちゃんと呼んであげて下さい。きっと泣いて喜びます」


 赤くなった顔を誤魔化すように、横を向いて早口で捲し立てた。チラリと横目で杏奈さんを見れば、おばあさんの頃と変わらない柔らかな笑顔を浮かべている。

 ああ、好きだ。


「杏奈さん、好きです」


 無意識に言葉を紡いでいた。想いが通じ合って、これからは一緒の時を刻めるんだと思ったらつい。

 乙女ゲームは始まらない。弟子は前世からの想いを成就する事ができたのだから。


 次は凛も乙女ゲームから解放してあげよう。僕の見立てでは、殿下は相当凛が好きみたいだから大丈夫な気がする。



 やっと正面を向く事ができた時、頬を染めた杏奈さんと目が合った。


「私もレン君が好きだよ」


 杏奈さんは若返って素直になりすぎな気がする。



 心臓を強くする薬ってあっただろうか。



スイショウタケ

猛毒のキノコ。普段は木に同化しているため見つけるのは困難。

水分を取り込むと半透明になるので雨上がりの採取が狙い目。


ヴェネの種

栄養価が高い。非常食として重宝される。

ただし微量の毒があるため、食べ過ぎると感情の抑制が困難となる。


アワユキモドキ

アワユキタケという雪のように真っ白な美味しいキノコと酷似している。

見分けるコツはカサの裏の色を見て判断。食べると記憶障害が起きる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。