黒をその身に宿す
僕は今、先輩のお爺さんが経営している喫茶店のカウンター席に座っている。こう言っては何だけど、いい古臭さだ。使い込まれた味のあるカウンター。天井でクルクルと回る・・・アレは何て言えばいいのだろう。
まぁ、古き良き喫茶店と言えば大概あってる。会長は「ボロくさいだろ」と頬をかいていたけど、僕はこの雰囲気が嫌いじゃない。むしろ好きだ。心が落ち着くというか、安心出来るような何かがあるように思う。
傷が見つかってその後。皆が帰った後でマスクを剥ぎ取られた僕は、しつこい会長に根負けしてそっぽを向いて彼について行った。
それで今に至るのだけど、とても気不味い。というのも、会長は店の奥に入ってから出てこないままで、僕を席に残して帰ってこないのだ。コーヒー1杯ぐらいならギリギリ飲めなくもない所持金しか持ち合わせていない僕は、どうしても申し訳なさが先に立つ。
マスター―――会長のお爺さんを見ても、僕を見て微笑むだけで何も言ってこないのがソレに拍車をかけているのだと思う。
喫茶店の制服に身を包んだ会長に奥に連れられ、お宅へとお邪魔した。一般的な普通の家だ。
そこでは会長の母親らしき人が居て、その隣には救急箱が鎮座していた。僕が会長を振り返ると、彼は頷くだけで喫茶店の方へと戻って行った。まさかこんな形で厄介になるとは思ってもみなかったよ。
「大丈夫よ」。そう優しく微笑む会長の母親におずおずと近づいて、迷った挙句、「よろしくお願いします」という何とも間抜けな発言をしてしまう。彼女は笑って言った。「マスクを外さないとね」。きっと僕の顔は赤くなっていただろう。
時折情けない声を上げながら傷を消毒されている最中。1人の女性がやってきた。女性とは言ったけど、中学生、ぎりぎり高校生ぐらいの娘だ。綺麗というほど大人びてなく、可愛いというほど子供でもない。可憐。こう言うべきだろうか。
彼女は僕を見ると慌てて隠れて、母の名を呼んだ。こうもあからさまに避けられると僕としても悲しくなってくる。初対面だし仕方が無いとはいえ、僕だって年頃の男だ。いくら空気で居ようとしても、身近な異性からの好感度というのはついつい気になる。
彼女と何事か話していた母親が急に姿を現すなり僕に頭を下げた。母親に誘導されて僕の前にやってきた少女も続けて頭を下げる。顔を赤くした少女に、僕の胸は僅かに鼓動を速めた。
僕は急な展開に驚いて手を救急箱にぶつけてしまっていた。静寂の中をジンジンと痛みが広がっていく。
お爺さんに入れてもらったコーヒーはとても美味しくて、肺の中まで染み込んで行くような感覚がした。




