映える魔術師
どこにも光は無く
また闇も無い
地に足をつけているような
水の中を漂っているような
空中を飛翔しているような
そんな狭間に住む私は誰にも見つけられないだろう
魔術詠唱と共に夜の住宅街を進んでいく。今の僕は文字通り空気。誰にも見つけることは出来ない。
地に足をつけていながら空を飛び、空間を泳ぐ。自らを自然現象へと近づける。
幾つもの音を置き去りにし、幾つもの音に追い抜かれた。
数多くの屋根を飛び越え、数多くの星に見守られながら宙を泳ぐ。
魔術があれば何処でも生きていくことは可能だ。宛なんか無くたってどうとでもなる。けど、そう上手くいかないのが人生ってもので、その事は僕もよく分かっている。だから目の前に父さんが現れても驚きはしないし、魔術詠唱をスムーズに行うことが出来た。
玩具は玩具箱へ 私は正義
屍は棺へ 私は法律
世界が箱で 今この場において
私が鍵 私が神である
有るべき姿を取り戻せ
父さんの魔術の方が速い。僕の魔術は発動と同時に破られて、僕が纏っていた魔法も解けてしまった。地に落ちていく僕を、父は無機質な瞳で見つめた。五点同地とまではいかなくても、体勢を整えるぐらいは出来る。両腕、両脚をついて、額をアスファルトにぶつけた。
父さんが唱えたのは支配系統の魔術だろう。誰でも使えるわけじゃない高等魔術だ。だけど、それにだって欠点はある。
予め仕掛けられた魔術、つまりは伏兵に弱いってこと。僕が父さんから逃げるにはこれしかない。
父さんが現れた時に驚かなかったのだって、準備が整っているからだ。僕が仕組んだのは逆転系の魔術。魔術効果のベクトルを反転させる魔術だ。
知識だけはあるんだよ。なんたって、稀代の魔術師が教えてくれたから。穴なんてあるわけが無い。間髪入れずに詠唱。
天の火焰は地に消えた
罪と罰を閉じ込めたその瓶は
決して割れず
決して朽ちず
番人と共にある
『秘密の箱』
父さんの足元に全てを飲み込む黒いシミが出来上がる。沸騰しているかの如く泡を立てるシミに沈みながらも、父さんは僕だけを見ていた。
今まで魔術が使えなかったからと言って侮りすぎだよ。
「それはどうだろう」
そう言って最後に不敵な笑みを漏らした父。それよりも今は先を急がないと。魔力がもうほとんど無い。 でも行けるところまで進むしかないんだ。父さんに手を上げてしまった以上、これしか道はない。




