90.山ヤドリギの採取 ①
その頃のコニーはといえば、わりと忙しかった。
オウルはなかなか捕まらなかったが、彼一人にこだわる理由もない。赤等級向けの仕事をこまめに拾い、弓手の希望がないかと聞き回り、人を探していそうなパーティを見つけては混ぜてもらった。それで困ることは、今のところなかった。
その日もコニーは仕事を一つ終え、冒険者ギルドの掲示板の前に立っていた。
依頼票を眺めていると、奥からセロウが姿を現した。彼はコニーの背にある短弓へ視線を留め、声をかけてきた。
「お仕事探し中ですか、コニーさん?」
「はい! 弓を使う仕事があればなって思って」
セロウは少し考える素振りをしてから、口を開いた。
「ちょうど一件、コニーさんに条件が合いそうな依頼があるんです。ご紹介してもいいですか?」
「いいですけど……」
コニーは首を傾げた。自分は赤等級で、弓の腕もまあまあで、特別なことができるわけではない。そんな自分に条件の合う仕事があるとは、ちょっと思えなかった。
セロウは掲示板から依頼票を一枚剥いで、コニーに差し出した。
――山ヤドリギ採取に伴う護衛。
徒歩で数時間の山までついてきてほしいらしい。等級欄には橙とある。
「依頼主はN.C.エス。お知り合いですよね?」
「知ってます! でも、どうしてエスさんが?」
「薬草採取のために、弓の使える護衛が欲しいんだそうです」
コニーはますます首を傾げた。
エスは神官だから、戦闘が得意でないのはわかる。だが、彼女は青等級――それこそオウルやトッドより高位の冒険者でもあるはずだ。それで護衛が必要というのは、少し意外だった。
疑問がぐるぐると頭を駆け巡る。どれから訊こうか悩んでいると、それより先にセロウが説明を始めた。
「この『山ヤドリギ』の採取には桟道を通る必要があるんですが、それがひどく痛んでいるらしくて。危ないので、できるだけ軽い人間が望ましいそうなんです」
セロウは、依頼票の条件欄を指で追いながら続ける。
「それで、コニーさんはほぼ条件を満たしているんですよね。顔見知りですし、エスさんも安心でしょうから」
小柄で軽装備のコニーは、前衛の中でもとりわけ軽いから、ということらしい。
「でも、その依頼って橙等級以上じゃないんですか?」
「青等級のエスさんと一緒という形になりますから、問題ないですよ」
「……? エスさんと一緒ならいいんですか?」
「ええ。重傷を負っても、エスさんが現地で処置できますからね」
「そうなんですね」コニーは特に考えなかった。「わかりました、行きます!」
*
コニーは指定された南門の内側で、エスを待っていた。
荷物は極力減らしてきた。矢筒を背負うので、今日は小さな雑嚢を下げ、腰には片手剣を吊っていた。
やがて、エスが現れた。お互いに挨拶を済ませると、エスはコニーの腰にある剣を見て、のんびりと言った。
「あ、その剣、動かないようにしたほうがいいよ。鞘が引っかかって崖から落ちちゃった人いるんだよね」
「えっ」
コニーはギョッとして、鞘をぎゅっとつかんでしまう。
「ちなみに、その、落ちた人って……」
「生きてたし、ちゃんと治ったよ。出ちゃった内臓戻すの大変だったなぁ」
言われて震えあがったコニーは、片手剣の鞘を腰の後ろへ回し、革紐できつく身体へ固定した。抜くのに手間取りそうだが、片手剣を使うようなら相当なピンチだろう。
そんなことにならないといいな、とコニーは思った。
昼前に二人は街を離れ、数時間かけて山道の入口に着いた。かつて街の人間が薪取りや薬草採取に使っていたという山道らしい。
コニーが先を歩き、エスが後ろに続く。
はじめは土が踏み固められていたが、登るにつれて道幅は徐々に狭くなり、ごつごつと小石が増える。
歩きながら、エスが一つの木を指差した。
「あれも山ヤドリギなんだよ」
コニーが見上げると、古いトネリコの高い枝に、枝葉が丸く固まって寄生しているのが見える。
「へえ……。あれ取ればいいってわけじゃないんですね」
「今日欲しいのは付け根なんだ~」
エスは自分の指を二本組み合わせて、コニーに見せた。
「宿主の枝に食い込んでるところでね。長く寄生してると、食い込んだところが瘤みたいに膨らむでしょ。そこをね、宿主の木ごと切るの」
「剥がしちゃ駄目なんですか?」
「そしたら中の汁が出てきてね、そうなったのはあんまり使えないんだよねぇ」
「面白いですねえ」
エスは頷いた。
「だから、崖のトネリコまで行くつもり。手が届くところはみんな取っちゃうからね。古いのが残ってるところまで上がるんだ」
木立が薄くなり、枝の向こうに空が開けた。その先の山腹に、崖へ向かって傾いた古木が見える。
「昔の人が採るために道を作ったんだ。今日はそこを使うの」
「誰も直してないんですか?」
「うん。みんなヒューマンだったからね」
「?」
山道が岩壁へ突き当たった。そこから崖に張り付くように、木造の桟道が続いている。岩壁から三角形の支柱を張り出して板を渡す、ありふれた造りだ。幅は成人したヒューマンの肩幅より少し広い程度。外側の手すりがあったらしいことが、ぽつぽつと張り付いている木材の残骸で察せられた。
崖肌には桟道に沿って、等間隔に鉄輪が打ち込まれている。
命綱を掛けながら進め、ということらしい。
コニーはまず、腰につないだロープを最初の鉄輪へ掛けた。そこから一つ進むたび、次の鉄輪へ掛け直していく。
もちろん、落ちても無傷で済むようなものではない。足を踏み外せば壁へ叩きつけられ、ロープが身体へ食い込み、最悪そのまま滑落するだろう。それでも、踏み外した衝撃そのまま地面に叩きつけられるよりはましだ。
桟道の中ほどには、昔、荷籠を置くために作られた張り出しが残っていた。通常の桟道より外側へ板三枚ぶん広く、ここなら両足を開いて弓を引けそうだ。
コニーは張り出しへ移った。板と板の隙間から、下方の木々の梢が覗いている。
そこから一区間先。崖肌の割れ目から、古いトネリコが斜めに生えていた。枝の一部が桟道の上へ張り出し、そこに山ヤドリギが寄生している。大きな株は中心の枝が枯れ、葉も疎らだった。
「あのでっかいのですか?」
「欲しいのはその横かな。大きいほうは空洞かも」
エスは、大きな株のすぐ隣にある、拳二つ分ほどの小さな株を指した。
それから採取の準備を始める。切り落とした枝が崖下へ落ちないよう、山ヤドリギの瘤を挟むように布袋を結びつけた。
「切り始めたら途中で手離せないから、よろしくね」
「わかりました。周り見てますね!」
エスは枝に浅く鋸を入れた。




