87.飯が食いたい
イチロクの住処を出て通りへ戻る。荷物も武器も戻ってきて、また探索者らしくなった。服は渡されたものをそのまま着ていたから、少し上等になっている。
すると、向かいの飯屋から客が出てきた。片手に平たいパンをちぎって口へ運んでいる。
オウルはその手元をジッと目で追った。
飯が食いたい。
何でもいい。できれば温かいものがいいが、別に多少腐っていたって構わない。
男は二口目を食べながら、通りの向こうへ歩いていった。オウルも飯屋の入口から目を外し、そのまま通りを進んだ。
冒険者ギルドへ入ると、窓口は埋まっていた。
オウルは先に掲示板の前へ行く。新しく貼られた紙を上から眺め、一枚を途中まで読み、元へ戻した。隣の紙も見る。そちらは見出しまでで十分だった。
今のところ、特にやりたいものはない。
窓口が一つ空いたので、そちらへ行く。
「なんか他に面白いのない?」
受付の男は少し困った顔をした。
「面白い、ですか?」
「うん」
「えーと……。どういった仕事をお探しで?」
「面白いやつ」
「それでは条件がわからないんですが……」
「じゃあいいや」
オウルがさっさと引き下がると職員は戸惑ったようだったが、すぐ何か思い出したように身を乗り出した。
「あ、いえ。少々お待ちください、ダウングリーンさん、本日で参加制限は解除ですよ」
「公募のやつ? やっぱあんま意味なかったな」
オウルはもう一度、掲示板へ目をやった。
「じゃ、もっかい見てみるわ」
「そのままこのあたりでで待っていてくださいますか? 少々確認がありますので」
職員は隣の窓口にいた職員へ何か声をかけた。
オウルは掲示板に戻って、さっき見なかった下のほうまで目を通す。
一枚、少しだけ目を引く紙があったので端を持ち上げてみた。最初の数行を読む。
戻した。その隣。これも違う。
さらに隣へ目を移したところで、後ろから声がした。
「オウル」
振り返ると、パーニアが、受付の奥へ続く通路からこちらへ歩いてきていた。先ほどの受付職員がパーニアを見つけ、一枚の皮紙を差し出した。パーニアはそれを受け取り、ざっと目を通してからオウルのところへ来る。
「お。ミラ。最近また見ねえな」
「ええ。窓口には前ほど出ていません」
そこまで言って、パーニアはオウルの頭へ目をやった。
「髪切ったんですね」
「ん? ああ」
その視線が今度は服へ落ちるが、オウルは何か言われる前に口を開いた。
「仕事変わったのか?」
「まあそんなところですね。昇進させられまして」
オウルが訝しげに首を傾げたので、パーニアは苦笑した。
「もらえるお金が増えました」
「ああ。ならよかったじゃん」
「割に合いませんけどね」
「じゃあ駄目じゃん」
「仕事を探していたんですか?」パーニアは、ちらりと掲示板を見た。
「あなたなら、仕事はいくらでもあるじゃないですか。選ばなければ、ですけど」
「やだ」
パーニアはオウルに視線を戻した。オウルは緩慢に片手を上げ、そのまま入口へ向かおうとしている。
「待ちなさい。あなたにお伺いしたいことがあります」
「えー」
「前にあった招集の件です。北門で――」
「それ長い? もう出たいんだけど」
「駄目です」
オウルは心底嫌そうにため息を吐いた。
*
パーニアに連れていかれたのは、窓口の奥にある小さな卓だった。向かい合って座るほどの広さしかない。オウルは椅子へ腰を下ろすと、卓に片肘をついた。
パーニアは向かいに座り、持ってきた皮紙を広げた。
「前の招集では、あなたは北門外の第一班に配置されていました。その後、班長から持ち場を離れないよう何度か言われた。それでも配置を離れ、西側を解放した。ここまでは間違いありませんか?」
「まあ、うん」
「わかりました。それで――」
「それで、おれどうなんの?」
パーニアが怪訝そうに見る。「どう、とは」
「だから、投獄されんの? 罰金? 冒険者ギルドから除名されるとか? まあ、なんでもいいけどさ……」
オウルは気だるげに目を閉じたままだった。
パーニアはその顔をちらりと見たが、特に咎めることもなく、そのまま続ける。
「問題視されているのは、ここですね。――『オウル・ダウングリーンが西側への移動を宣言し、その後、複数名の探索者が配置を離れて追随した。』」
「はあ? 追随?」オウルは片目を開けた。
「おれが連れてったみたいじゃねえか」
「そこはわたしにはわかりません。何を、どういうつもりで言ったんです?」
「覚えてねえよ。おれは西を開けると決めただけだ。ついてこなくていいとか、そんなこと言ったんだろ、たぶん」
「周りに聞こえるように?」
「そりゃそうだろ。止められてんだし、西なんかほっとけって連中もいただろうしさ」
「自分が西へ行くことは知らせた。でも、ついて来るかどうかは各自で決めろ、ということですか」
「うん。そう」
パーニアはしばらく皮紙を見ていた。
「……それで実際について来る人がいたと。それはそれで困ったことになりそうですね」
「なあ、もう行っていい?」
「まだです」
「えー……」
オウルはとうとう、頬をべったりと卓につけてしまった。
パーニアはしばらく、ぐったりしたオウルを平然と見ていた。
「寝不足ですか? 何も食べてないとか?」
「腹減った」
「もし食べたら、もうちょっとまともに話します?」
途端にオウルがぱちりと目を開けた。
「ごちそうさん」
「まだ何も言ってませんが?」




