86.外からどう見られるか
二人の作業員が、見覚えのある箱を前へ運んできた。
『金物』――先ほど、オウルが見ていた箱だった。
ようやく本番だ。
「一から!」
競り役が木槌で箱を叩いた。
最初に声を出したのは、革の前掛けをした女だった。耳環の男も加わって三まで来たところで、オウルは口を開いた。
「四」
「四!」
競り役がぱっとオウルを指す。
その横から、間を置かずに声が上がった。
「五」
耳環の男だった。
「五! ほか!」
イチロクから預かった金は銀貨五枚。五はもう出てしまった。
このままなら、耳環の男が五であのロットを買うだろう。ここから先は、自分の金を足して追うことになる。
オウルは耳環の男を見た。
さっきまで、こいつはほとんど自分から値をつけていない。誰かが気にした品をあとから確かめる。自分から先頭に立って張るような奴ではなさそうだった。
それが今回は、オウルの四に間を置かず五を重ねた。
――おれに乗ったのか?
あの男は、他人が入札のときに見せる態度で、その物品の価値を推測しているようすだった。
だが、競りが始まってからは目立った動きをしていないはずだ。片っ端から声を上げているわけじゃないし、誰かと競り合うこともしていない。
なら、競りが始まるより前か?
そこで初めて、オウルは向こうから自分がどう見えていたかを考えた。
たとえば下見のとき。壊れた秤をわざわざひっくり返し、底の汚れを落として留め金を探し、底板を開けて中まで覗いた。そのうえ金属棒を突っ込んで、石を鳴らした。
「……あー」
そりゃ変だよな。
あれでは「あの秤には何かある」と吐いたのと同じだ。イチロクが、自分がやると値が上がると言ったことも、わざわざ服まで変えさせた理由も、オウルは今さら理解した。
普通の賭けなら、卓に着いてからが勝負だとオウルは思っていた。少なくとも、これまではそれで困らなかった。だが、それでは遅すぎたのだ。
ブラフ以前のミスである。
しかも、あの耳環の男が、オウルの鳴らしたあの魔石の音の意味まで知っていた可能性も捨てきれない。古い秤の型や、中に使われる魔石そのものを知っていたのかもしれない。
しかし、わからない。
なら、あいつにとっても「わからない」かもしれない。
オウルは笑いそうになる。
それなら、あいつがどこまでおれを信用して金を出すか。そこに張れるってわけだ。
なら、一枚ずつ付き合ってやる必要はない。
「五だぞ! いねえか!」競り役が木槌を持ち上げる。「では――」
「十」
「十!?」
競り役が思わず聞き返した。周囲がざわついたのも気にせず、オウルは耳環の男を見た。
「ああ。十」
手持ちは、イチロクの五枚と自分の五枚だけ。ちょうど十。それ以上は張れない。
なら、十で取れれば依頼成功。十一が来たら撤退だ。
絶対に取りたい勝負なのだから、小刻みに様子を見る理由などない。出せる金を一気に出した、それだけである。
要するに、全賭けだ。
賭けにしてしまえば、オウルにとって話は実に単純だった。
「――じゅ、十で売った!」
木槌が鳴った。オウルは拍子抜けして、頭の後ろで手を組んだ。
「なーんだ。普通だな」
十一がきたら、それはそれで面白かったのに。
脇で見ていた男たちが、呆れたように口を挟む。
「うそだろお前、高すぎだろ!」
「知らねえよ、そんなの。おれはあの秤が欲しかったんだ」
「だからって十まで出すかよ?」
オウルはようやく、人目を憚らず笑った。
「まあ、メシ代はなくなっちまったな」
オウルは箱を持ち上げた。金物が詰まっているせいでやたら重く、持ち上げると中でガチャガチャ音がする。
箱を抱え直そうとしたところで、後ろから声がかかった。
「おい」前掛けの女だった。「その皿、使うのか?」
「皿?」
オウルは箱を下ろして中を探った。両手に収まるほどの浅い金属皿を引っ張り出す。
「そう、それだ。それだけ売らないか」
「ほい」
オウルはそのまま皿を差し出した。
「いや、だから……いくらなら売るかって訊いてんだが」
「さあ。いくらなんだ?」
「はあ? あんたねえ……」
「めんどくせえな。欲しいんなら持ってけよ」
皿を押しつけると、女は妙な顔をしながらも受け取った。
それでオウルは箱へ目を戻した。何に使うのかわからない金物がごちゃごちゃと入っているその奥から、片方の皿が傾いた小さな秤を引き上げる。オウルは秤を脇へ抱え、足元の箱を指した。
「なあ、これも持ってく? 全部」
「は?」
女が箱を覗き込む。
「全部って、お前……」
「おれ要らねえから。欲しいのあったら持ってけよ」
近くにいた何人かも、その声でこちらを見た。
オウルは構わず秤を抱え直した。
「じゃあな」
誰にともなく言って、そのまま競り場を出た。
置いてきた箱がそのあとどうなったのか、オウルは知らない。
*
イチロクの住処へ着くと、オウルは秤を脇に抱えたまま戸を足で押し開けた。
「おーい、イチロク、いる?」
「この粗暴もんが、戸を蹴るでない!」
奥からいつもの怒鳴り声が飛んでくる。
作業台に向かっていたイチロクは振り返り、オウルの抱えた秤を見るなり立ち上がった。
「取れたのか。寄越せ、はよう」
「はいはい」
作業台へ置くと、イチロクはすぐに秤を裏返した。底には黒い汚れがこびりついているが、オウルが下見でだいぶ削ったので留め金は見えている。
細い工具を差し込み、少し角度を変える。オウルが苦労した留め金はあっさり外れた。
オウルは近くの木箱へ腰を下ろした。
「生きてる?」
「ああ。まだ使える」
「そりゃあよかった」
イチロクは魔石の周囲を確かめながら尋ねる。
「いくらだった」
「十」
イチロクは手を止めてオウルを見た。オウルが言い直さないので、呆れたように首を振った。
「阿呆が。五までと言ったろうが。それを、十? ふざけおってからに」
「残りはおれが出したよ。すぐ五まで上がったからさ、そしたら一枚ずつ付き合うのも馬鹿らしいじゃん?」
「どちらも馬鹿に決まっとる」
イチロクはもう一度、金属棒を魔石へ当てる。うゎん、と澄んだ音が鳴った。




