81.火を吹く箱
御者は手を握ったり開いたりしてほぐしながら、すぐに二つ目に向かう。オウルもそのあとをついていった。
「いつ火が出たんだ?」
「あいつが箱を持ち上げたときだ」そう言って、御者は荷役の男を親指で示す。
「なんか熱いぞっていうから見たら、下から火が出てたんだよ」
話しながらも手は止めない。先と同じ要領で箱を持ち上げ、荷台へ運ぶ。
荷役の男が引き上げ、一つ目の箱の横に押し込んだところで、オウルは尋ねた。
「あんたは何を見たんだ?」
「見てはいねえよ」
答えながら、荷役の男は箱を足で押して隙間を埋めた。そうして荷台から飛び降りて、オウルのそばを横切る。三つ目の箱へ向かいながら、話を続けた。
「持ち上げて、二歩かそこらだったかな。急に熱くなった。とにかく、ぶわっと熱が来てな」
「落としたのか?」
「落としてねえよ」
「角ぶつけたじゃねえか」御者が横から口を挟んだ。
「お前が火だの何だのと叫ぶからだろうが」
「熱かったら燃えてるに決まってるだろ」
「出てないとは言ってねえだろ」
言い返しながら脇に置いてあった紐を拾い上げ、荷役の男はまた荷台へ戻って行ってしまう。
「まったく、屁理屈野郎だぜ」
御者が愚痴る。仲がいいなと思いつつ、オウルは三つ目の箱へ手をかける。
今度の箱は軽く、先の二箱よりもずっと早く荷台に乗った。
「……さて」
御者が言った。三人の視線が、離れた場所にぽつんと置かれた例の箱へ向いた。
辺りはまだ明るかったが、夕日はさっきよりも低い。猶予こそあるものの、火にビビッてのんびり突っ立っている余裕もない。
オウルはすたすたと例の箱に歩み寄り、その前でしゃがんだ。黒く煤けたところへ身を低くして、頬を石敷きにつけて覗き込む。
桟木のおかげで底板の下を覗き込むことはできたが、薄暗くて奥に何があるかはわからない。
「油の臭いがすんだけど、この荷物って油なの?」
「持った感じ、液体じゃねえな」後ろから、荷役の男が言った。
オウルは膝へ手をついて立ち上がって、箱に目をやった。
「開けてみる?」
「勝手に開けていいわけねえだろ。死にてえのか?」
「それもそうだな」オウルは肩を竦めた。「じゃ、積むかあ」
だが、御者も荷役の男も、箱を見つめるばかりで動く気配がない。
「持ちたくねえなあ」
「また火が出たらなあ」
「つってもな」
オウルは苦笑しながらあたりを見渡して、床にまとめてある麻縄に目を止めた。
「じゃあ、縄使うか。おれがこっちの焦げてるほうにいる。火着いたら逃げようぜ」
そう言って、オウルは太い麻縄を拾い上げた。どこか楽しそうなオウルを見て御者と荷役の男はちらと視線を交わし、やがて諦めたように三箱目に近づいてきた。
荷役の男の手も借りて麻縄を箱の下にくぐらせて縛り、即席の持ち手を作る。
「まず、こっちだけ持ち上げてみる。そっち押さえててくれ」
そう伝えると、御者は箱の上部を抑えた。オウルが縄で作った持ち手をぐっと上げると、箱がゆっくりと傾く。
様子を見ようと下を見た瞬間――箱の下が、ぱっと橙色に光った。
「お!」
オウルの声に喜色が混じる。
直後、側板と石床の間から、小さな火がぽっと閃いた。蛇の舌みたいに箱の角をなぞっては縮む。
オウルは箱底を肩に載せて右手で支え、左手をその下へ突っ込んだ。指先を炎が舐める。
「熱っ」言葉とは裏腹に、オウルはさらに手を差し込んだ。
「おい!」荷役の男が叫ぶ。
そのとき指先に、やわらかいものが触れた。何かが桟木と箱底の間に挟まっている。
オウルはそれを指に引っ掛けて、外に引きずり出した。
黒い布の塊が、石床へ転がり出る。くしゃくしゃに丸まっていたのが衝撃で広がり、その途端に炎が布をひと舐めした。
炎が膨らんでも、オウルは手を離そうとしなかった。笑いながらそれを摘まんでいる。
「あちー」
「バカ野郎、さっさと捨てろ!」
オウルはぽいとそれを床に放って、靴底で踏みつけた。じゅ、と音がして、先ほどよりも煙が強くなった。
荷役の男が水を桶に汲んできて、それをばしゃりと掛けると、ますます煙を上げたのちに火は消えた。
三人は、ずぶぬれになった黒い布を見下ろした。
オウルはもう一度しゃがみこんで、水を含んだその塊を摘まみ上げた。さっきよりも重たくなって、ぽたぽたと黒い水を垂らしている。
裏返すと、べちゃっと濡れた音を立てて床に落ちた。
「消えたな」
オウルは手を払って御者と荷役の男を振り返った。
「じゃ、やるぞ」
「もう燃えねえのか?」
「知らねえよ。燃えたらまた下ろせば?」
「ホント軽いな、お前」
御者は呆れつつも、先ほどまであった緊張は消えていた。
最後の箱を荷台に載せたところで、御者がオウルを呼び止めた。その手には小さな革袋が握られている。
「ほら」
御者は銀貨を一枚、オウルに差し出した。そうして御者台へ上がって手綱を取り、オウルを見下ろす。
「じゃあな。助かったぜ、オウル」
「今度はもっと面白い仕事持ってこいよ」
御者は鼻を鳴らしただけで済ませて、手綱を軽く振った。
馬が歩き出す。荷車が遠ざかるのを、オウルは銀貨を指先でもてあそびながら見送った。




