80.不可解なゴブリンども
護衛組合の詰所では、ひっきりなしに人が出入りしていた。入口脇では、東門から戻ってきた若い組合員が何かを報告している。その横を別の男が紙片を持って駆け出していった。
声が飛び交う中、オウルたちは、人を掻き分けるように奥へと進んだ。
部屋の中央には、大きな地図机がひとつ場所を取っており、その脇に、ガレウス・ドランベルクが立っていた。
机の上には街道と周辺の山野を描いた地図がいっぱいに広げられ、重し代わりに短剣が置かれている。ガレウスはその上へ片手をつき、出入りする組合員へ短く指示を飛ばしていた。
「お、いたいた」
オウルは前にいたコニーとジェムの背に手をやって押しやる。二人がたどたどしく一歩前に出た。ちょうど組合員が一人、反対側から離れていったので、空いた場所へ二人が収まった。
「こいつら、山羊の谷でゴブリンを見たんだってさ。二匹。一匹は逃げたそうだ」
コニーが「はい!」と言う。ジェムも少し遅れてうなずいた。
ガレウスは顔を上げ、まず二人を見る。それからオウルへ視線を移してから、机の上の地図を指差した。
「地図で示せ。どこだ」
「えっと……」つぶやきながら、コニーが地図机へ近づく。
「山羊の谷の……ええと、この辺です。小屋へ行くちょっと手前で」
コニーが指を置くと、ジェムが横から地図を覗いた。
「あ、いえ、もう少し谷の入口側だと思います。この道を入って、山羊小屋が見える前です」
「そこでゴブリンどもは何をしていた?」
「山羊を追いかけてました。わたしたちが着いたときには、山羊があちこち逃げてて。一頭、後ろ脚を怪我していました」
「それは本当にゴブリンにつけられた傷だったか」
ガレウスの淡々とした問いに、ジェムは間を置いた。
「……わかりません。追われている最中にできたものだとしか」
ガレウスは短く頷くと、出入口のほうへ顔を向けた。
「谷へ行く午後便は、もう出たか」
近くに控えていた護衛組合員が答える。
「まだです。東門で待ってます」
「森を警戒させろ。最後尾を荷車の横へ」
「最後尾は新人ですが」
「前と替えろ。東門へ伝えてこい」
護衛組合員は頷くと、すぐに外へ出ていった。
ガレウスは地図の東へ手を伸ばした。
「東なら、他にも出ているからな」
指先で一か所を示す。そこから少し離れた場所を、もう一か所。
「北じゃ獣を追っかけて遊んでたしなぁ」オウルは地図を覗き込んだ。
「何がしたいんだ、こいつら」
「ゴブリンの考えなぞ知りたくもないが」
ガレウスが言い捨てると、オウルはおかしそうに笑った。
「でも考えるくらいはするだろ? 全方位を警戒するなんて無理なんだからさ」
「考えたところでわからんから面倒だ。北でまとまって出たかと思えば、東じゃ離れた場所にぽつぽつと出ている。動きが読めん」
「巣が複数あるんだろ」
「どう考えても二つ以上はある。元の群れが割れたのかもしらん」
「蜂みてえにか?」
「だから知らんと言っている。ゴブリンに聞け」
「そうしてえよなぁ。連中が喋ってくれるなら尋問もできるのに」
オウルの軽口には答えず、ガレウスはようやくコニーとジェムへ向き直った。
「他に、こちらから聞くことはない。助かった」
コニーがぺこりと頭を下げる。ジェムもそれに続いた。
その向こうで、出入口を塞いでいた人影がひとつ割れた。先ほど走っていった護衛組合員が、人を避けながらこちらへ戻ってくる。
「谷行きの配置を替えました。足が遅くなるので、日暮れになりそうですが」
「問題ない。出せ」
「日暮れ……」
それまで地図の上に落ちていたオウルの視線が、ふっと出入口のほうへ向く。開け放された戸口の向こうには、まだ昼の明るい通りが見えていた。
「あ!!」
いきなり声を上げたので、隣にいたコニーがびくっと顔を上げる。
「えっ! どうしました!?」
「おれも行く。じゃあな!」
そう言って、オウルは軽く手を上げ、そのまま出口へ向かう。
「行くって、どこに!?」
コニーが振り返るころには、オウルは人の間を抜けていた。
「火ぃ吹く箱!」
振り向きざまにそれだけ答え、笑いながら走り去ってしまった。
*
オウルが荷捌き場に駆け込んだときには、建物が長い影を落としていた。
倉庫らしい石壁を眺めながら進むと、荷車が一大、建物へ尻を向けて待っていた。
「遅えよ!」
荷車の横から声が飛んでくる。昼間、オウルに仕事を頼んだ御者だった。
「まだ明るいぜ」
「暗くなる前に終わらせんだよ!」
「火吹いたのって、どれ?」
「まず仕事だ!」
御者が怒鳴りながら指差した先に、木箱が四つある。
どれも膝より少し高い程度だが、いかにも頑丈そうだ。
うち三つは、すでに荷車の後輪近くに運ばれていた。底には桟木のような細長い角材が敷かれており、底板が浮いている。
残る一つは、十歩ほど離れた石敷きの床にぽつんと置かれていた。こちらも桟木に載っている。側面の底に近い部分が、手のひら大ほど黒く煤けていた。
オウルは迷わず、離された一箱のほうへ歩いていき、その前でしゃがむ。手の甲を黒い部分に近づけると、御者がふしぎそうに尋ねた。
「何してんだ?」
「まだ熱いのかなと思って」
「とっくに冷めてるよ。いつ燃えたと思ってんだ」
触れてみると、確かに冷たい。もっとよく見ようと顔を近づけたところで、焦げ臭さが鼻をついた。酸っぱい油のような臭いも混じっている。
オウルがさらに身を乗り出したところで、襟首を軽くつかまれた。
「早くあの三箱を載せろ。そのあとでいくらでも見せてやる」
オウルが視線だけそちらにやると、太い腕をした荷役の男が荷台の前に立って麻縄をまとめている。
「その箱は、そいつが持っててな」
御者の声に、男が即座に言った。
「おれは火なんか見てねえぞ」
オウルは、煤けた箱から顔を上げた。
「え? 見てねえの?」
「おい」途端に御者が不満そうに言う。「火は出ただろ」
「出たんだろうよ。お前ん中ではな」
「俺は見たっての」
言い返しながら、御者はオウルの襟首を引っ張って三つの箱のほうへ歩いていく。
話より先に仕事をしろ、ということらしい。
箱の前に引っ張り出され、御者の手から解放されたオウルは、素直に箱の反対側へ回った。
腰を落として箱の下に手をかけ、御者と一緒に箱を持ち上げる。
見た目よりずっしり重い。下手に持てば腰を壊しそうだ。
「なんだこれ。何入ってんの?」
「知らねーよ。積めって言われただけだ。お前と一緒だよ」
荷台は腰よりも高い。先に上がっていた荷役の男が「寄越せ」と身を屈める。一度持ち直してから胸の高さまで持ち上げると、向こう側から引き上げているようで、にわかに箱が軽くなる。底をがりがりと擦りながら押し上げ、荷台に載せた。




