78.冒険者ギルドの意向
小屋で食事を終えたコニーとジェムは、山羊のチーズ六玉を受け取った。三玉ずつ背負い籠に入れ、ニックブレードへ戻った。
チーズの納品先は、冒険者ギルドである。
探索者支援会だった頃から、ここでは探索者向けに簡単な食事を出しており、食材も定期的に仕入れていた。冒険者ギルドが発足してからは人の出入りも増え、硬めのチーズをはじめ、日持ちのする食材を多く仕入れているらしい。
納品の手続きをしたのは、セロウだった。彼に促され、コニーとジェムは、支援会の裏手にある食糧庫までチーズを運んだ。
コニーは背負い籠を下ろすと、「重かったあ」と肩を回す。それから、二人で手分けして棚にチーズを並べると、セロウが数を確かめ、「山羊のチーズ、六玉……」と言いながら、手元の帳面に何か書き込んだ。
それから帳面を閉じて、セロウは二人を振り返った。
「道中、何か変わったことはありませんでしたか?」
「ゴブリンがいました! 一匹は逃がしちゃいましたけど、もう一匹は倒しました!」
コニーが元気よく報告する。セロウはしばらく無表情だったが、やがて、閉じたばかりの帳面をもう一度開いた。
「一匹倒して、一匹逃がした、と。二匹ですかね。どの辺りにいました?」
「山羊小屋のちょっと手前で、山羊を襲ってたみたいです」
「他にはいましたか?」
「いえ、その二匹だけでした」
セロウは小さく頷いた。
「わかりました。報告ありがとうございます」
そして支援会のカウンターに戻って、二人に報酬を渡した。
「これで依頼完了です。お疲れさまでした。お二人とも、東へ行くときは気をつけて」
「はーい!」
コニーとジェムは報酬袋を受け取ると、その場で中身を確かめた。
「せっかくだし、何か食べていきましょうよ!」
「えっ。まだ食べるんですか?」
コニーが誘って、二人は支援会内の長テーブルに腰を下ろす。セロウはしばらくその様子を見ていたが、やがて奥の事務室へ下がった。
そこには同僚のミラ・パーニアが、報告書に羽根ペンを走らせているところだった。
「パーニアさん。東でも出たそうです。ゴブリン。山羊の谷で二匹ですって」
パーニアの手が止まった。
「……そんなところまで」パーニアは重くため息を吐いた。「最近、報告書ばっかり書いてる気がするんですよね」
「そうでしょうね。……そういえば言えてませんでした。昇進おめでとうございます」
頭を下げるセロウに、パーニアは難しい顔でまた息を吐く。
「成り行きです」
セロウは笑いながら、新しい皮紙を引き出した。
冒険者ギルドの発足後しばらくして、パーニアは支援会側の実務を取りまとめる立場に昇進した。窓口から上がってきた報告を確認し、冒険者ギルド準備局へ回すのも、今では彼女の仕事である。
「東部の街道周辺における危険情報……っと。そしたら、東に行く依頼も、危険度上げておきますか?」
「そうですね。当面ひとつ上げてください」
「了解です」
セロウは羽根ペンの先をインク壺の口に叩いて余分なインクを落としてから、皮紙に書き足していく。
「それで、市政庁にも報告ですか?」
「ええ。東まで出たとなると、うちだけで持っておく話じゃないでしょう。警戒強化を要請しておかないと」
セロウは羽根ペンをペン立てに戻して、少し難しい顔をした。
「……また、招集ありますかね」
パーニアは手元の報告書を揃えながら、眉を寄せた。
「させたくはないですね。一度目は緊急事態で、なんとか成功しましたけど、それも運が良かっただけです。探索者を兵士みたいに動かせるわけないでしょう」
セロウは椅子の背にもたれた。
「でも、人手足ります?」
「そういう話じゃないんですよ」
パーニアは机を指先で叩いた。
「戦力を貸せと言われて貸して、命令を聞かなかっただの、余計な被害を出しただの、責任までこっちに持ってこられたらたまったものじゃありません」
セロウは「確かに、そうですね」と小さく笑って、また報告書に向き直る。パーニアは言葉を続けた。
「なので、まずは警備兵でどうにかしてもらいましょう」
「市政庁がそう思ってくれるといいんですけどね」
パーニアは苦い顔で黙り込んだ。
*
コニーとジェムは、冒険者ギルドで出された簡単な食事を手に、空いている長テーブルへ向かった。コニーは豆と大麦の煮込みに黒パンを二切れ持っている。山羊小屋であれだけ食べたというのに、まだ足りないらしい。ジェムはスープだけだった。
コニーが先に腰を下ろし、ジェムは向かいへ回ろうとして、びくっと足を止める。
「うわ!!」
「えっ! どうしました?」
コニーが卓越しに覗き込む。
ジェムが見下ろした先では、長椅子に男が一人、仰向けになって寝ていた。片腕を枕代わりに頭の下へ入れ、もう片方の手はだらりと床へ垂れている。
「あれ? オウルさんじゃないですか。こんにちは!」
「うるせえな……」
オウルが片目を開けた。視線がコニーの左腕に留まる。
「腕やられたのか。どうせヘマしたんだろ」
コニーがムッとしたように、頬を膨らませた。そのときにはもうオウルは両目を閉じてしまっていた。
「ヘマじゃないです! ゴブリンがいたんですよ! 一匹は倒しました」
「ゴブリンね……。どこだ?」
「山羊の谷です」
オウルはしばらく黙っていたが、やがて両目を開けた。そのまま上体を起こし、乱れた髪を掻く。
「東か。ずいぶん広がってるな」




