72.妥当で正しい成功の代償
トッド・モスバンクが北門の外へ送られたのは、人手が足りなくなったからだった。
トッドはもともと、門の内側で待機している予備要員の一人として配置されていた。
そこでの仕事は単純だ。北から戻ってくる荷車が門を通るのを手伝いつつ、怪我人を治療所へ送る。そうやって対応しつつ、門外に人員が欠けた場合は、補充員として向かう。もし魔物が北門まで到達した場合には、町の警備兵と一緒に門の内側から北門を守る。
最初、トッドは内側の壁の近くに立っていた。農家の家族を手伝って、荷車から転がり落ちた荷物の束を上げてやっていると、護衛組合員の一人が門楼から下りてきた。
「モスバンク! 外へ出ろ。西で人が足りない!」
トッドは、まだ荷袋を手に持ったまま動きを止めた。
「どういうことだ。欠員か?」
「連中が持ち場を離れて西へ行っちまったんだ。第一班は二人しか残っていない」
トッドは眉をひそめた。
第一班は五人の探索者で構成される。そのうち三人が別の場所にいるということだ。
「なんでそんなことになったんだよ」
「知るかよ。とにかく出ろ!」
彼も苛立っているようだった。これ以上の質問は無意味だ。
同じように予備要員へ配置されていた別の探索者二人と共に、北門を通って外へ出た。
森から出てくる獣や魔物たちは、大部分が西へ動いていた。しかし、門外にいたはずの探索者たちは配置を大きく外れて、あちこちに散っていた。
トッドは、西側に近い街道の一画を受け持つように言われた。
その場所から、トッドには古い道を横切る木戸が見えた。木戸は開け放たれている。横木は地面へ置かれていた。誰かが木戸を開けたのだ。
探索者たちの何人かは、木戸の周囲に立って、互いに話していた。
街道の上には、死んだゴブリンが何匹も落ちている。弓を持った女が、地面から矢を拾い集めていた。別々の班にいたらしい盾持ち二人が、街道へ向かって戻ってくるところらしかった。
護衛組合員の一人が街道の脇に立っていたので、トッドはその男へ声をかけた。
「ほかの連中はどこへ行った?」
護衛組合員は西を指した。
「何人かは西を確認しに行ったよ。獣がそのまま南西へ進んで、戻ってこないか確認している」
「誰が命令したんだ?」
「誰も」
トッドは顔を男のほうへ向けた。護衛組合員は、少し苛立たし気に自分の顔を手でこすった。
「一人が木戸を開けに行ったんだ。それで、他の連中も勝手についていった」
「俺が聞いてるのは、その最初の一人が誰かってことなんだが……」
護衛組合員は、古い荷車道のほうを見た。トッドは、その視線を追った。
オウル・ダウングリーンが、短槍を片方の肩に載せて歩いてくるところだった。西のほうを確認してきたのだろう。
トッドは長く息を吐いた。
「ああ、あいつか。そりゃそうなるよな」
護衛組合員はトッドを見た。
「知り合いか?」
「認めてない」
「まあ、なんだ。最初に木戸へ行ったのは、あの緑等級だ」
トッドは、もう一度街道の周囲を見た。
結果について反論するのは、難しい。獣たちはうまく誘導できた。そのおかげで北門は無駄な攻撃を受けなかったし、死者はおろか重傷者すらいない。
死んでいるのはほとんどゴブリンだ。
オウルは成功したのだ。――それが問題だった。
護衛組合員は、疲れた顔でトッドを見た。
「南へ向かう荷車は、いまは止めてる。あの獣どもがどこへ行くかわかるまで、荷車は出せない」
「なるほど。よくわかった」
目の前で起きた結果だけを見て判断すれば、全体は驚くほどうまくいっていた。
誰も死ななかった。代わりに、いくつもの新しい仕事を作ったわけだ。
「最高だな」
探索者たちは、少しずつ北門へ戻り始めている。みな軽傷ばかりで、機嫌もよかった。
「思ったより楽だったな」
「大穴熊が出てきたときは、そんなこと言ってなかっただろ」
「逃げたんじゃねえよ。道を空けたんだ」
「ご立派なことで」
探索者たちは、自分たちが町を守ったと感じているようだ。実際、探索者たちは町を守った。トッドとて、それを否定するつもりはない。
オウルは、街道の脇に立っているトッドに気づいて、挨拶するように片手を上げた。
「あれ。トッド。よっ」
「よっ、じゃねえよ」
オウルは立ち止まった。
「なんでお前、外にいるんだ?」
「人が足りなくなったからだよ」
オウルは周囲を見た。西側から戻ってきている探索者たちを見て、もう一度トッドを見た。
「あ。おれらが西へ行っちまったからか」
「そうだよ」
「そりゃ大変だったな」
「他人事みたいに言うなよな!」
声が、意図したより大きく出てしまう。近くにいた二、三人の探索者が、何事かと顔を向けた。
オウルは、呆れたように言い返した。
「あのな。おれは先導してねえぞ」
「わかってる」
「なんなら、ついて来なくてもいいって言ったんだ」
「わかってるって言ってるだろ!」
オウルは眉をひそめた。
「何がわかってるって?」
「お前が、連中を焚きつけてないってことがだよ」
「じゃあ、なんでおれのせいなんだよ?」
「誰もお前のせいとは言ってないだろ」
オウルはいよいよ困惑したようにトッドを見つめた。
「そうか? じゃあ、なんでそんなに怒ってんだ」
オウルの問いに、トッドは黙り込んでしまう。
木戸を開けるというオウルの判断は妥当だった。いや、妥当以上だ。最終的に本部から戻ってきた命令も、ほとんど同じことを指示していたのだから。
オウルについて行った探索者たちとて、強制されたわけではない。トッドもまた、そういう種類の判断をよく知っていた。オウルが筋の通っていることを言ったとき、トッドが持っていたのは不穏さと胸騒ぎだけで、それより良い別の選択肢を提示できなかった。だからトッドは、自分で選んだ。だが……。
ああ、もう、面倒になってきた。
トッドはオウルに向き直って、堂々と言った。
「八つ当たりだ」
オウルは瞬きをした。
「は?」
「お前らが自分の持ち場から勝手に離れたせいで、俺はここまで引っ張り出された。それから、お前らが西へ流した獣を誰かが見てないといけないから、さらに人を送らなきゃならなくなった。そのせいで、また人員不足だ。あの木戸を通った獣がどこへ行くかわかるまで、南へ行く荷車まで止める羽目になった」
オウルは、少し居心地悪そうに肩に載せていた短槍を下ろした。
「まぁ……そうなるよな。悪かったよ」
「謝罪が欲しいんじゃねえんだよ」
「おまえってほんとに面倒な奴だよなぁ」
「お前にだけは言われたくねえよ!」
自分が面倒なことを言っているのは重々わかっている。
物理的な損害は、ほとんどないのだ。オウルは木戸を開けただけだ。壊してはいないから、横木を戻せば元通りになる。
「何が気に入らないんだよ? もっと詳しく言え」
「もう言っただろ。うまく説明できないから、お前に八つ当たりしてるんだよ。俺も、ここにいたらお前の案に乗っただろうしな」
「誇るなよ」
「うるせえな」
トッドは古い荷車道のほうへ顔を向けた。
木戸の向こうでは、何種類もの獣の足跡が草を覆い、そのまま南西へ続いていた。トッドは、その足跡をじっと見つめた。
トッドは視線を落としたまま、オウルに尋ねた。
「お前は、考えたか? あの木戸を開ける前に。もしかしたら避難している人がいるかもしれないって」
ほんの短い間だったが、オウルは黙っていた。
「……とんでもない悪手でも、勝つくらいはできる」
「何だよ、いきなり」
「お前の質問に答えるとしたら、――ああ。考えた。人間の味を知ってる獣もいただろう。何人か、特に子供は殺されるだろうと見越して開けた。死人が出なかったのは、結果論だな」
だろうな、とトッドは思った。
「お前についていった連中はな、そんなこと考えてなかったと思うぞ。獣を逃がした先でガキの死体が出たとして、お前だけだ、『こんなつもりじゃなかった』なんて言わねえのは」
「はは。おれはそんなに冷淡に見えるか?」
「違えよ。それが自分の選択の結果だってわかってたのがお前だけなんだ。実際、お前の考えはたいていうまくいく。だから他の連中も、ほいほい乗っちまう。……それが、問題だって言ってる」
「相変わらず難しいこと言うよな」オウルは小さく笑った。
「まあ、今のはちょっとわかったよ」
そう言って、オウルはトッドの肩を叩いて去っていった。
南西にある木戸は、開いたままだった。




